配達業者にはご注意


 多くのレストランは複数の配達会社と契約している。ウー〇ーイー〇などだ。私が働くレストランも複数の配達会社と契約している。それぞれのサイトやアプリを通じて客が注文し、配達員が店で注文を受け取り客の元に届ける。店員と配達員は頻繁に顔を合わせるし、いわば協力体制にある。大半の配達員達は親切で礼儀正しく、私達はいい関係を築けている。


 が、中には無礼極まりない配達員もいる。注文を受けると店側は準備にかかる時間を設定できる。物によっては調理に時間がかかるからだ。しかし一部の配達員はこちらの設定した時間を無視し早く来てしまう。当然彼らは待たなければならないが、それに対して彼らは怒りを露にするのである。

 初めは激怒する彼らに驚きおどおどし、「すみません」と典型的な日本人さながら、自分は悪くないのに謝る私だったが、一年も働くと慣れてしまい図太くなる。「そっちが早く来たんでしょ」とさらっと受け流せるようになった。逞しくなったものだ。働き始めの怯える子羊だった頃の私には想像もつかないだろう。


 腹を立てども、このような配達員は可愛い方だ。店員に失礼な態度を取ってもきちんと仕事をこなす。問題なのは、一部の配達員が注文の品を盗んで消えてしまうことだ。


 そのやり方は巧みだ。質の悪い配達員は店で注文を受け取りそのまま消えてしまう。本来配達員が注文を受け取った時点で、それを「完了」するボタンを押し配達のプロセスを進めなければいけないが、彼らはそれをしない。その後注文の受け取りが完了されていない状況を解決する為、システムは別の配達員を手配する。そして新しい配達員が店に来る。しかし、注文の品はない。最初の配達員が持って行ってしまったからだ。そして彼らは盗んでそのまま消える為、当然品を受け取れない客は不審に思う。そして店に電話をかける。こうして店は、新しい配達員と客の両方から責め立てられる。「なぜ注文の品がないんだ?」「間違えて違う人物に品を渡したんじゃないの?」「店側が勝手に注文キャンセルしたんじゃないの?」いわれのない苦情が来る。

 だが、こちらはすでに料理をパッキングし、最初の配達員に渡している。その後のことは私達の責任の外にある。怒りを露にする彼らには申し訳ないが、私達には何もできない。状況を説明してこちらの身の潔白を証明し、運営会社に連絡して彼らの対応を待つしかない。

 

 このような場合には、客も店も不適切な対応をする配達員に低評価を下すことができる。当然私達は配達員に「低評価」を送る。余談だが、この評価は配達員にとって重要であるらしい。評価によって待遇が変わるのか、時々「高評価お願いします」と店側に頼む配達員に会うことがある。つまり「低評価」は盗みを働く配達員への一種の制裁となる。

 

 私達は配達会社から支給されたデバイスの画面をタップし、問題の配達員を探す。注文を辿ればそこに配達員の情報が紐づいている為すぐに見つかる。そして「低評価」ボタンを押す。苦情と再発防止の意味を兼ねてだ。勿論少しばかりの怒りを込めて。


 ところが、その画面に表示された配達員は、初めに来た配達員とは全く別の人物だった。そこには改めて手配された別の配達員の情報のみが表示され、最初の配達員情報は消えている。というか、上書きされているのだ。つまり、問題の配達員に対して「低評価」を下すことができない。


 やられた。彼らはこの仕組みを知っているのだ。

 

 勿論運営会社に事情を説明し、最初に手配された配達員を辿ることはできる。しかし、これは運営会社のみが行えることで、その采配も運営会社次第だ。配達員がそれ相応の罰則を受けているかどうかまではわからない。

 

 また別のパターンもある。

 配達員には上記で説明した配達のみではなく、注文そのもののキャンセルをする権限が与えられているらしい。自らが注文したものではないのにも関わらずだ。恐らく、店側か客側とトラブルになり、注文の配達そのものが不可能と判断される場合に施行されるのだろう。

 

 そういえば、配達員が注文を受け取る為店に向かうと、そこには店などなくただの空き地だったという話を聞いたことがある。あたかも店を構えているように見せかけ配達会社から金を取る為の詐欺らしい。このような場合、そもそも店がないのだから注文の配達そのものが不可能だ。よって配達員は注文のキャンセルをすることができる。

 

 そしてこれを巧みに利用する悪質な配達員がいる。

 彼らは何食わぬ顔で店で注文を受け取り、それを持って消える。そして注文そのものをキャンセルする。私が経験したケースでは、店側のデバイスには「客が注文をキャンセルした」と表示され、客側の画面には「店が注文をキャンセルした」と表示された。(客側の画面については、この客が店に電話をかけ「何で勝手にキャンセルしたの?」と苦情を言ってきたことにより発覚した)

 

 ここで誤解を招きたくないので一言言っておきたい。店側は注文をキャンセルできないのだ。私は1年以上レストランで働いているが、キャンセルの仕方など知らないし、同僚の誰も知らない。店側が注文をキャンセルするという事態に陥ったこともない。システム上、客が注文を完了させた時点で、店には自動的にレシートが発行され注文を受け付ける。有無を言わさずだ。それがどんな大量注文だろうが、閉店の1分前だろうが関係ない。私達は注文されたものを作らなければならない。


 つまり、配達員と客のみが注文をキャンセルする権限を持つ。そしてそれを知らない客は、勝手に注文をキャンセルされたことに怒り、店に電話をかけてくる。配達員はただ飯にありつける上に、その濡れ衣をレストランに着せることができる。また、注文自体がキャンセルされているので、配達員に評価を下すこともできない。こうして彼らは「低評価」の制裁を潜り抜けるのである。悪質なやり方だ。


 この不公平な現状に腹を立て私達はよく運営会社に電話をかける。そこで起こったことをすべて伝え、一部の配達員が注文を盗む現状を訴えるも、電話口のスタッフは気にも留めない。「わかりました」と言って再注文や返金などの対応策を取るのみだ。

 雑な対応ゆえに、こういった事態は後を絶たない。うちのレストランでは1、2週に1度は目にする。客も不憫だ。去年の冬にフライドチキンを注文したある男性は、注文と一緒にメモを私達に残していた。「今日は私の誕生日です。留学で来たばかりで友達がおらず1人寂しい夜ですが、おたくのフライドチキンが食べたくて注文しました」と書いてあった。

 私達は彼を不憫に思い、「Happy Birthday」のメッセージと小さなパンケーキを無料で追加した。彼への誕生日プレゼントに。が、それが配達員に盗まれてしまった。彼は運営会社に連絡してもう一度同じ注文をし、今度は彼の元に届いたらしい。

 異国の地で、寂しい誕生日を少しでも彩る為に注文した食べ物を配達員に盗まれるなど不運でしかない。彼に深く同情する。フライドチキンが彼の心を少しでも温めたことを祈る。

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