ベジタリアンにはご注意
カナダにはベジタリアン、ビーガン専門店が多くある。肉や魚を取り扱う店でもベジタリアン、ビーガン料理のメニューが設けられている。菜食主義者の人や宗教上特定の動物を食べられない人に配慮されたものだ。移民が集まるこの国ではこういったサービスの発展は日本よりも早く、そして不可欠だと思う。
日本にいた時はあまり目にすることがなかったが、カナダにいるとそういう食生活を徹底している人をよく見る。店にベジタリアン料理がなければ、レビューに☆ひとつつけられ、「ベジタリアンやビーガンに対する配慮がない」と辛口のコメントをされる可能性がある程だ。私の店には、狙ったわけではないが元々野菜しか使っていない料理があるのでベジタリアン料理に聞かれた時にはそれらをお勧めしている。
ある日、一人の女性が食事をしに来た。彼女はキチンコンボというメニューを頼んだ。これはフライドチキン、ご飯、サラダ、餃子、チャプチェが一つのプレートに乗ったセットもので、値段もお手頃、色々なおかずを楽しめると人気のメニューだ。彼女はその人気メニューを注文する。あ、と思い出したように彼女は私に語り掛ける。
「この餃子の中身って何?」
「野菜ですよ」
「よかったー! 私ベジタリアンだからさ!」
ん? ベジタリアン?
「お客様、ご注文はチキンコンボでよろしいですか?」
「そう、チキンコンボ」
「お客様、ベジタリアンでお間違えないですか?」
「そう、私はベジタリアン。だから餃子は野菜じゃないとダメなの」
「野菜餃子の他にチキン餃子もありますが」
「チキン餃子はダメなの。私ベジタリアンだから野菜餃子じゃないとダメ」
「繰り返しますが、チキンコンボでよろしいですか?」
「ええ、お願い」
「これはフライドチキンですが、大丈夫ですか?」
「ええ、チキンは大丈夫なの」
私は頭にクエスチョンマークを三つほど乗せ、注文を取る。彼女は常時笑顔だ。どこにも疑問点などないかのように、スムーズによどみなく話す。私が間違っているのだろうか。ベジタリアンは菜食主義者を意味し、肉を食べないものと思っていたが、チキンは肉に含まれないのだろうか。そしてフライドチキンはOKで、キチン餃子がNGな理由とは何なのか。
キッチンに戻り、他のウエイトレスに例のベジタリアンの客の話をする。私の話を聞いた瞬間、その子も顔を顰めた。
「ベジタリアンなのにチキンコンボ頼んだの?」
「そう。それでチキン餃子はダメらしい」
「なんで?」
彼女の眉間の皺は深くなる。どうやら私は間違えていないらしい。チキンは肉ではないという世界線にでもいるのかと、SF脳が活性化しそうになったが、私はあくまでもチキンは肉である世界線に立っているらしい。彼女の方が違う世界線から来た可能性がある。
そのベジタリアン? の女性は食事を堪能し、笑顔で帰っていった。
私はまた別のタイプのベジタリアンの客に会ったことがある。その男性はベジタリアンを豪語し、私にベジタリアンのメニューはないか、と聞いてきた。私はメニューに載った料理を指差し、ベジタリアンメニューについて説明する。
「おお、これいいな」
男性はスープを指差す。そこには野菜スープとシーフードスープがあるが、男性が指を差すのはシーフードの方だ。
「お客様、こちらはシーフードが入っております。野菜スープもありますので、そちらはいかがですか?」
「いや、シーフードがいい」
「お客様、ベジタリアンですよね?」
「そうだ。でもシーフードは大丈夫」
彼もまた違う世界線から来たのだろうか。彼曰く、シーフードは野菜に含まれていて、動物ではないとのこと。それもまた、私の住む世界線では聞いたことのない話だ。
だが、どれだけ菜食主義論争を繰り広げたところでここはレストランだ。私はウエイトレスで、彼は客だ。彼が欲しいものを提供しなければいけない。私は再びクエスチョンマークを頭に乗せたまま注文を取る。
後日、私はある交流会に参加した。英語を勉強している人、英語での会話を練習したい人たちが集まり、英語で話をし交流するというグループを見つけたのだ。日々英語の勉強に奮闘し、二度と「Which shitty are you from?」などど言ってたまるか、と心に決めていた私は、これ幸いと参加した。その交流会には多くの人が参加し、バックグラウンドも様々で非常に刺激的だった。
その中で私は別のベジタリアンの女性に出会った。彼女は昔は普通に肉や魚を食べていたらしい。そしてある時を境にベジタリアンになったという。彼女が菜食主義の生活を始めた理由は、彼女の消化器官があまり丈夫な方ではなく、消化に時間がかかる肉や魚を食べると体に負担がかかり、体調不良や疲れやすさを経験するからだという。それに悩んでいた彼女は野菜中心の食事を試したところ、体調が回復し、疲れにくく活動的、健康的になったという。あまりにも良好な体調に感動し、それからベジタリアンになった。肉は好きだが体調の方が重要だと思い、今でも肉を食べない生活を続けているという。
その彼女に例のベジタリアンの客について話してみた。そして彼女は顔を顰めた。
「彼女ベジタリアンって言ったの?」
「そう。はっきりとベジタリアンって言った。でもフライドチキンは大丈夫だって」
「変わってるわね」
どうやら彼女以外はみんな私と同じ世界線にいるらしい。彼女が世界線トラベラーだという説が濃厚になってきた。
「ちなみにシーフード食べるベジタリアンにも会ったよ」
彼女はさらに顔を顰める。
「彼はシーフードは動物じゃないから大丈夫って言ってた」
「そう。不思議ね」
どうやら彼も世界線トラベラーらしい。世界は私の知らないところでSFに溢れているのかもしれない。
「もしかしたらフレキシタリアンかもね。ベジタリアンにも色々あるから」彼女はそう加える。
フレキシタリアンという言葉を聞いたことがない私はその定義について尋ねた。どうやら完璧な菜食主義者ではなく、菜食主義を取りつつ時々肉や魚を楽しむ人達のことを差すらしい。その頻度は人に寄るが、週に一回のみ、月に一回のみなど肉や魚を食べる日を設け、それ以外は菜食主義の生活を送るらしい。
なるほど。上記のベジタリアンの客たちはもしかしたらフレキシタリアンなのかもしれない。(彼らははっきりと「自分はベジタリアンだ」と答えたが)世界線トラベラーの可能性を信じ始めていた私は少しがっかりした。が、新しい用語を勉強できたので良しとする。
初めは困惑した私だが、今では独自のルールを持ったベジタリアンが来ないか少しワクワクしながら仕事をしている。
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