アルゼンチンの寿司
海外にある日本食レストランには一言、物申したいことがある。
それ、日本食じゃない。
冒頭から文句で始まってしまったが、日本食は割と海外で誤解された状態で知られている。
日本を代表する料理として真っ先に名前が挙がるのが寿司だが、これも日本で食べるものとは大分毛色が違う。北米の寿司は基本的に巻きずしが主流だ。カルフォルニアロール(カニ風味かまぼこ、アボカド、マヨネーズ、白ごまをシャリで巻いたもの)や衣をつけて揚げた巻き寿司に、何の調味料を使っているかよくわからないファンシーなソースをかけたそれを寿司と呼んでいる。日本人がよく食べる、楕円形のシャリに魚の切り身が乗ったタイプの寿司は、北米ではマイナーな位置づけになっている。
以前マンゴー寿司というものを食べたことがある。マンゴーの果肉がシャリに包まれ、マンゴーソースが上からかけられた、日本では決してお目にかかれない謎の寿司。食べてみたが、ただただマンゴーとシャリしか感じられない。
生まれて初めて「君、ちょっとシェフを呼んでくれ」と店員に声をかけて、「これを作ったのは君かね?」と料理人に文句を言いたくなった。ちなみに南米出身の夫は「おいしい!」と言って食べていた。
他にもある。
「君、日本人? 俺日本食好き! ポキとか!」
そう言ったのは、爽やかな笑顔を携えた若い中国人男性だった。
ポキって日本食だっけ? 私はまず疑問に思う。生まれてはじめてポキを目にしたのはハワイだった。20代の頃にハワイ旅行に行った時にレストランで食べた。使われているソースはアメリカ風のファンキーなものだったのを覚えている。
私にはポキが日本食という認識がなく、また仮に日本食であったとするなら、20年以上日本でお目にかかれないなどあり得るのか?
そう思い調べてみると、やはりポキはハワイのローカルフードだった。その中国人男性はきっと「生の魚を食する変わった文化を持つ国、日本!」という認識から、ポキは生の魚だから日本食だろう! という決めつけに至ったのだろう。ハワイに謝りたまえ。
また一部ではたい焼きやたこ焼きが韓国料理店で売られている。また韓国文化のお祭りに行った時は、巨大な達磨の置物が置かれているのを見つけた。
日本文化……と小さく呟くも、韓国の文化として楽しんでいる群衆には届かなかった。
そんなわけで、海外にいると日本料理がどう誤解されているのかよく目にする。すると一転して時々楽しくなる。一体どんな寿司を提供しているのか、怖いもの見たさで試してみたくなる。そんな瞬間がアルゼンチン滞在中にもあった。
アルゼンチン滞在中は、アルゼンチンの料理を堪能した。ピザ、BBQなどなど。現地の料理はとても美味しく、いつも舌鼓を打って満喫していた。しかし、純度100%の日本人である私は、やはり日本食が恋しくなる。アルゼンチンの料理はレストランから家庭料理まで西洋料理一色だった。パンを食べた次の日にはピザ、その次の日にはエンパナダ、その次の日にはBBQ、そしてお肉の横には当たり前のようにフランスパンがある。主食は小麦だらけ。お米が食べたい。私の日本食欲はもう限界に近かった。
そして近所に寿司レストランがないか探すと、あった。しかもGoogleレビューが非常にいい。私は店に赴いた。
メニューはシャリに刺身が乗った寿司、細巻き、太巻き、手巻き、太巻きコンボなどがあった。単品で頼むこともできるが、一つひとつ注文すると合計金額がとんでもないことになるので(カナダで経験済み)、太巻きコンボを頼むことにした。
種類はいろいろあったが、私が注文したのはクラシックコンボ20切れ。太巻きは4種類あり、生サーモン、スモークサーモン、アボカド、エビ。テイクアウトしたので、滞在先に帰って箱を開けてみると、なんということでしょう。
生サーモン太巻きは、てっきりごろりとした生サーモンが内側に巻かれていると思ったのだが、実際は薄く切られたものが太巻きの外側で、その面積の半分程度巻かれていただけだった。そして太巻きの内側はクリームチーズとアボカド。ちなみにこれは、4種類のうちのひとつ、アボカド巻きとは違うものだ。
次にスモークサーモン太巻き。これは、サーモンがきちんと内側で巻かれていた。が、スモークサーモンはなぜか淡いピンクに茶色を混ぜたような色だった。濃いサーモンピンクではない。いや、これ焼き鮭じゃね? スモークしてないよね? 焼いているよね? 完全に火を通したものをスモークと呼んでいる?
ちなみにこれにもクリームチーズが入っていた。
そしてアボカド太巻き。中身はアボカドとクリームチーズ。生サーモン太巻きとの違いは、外側にサーモンが巻かれていないことくらい。
最後にエビ太巻き。このエビは生だった。そして薄切りでもなく、外側でもなく、ごろりとしたものがしっかりと内側に巻かれていた。そして当然クリームチーズも入っている。
クリームチーズ入り過ぎじゃない?
すべての太巻きに必ずクリームチーズが入っている。なんならクリームチーズがメインで、サーモンや他の具材はおまけです、というくらいにクリームチーズの主張が強い。
とにかくクリームチーズの味がする。クリームリーズをたっぷり堪能した後、極薄生サーモン、スモークサーモン(味も焼き鮭)、エビ、アボカドがようやく舌に辿り着き、実はいたんですよ、はい、と言うように申し訳程度にその味を舌に残していく。
量が圧倒的に多いシャリですら、クリームチーズに負ける。味が濃い醤油ですらクリームチーズには敵わない。
前味は完全に寿司の気分でいたのに、中味も後味もすべてにクリームチーズが姿を見せる。他の具材を押しのけて堂々と前に出てくる。むしろ独特な強い風味を武器に、他の具材を殺しにかかっている。そんな主張の強い、本来脇役であるにも拘わらず主役を殺してまで前に躍り出たクリームチーズは、しっかりとその存在感を口に残し、胃に流れていった。注文した時点ですでに寿司の口になっていた私は、あれ? クリームチーズ寿司頼んだんだっけ? 注文間違えた? と思う程に脳が混乱し、現実を受け入れるまでに大分時間がかかった。
結論;アルゼンチンの寿司はクリームチーズでした。
これは余談だが、海外ではなぜか、代表的な日本食の中に照り焼きソースがある。アジアスーパーでも、なぜか照り焼きソースだけは決して狭くないスペースを占領し、それでいて種類も品揃えも豊富だ。そんなに需要ある? と私は今でも疑問に思っている。
そしてアルゼンチンで寿司を注文した時も、店員さんから「あなた日本人? じゃあ照り焼きソース知ってる?」と聞かれ、知っていると答えると、「じゃあサービスで照り焼きソースもつけてあげる!」と満面の笑顔でサービスしてくれた。ここでは(クリームチーズ)寿司に照り焼きソースをかけるらしい。
気持ちがありがたかったために断れなかった。でも私の心は密かに叫ぶ。
それ、もう寿司じゃない。
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