王太子妃になるべくしてなった侯爵令嬢は、その責務を全うする。

茉莉花

第1話

ディオーナ・エルヴェスタム侯爵令嬢はこの度婚約者である王太子オリヴェルと結婚し、王太子妃ディオーナ・アールグレーンとなった。この時ディオーナは30歳。王族や貴族の結婚としては晩婚だ。しかしそれには理由がある。オリヴェルが前妻を亡くしたための再婚であり、ディオーナは後妻であるからだ。


なぜ、侯爵令嬢であるディオーナが30歳まで未婚であったのか…。これにはこの国のここまでを語る必要がある。


◇◇◇


大陸の北部に位置する国、アイスタール。貴族社会の規律の守られた国であった。王家は代々政略的な結婚をすることで地位を確立し国を繁栄させ存続してきた。ところが6代王権の時、王太子セバスティアンが学園の卒業式で婚約者である公爵令嬢との婚約破棄と、真実の愛であるアデラという男爵令嬢と婚約すると発言した。このアデラは頭脳明晰な女性で学園において首席であったこともあり、公の場での発言に王家も撤回することが難しく、異例であったが婚約破棄及びアデラとの婚約を認めた。もともと頭の良いアデラは妃教育もこなし無事2人は結婚、後に7代国王としてセバスティアンは即位した。この国王夫妻の馴初めから、国内の貴族の間では婚約破棄が流行し、政略結婚よりも恋愛結婚が増えた。しかしこれがアイスタール存続の危機へと繋がっていく。


セバスティアンとアデラの間に第一子である王子を授かるまでに10年を要した。その間、国内で政略結婚が減ったことによる弊害が増えたのだ。経済的な理由から爵位の存続が困難になり御家が取り壊しになるケースが出てきた。そしてアイスタールの貴族は品格がないと評判になることもあった。家格が同等の者と結婚することにはそれなりに意味がある。実際、国外からの来賓がある社交でアデラの所作が美しくないと噂になったのだ。知識は豊富であるため話術と愛嬌で補っていたが、幼い頃から染み付いた癖だけはどうにもできなかった。そこでこの現状を挽回すべく自分達のことは棚にあげ、息子である王子アルベルトには生まれた時から高位貴族の令嬢を婚約者に据えた。それがエルヴェスタム侯爵家のディオーナだった。ディオーナは生まれた時から後の国母になるべく完璧に育て上げられた。しかしこの努力が、アルベルトには全く伝わらなかったのだ。このアルベルトも学園の卒業式で婚約破棄を宣言したのだった。それも真実の愛だけでなく、ディオーナを陥れて断罪までしようとした。明らかな冤罪だったこともありこれには国民の怒りをかった。全ては王家が仕出かしたことであり、ディオーナという1人の女性の人生を犠牲にしてきたのにも関わらずだ。国王は争いを避けるため、断罪はなかったことにする代わりに婚約は白紙という形で処理した。破棄や解消ではなく白紙。これでは慰謝料なども発生しないではないかとエルヴェスタム侯爵家の怒りは収まることはなかった。なぜならばこの政略結婚には、高位貴族令嬢を後の国母にすることだけでなく、侯爵家から金銭的支援についても目的としたものだったからだ。王妃が男爵家出身であるがため生家から金銭的支援が得られなかったにも関わらず、私費に国費を横領し散財していた為に王家だけでなく国も困窮していた。その為ディオーナの王太子妃教育や王太子の婚約者としての気品維持、王太子からディオーナへの衣装や装飾品や花など贈答品の為などすべての経費は王家の私費や国費ではなく侯爵家の私費から負担していたのだった。侯爵家に何の利益もない王太子とディオーナの婚約は国の為だと誰もが理解を示していただけに、国王の冤罪の処理についても国民の不満が爆発し、王家を失脚させる為に動き出した。


そんなことは気づかずに、王家は真実の愛を貫くべくアルベルトが見初めた子爵令嬢に王太子妃教育を施すのだがちっとも進歩がない。さらには国内での王家の様々な噂を耳にし、贅沢な暮らしを期待していた子爵令嬢は「思っていたのと違う」と一言残し消えたという。優秀な婚約者の存在に甘えて何の努力もしてこず自分は偉いと勘違いし、真実の愛である婚約者さえも失ったアルベルトは全く役に立つことはなく、ただのお荷物となるのであった。


国内では臣籍降下していた王弟殿下のクリスティアン・アールグレーン公爵を国王にという動きが強まった。社交的かつ勤勉で有名だったクリスティアンは王公貴族の信頼も厚い。結婚は恋愛結婚だったがお相手は留学中に出会った隣国の第二王女シルヴィアであることも優位に働いた。また、アルベルト王太子と同い年の嫡男オリヴェルも存在する。そのオリヴェルの婚約者はシルヴィアの姪で隣国の公爵令嬢エミリアとこれも身分の上では問題ない。


アルベルトとディオーナの婚約白紙から1年後、王家は失脚。代わりに王弟クリスティアンが当主であるアールグレーン公爵家が王家となった。王家に仕えていた者たちは歓喜に湧き、セバスティアン王権であった約30年は暗黒時代として歴史に刻まれた。さらにこの時既に結婚していたオリヴェルは立太子しエミリアの間に王子となるヴィクトルが誕生すると、国民はこの新生王家に期待を膨らませた。


そんな暮らしが5年程経った頃、王太子妃であるエミリアが病に倒れ、回復することはなく後に亡くなった。王太子オリヴェルは愛妻家で有名であった為、この悲しみは計り知れなかった。案の定、後妻を娶ることもなくさらに5年程経ったのだが王家に変化が起こる。王妃シルヴィアが体調を崩す日が増えたのだ。もし逝去したならば王家に女性がいなくなる、特に国母が存在しないことは避けたかった。そこで、オリヴェルに後妻つまり王太子妃を迎えようとかつて王太子アルベルトと婚約し国母になるべく育て上げられたディオーナに白羽の矢が立ったのだ。


ディオーナは婚約が白紙になって以降、エルヴェスタム侯爵夫妻と共に静養したり隣国に留学したりと自由を謳歌していた。新生王家誕生前は王宮が荒れ始めていたため、噂なども届かない地方の領地でのんびりと過ごし、元々読書を好むディオーナは勤勉で知識の探求は止まることを知らず、各地を旅していた。王家の2代に渡る恋愛結婚の失敗から貴族らは再び政略結婚が主流になりつつあった。ディオーナが王都から姿を消していたことや持ち込まれた政略的な縁談に侯爵が許可しなかったことから、ディオーナは再び婚約することなく独り身でいることになったのだ。



そしてある日、国王からエルヴェスタム侯爵が呼び出される形ではなく、なんと国王夫妻が侯爵家へと訪問されたのだ。ここまでされては侯爵も…、いやそもそも国王からの提案を断ることなど出来ず、ディオーナは再び王太子と婚約し結婚したのだった。

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