第2話

王宮入りして初めての晩餐。国王クリスティアンも王妃シルヴィアも温かくディオーナを迎え入れてくれてこの10年の話に花を咲かせていた。ところが夫であるはずのオリヴェルは目すら合わせてくれない。王子ヴィクトルは目を合わせないどころか顔を逸らしている。


(オリヴェル様は愛妻家だったというお話でしたものね。その息子であるヴィクトル様も面白くない思いであることは理解できるわ。望んでもいない女が妻や母になるなんて…)


ディオーナは作られた笑顔の奧に悲しみを隠した。そこにはこんな理由もあった。オリヴェルの結婚式は2回目ということもあり簡易的に形式だけのものであったのだが、目をつむり重なることを待った誓いの口付けは、唇が重なることなく頬や額にされるわけでもなく、ただの振りで終わった。


そして案の定、待てど暮らせど夫婦の寝室にオリヴェルが現れることはなかった。初夜だけでなく、以降もずっと。国王夫妻がディオーナに望む王太子妃としての役割は、後の国母になること、そして王子ヴィクトルを立派な後継者に育て上げることであり、新たに子どもをとは言われていない。


(私が妻や母になることは本人たちは愚か、国王夫妻すら望んでいない…)


国母として国民に慕われることは出来そうだった。ディオーナが後妻として王宮入りすると発表された時、国民は大いに歓迎したからだ。しかし王太子と王子から突き放されている妃を誰が受け入れようか…。オリヴェルとは大人な対応が出来ようにもヴィクトルとの関係は改善する必要があろう。ディオーナは早速王子教育の見学をすることにした。


クリスティアンの性質を引き継いだのであろうか、オリヴェルもそうであったがヴィクトルもまた勤勉であった。飲み込みも早く知識の吸収は早かった。何か口を挟む訳でもなく、ディオーナはただ見学するだけであった。数日もするとヴィクトルの警戒も溶け始め、なぜディオーナが毎日見学しているのか気になり始めたのか、チラチラとディオーナを窺うようになった。真面目に勉学に励む姿に安心しディオーナも読書をしながら見学しているものだから、疑問も最もだ。時折目が合うと、ヴィクトルはぎゅんと首をひねり顔を逸らした。垣間見る仕草は10歳の少年のものだった。もし自分がアルベルトと結婚していたら王子としてこんなに勉学に励むことはなかっただろうにと、ディオーナはヴィクトルのことを想った。



そんなある日のこと、ヴィクトルが発熱し3日ほど寝込んだ。エミリアが病を発症したきっかけも発熱であったため、医師団はせいて気をもんだ。そこにディオーナが現れると自ら看病すると申し出た。医師らは病が移ったら大変だと部屋から出るよう言ったが、それ以外にもディオーナを外へ出そうとする動きがあった。ヴィクトルの侍女は顔を曇らせていたのだ。


「あ、あの!無礼を承知で申し上げます!先日王宮入りなさったばかりの妃殿下が看病なさるのはいかがなものでしょうか!」


先ほど顔を曇らせていた侍女は声を張り上げて発言した。


「貴女は殿下の侍女ね?私が殿下に危害を加えるとでも?」


「…」


侍女は青ざめた。


「貴女は賢明で勇敢ね。それでこそ未来の王に仕えるものの務めだわ」


「え?」


「この王家で私は異質ですもの。まだ、王宮に来て日も浅いですから私への信用もないでしょう。安心なさって。少し病状に心当たりがあるから様子の観察をしたいのよ。私が殿下と二人きりになることはありませんわ。貴女も立ち会ってくださる?」


「妃殿下…?」


「とはいえ、まずは陛下にも立ち会っていいか確認した方がよろしいでしょうね?」


ディオーナは医師団に向き直ると質問した。


「ヴィクトル殿下が寝込んで3日経ちましたが、医師団の見立ては何ですか?」


「流行風邪ではないかと考えておりますが、他に発熱しているものがおりませんので、今後違う路線で検討しようと考えているところです」


「そうですか。私もある仮説を証明したく、この検討会に参加してもよろしいかしら?」


「ある仮説ですか?」


「ええ。その為には、エミリア様とシルヴィア王妃殿下の療養の記録を確認したいのです」


「お二人のですか?では、こちらでございます」


受け取り、まずはエミリアの記録に目を通すと、発熱の数年前くらいから軽い体調不良が始まり、発熱したところから1年後に亡くなっている。発熱後は関節痛を訴え、横になる日が多くなると起き上がれなくなり最後は呼吸するのみであったとなっている。治療は対処療法のみで、解熱鎮痛薬を処方するだけであった。シルヴィアの記録は半年前から体調不良を訴えるようになったと記載されている。その3ヶ月後にディオーナはオリヴェルとの婚約の打診をされたのだ。


「なるほど。ちなみにヴィクトル殿下は体調不良を訴えていましたか?」


「直接お話をいただくことはあまりありませんでしたかね。侍女の話では時々朝起きるのが辛そうで寝坊することもあると言っていましたが、明らかな体調不良を訴えられることはあまり…」


「そうですか。では、やはり、私の見立てに間違いはないかと…」


今回のヴィクトルの病について、ディオーナは仮説を医師団に伝えた。医師らは腑に落ちたようで、王家を揃えて報告することにした。




「ヴィクトルの病は一体何だというのだ?」


「はい。ディオーナ妃殿下にご助言いただき、ある仮説にたどり着きました。この病でエミリア様も亡くなったものと思われるのです」


「なんと!?」


「!?」


これにはオリヴェルも驚き顔を上げている。


「なぜ王太子妃が助言を?」


クリスティアンから発言を許可されたディオーナは詳細を語った。


「私はこの10年、好きな読書を嗜みながら沢山の知識を修得しておりました。医学書に目を通すこともございました。そんな時、エミリア様の訃報を聞きました。この国では原因不明の病であったと。私は各地への留学も検討しておりましたので『原因不明の病』を追究すべく、シルヴィア妃殿下やエミリア様の出身である隣国マルブロンへと渡りました。するとマルブロンでも同じ症状を発症する人が度々見られるようになり、研究を重ねていた所だったのです。そして程なくして解明できました。この病はマルブロン人の遺伝的なものだったのです。かつてマルブロンではマルブロン国内に異国民を受け入れてはいましたが、出国することは制限されていました。30年前、シルヴィア妃殿下がアイスタールに嫁いだことがきっかけで、マルブロン国外への出国制限が解除されました。ほとんどは留学のためだったようで、10代の若者の出国が増えました。すると、その若者の中で数年後原因不明の体調不良に始まり発熱、関節痛、そして最終的に呼吸も止めてしまうケースがあったようです。なぜマルブロンでは出国を制限していたのか。それは病の発症を防ぐためという先人の知恵だったようです。その根本が語り継がれることがなかったために、再び病が表に出始めたということでした」


ここまで聞くと、クリスティアンは情報を整理した。


「つまりはマルブロン人はマルブロンを出ると病を発症するということか?」


「はい。身を守る為にはマルブロンの環境が必要なのです」


「エミリアは残念であったが、シルヴィアは?彼女の方が長いことマルブロンを離れているが?」


「若者の留学が増えたから解ったことだというのが裏付けなのです。未成年がマルブロン国外に出てしまったことが問題だったのです。王妃殿下は成人してから輿入れしたとお聞きしました。留学をしたのは国王陛下の方だったのですよね?」


「ああ。私がマルブロンに留学したことでシルヴィアと出会ったんだ。それで?病を治すことは可能なのか?」


「はい、回復することは可能です。マルブロンの水源は1つです。セントブランク川の水が飲用水として使われていますが、こちらを摂取し続けることが病を抑え込む有力な手立てだと聞きました。その為国外に行ってしまうと体内で病を抑え込む力が足らなくなると」


「つまりは、成長中にしっかりとセントブランクの水を摂っておくことが重要だったということか」


「はい。その為シルヴィア王妃殿下の発症はここまで防げているのでしょう。エミリア様はアイスタールに留学する頃にはマルブロンを出国されておりますしそのまま嫁いでアイスタールに留まりましたから発症も早かったのでしょう」


「すると、ヴィクトルも同じ病なのか?」


「その可能性が高いかと」


「しかしこの仮説でいうと、オリヴェルは病を発症しないのはなぜだ?」


「これもまた仮説でしかないのですが、お二人はアイスタール人との混血です。王太子殿下に流れるマルブロンの血は2分の1です。そしてオリヴェル殿下は4分の3なのです。血の濃さかもしれません。となるといつかは王太子殿下も発症する可能性があるかもしれません。あるいは、王太子殿下がマルブロンに訪問したことはございますか?」


「あ、それでしたら、私がオリヴェルを妊娠中から産後1年程はマルブロンでゆっくり過ごさせてもらいましたの。その頃は公爵家でしたし…」


どうやらシルヴィアは里帰り出産をしていたようだ。


「もしかしたら、胎児や乳児期にマルブロンにいたのは良かったのかもしれませんね。乳母もセントブランク川の水を飲んでいたでしょうから」


「では、セントブランクの水を取り寄せれば良いのか?」


「症状を抑えるまではしっかりお飲みになった方がよろしいでしょうね。あの、私の生家のエルヴェスタム侯爵が保有する地方の領地は水源がセントブランク川なんです。よろしければしばらくこちらで療養しませんか?シルヴィア王妃殿下とヴィクトル殿下のお二人とも」


「なんてことだろうか…。君がこんなにも有益な情報を持っているなんて…。でもなぜ今まで隠していたのだ?」


「隠していたわけではございません。私は前王家から断罪されかけ、良くて国外追放されようとしていた身です。自ら王家に近づくことは出来ませんでした」


「だとしたら、なぜ原因不明の病を追究しようとしたんだね?」


「…私は国の為の駒として生きることが染み付いているのでしょうね。それにエミリア様のことは恩人であるとお慕いしておりましたので、追悼の意を込めまして…」


「そうであったか…」


ディオーナの断罪劇の噂を思い起こし、クリスティアンは納得した。


「まずはマルブロンの有力な医師団に相談されるのが良いかと思うのですがいかがでしょうか?私が留学中にお世話になった医師でも良いかと思います。そしてマルブロン人特有の病であればこの方法で上手く行くはずなのです。まずは病を抑え込みましょう」




こうしてディオーナはシルヴィアとヴィクトルを連れてエルヴェスタム侯爵領へ向かい療養させることになった。

のちに、仮説は正しかったことが証明される。セントブランク川の水により、シルヴィアの不調は改善され、ヴィクトルは解熱し他の不調は現れずに済んだ。診察に赴いてもらったマルブロンの医師団の見立てもマルブロン特有の病であろうとのことであったが、ヴィクトルとオリヴェルについては鎖国的なマルブロンには珍しいアイスタールとの混血というケースであることから今後も観察させて欲しいとのことだった。王家としても命に関わることだけに両国で医療提携を結ぶことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る