注文の交換にはご注意
前のエピソードで記憶をなくし、店員が注文を間違えたと勘違いする客に出会った話をしたが、勿論店員が注文を間違えてしまうこともある。その時はひたすら謝りすぐに交換する。大抵の人は「いいのよ、気にしないで」と皆とても優しい。ありがたいの一言である。
が、勿論中にはできないケースがある。今回はそれについてお話ししたい。
「ねえ、これ賞味期限切れてない?」
とある若い女性が私を呼びつけテーブルにある酒瓶を指差す。彼女が注文したものですでに半分程飲まれている。彼女は酒瓶についたラベルの日付を指差す。その日付は一か月ほど前の物だった。
「これ賞味期限のラベルじゃない? だとしたら賞味期限切れていると思うんだけど」
「はっきりとわからないので、確認いたしますね」
私は酒瓶を持って店長の元に行く。そしてラベルが賞味期限を示したものかどうか確認する。
「違うよ。これはこっちが注文した日付を示すものだから賞味期限じゃない。酒は何年も持つし、これ先月注文した奴だから賞味期限切れてるなんてことはないよ」
私は客の元に戻り、そのように説明した。しかし、彼女は不満そうだ。少し考えるように間を開け、溜息をつき、彼女は私に言う。
「この酒、美味しくなかったの。他のものと交換してくれる?」
それが目的だったか。私は瞬時に察した。そもそも賞味期限切れ、などというのは好みに合わなかった酒を無料で交換してもらう為のこじつけだったのだ。当然すでに半分程空いた酒を他の客に提供できるわけもなく、新しい酒と交換などできるわけがない。理不尽な要求のわりに彼女の態度はふてぶてしい。
「すでに飲まれたお酒の交換はできかねます」
私の説明に、彼女は溜息をつき、
「じゃあ、いいわ」
と手を振り、ぶっきらぼうに答える。
危うく騙されるところだった。こういった客には気を付けなければいけない。
別の日。
「これ交換してほしいんだけど」
とある女性が私を呼びつけ、皿を指差して言う。しかし皿は空だ。
「すみません。どちらの品の交換をご希望ですか?」
「え、だからこれだって。この餃子」
何度も確認するが皿に餃子はない。テーブルにあるすべての皿を確認しても餃子は見当たらない。
「これ野菜餃子でしょ? 私はチキン餃子がいいの。交換してくれる?」
そういえば彼女はコンボメニューを注文していた、と思い出す。コンボメニューには野菜餃子がつくはずだが、肝心のそれは見つからない。彼女に聞くと、
「食べたわよ、とっくに」
と涼しい顔で答える。
「わかりました。それでは追加でチキン餃子をご注文しますか?」私が聞く。
「違うわよ、交換って言ったでしょ? 追加注文じゃなくてチキン餃子と交換してって言ってるの」と彼女は苛立ったように答える。
交換って何を? 出来立てのチキン餃子とあなたの腹の中で消化されつつあるかつて野菜餃子だったものを?
「食べる前の物であれば交換は可能ですが、すでに食べられたものを交換することはできません」
「でも私チキン餃子の方が食べたかったの。食べてみて野菜餃子だったからがっかりしたのよ」
その割にはしっかりすべてお召し上がりのようで。
こういう客を時々見かけるが、彼らの思考回路はどうなっているんだろうか。こんな無謀な要求が通ると本気で思っているのか。
なんとか交換は不可能であることを説明し、彼女は渋々納得する。それでも「交換できないなんてあり得ない」と不満そうだ。そしてまたもや、チップは支払われなかった。
ところで、カナダに住んでいるとよく目にする光景がある。海外の人達はわからないことはすぐに質問するのだ。どこでも、どんな場面でも。疑問があるから聞く。そこに遠慮などない。日本人のように大人しくわからないことをそのままにはしない。以前そのことについて夫に聞くと、
「だって聞いてみないとわからないことたくさんあるでしょ? ダメ元で聞いたら意外とイケるときもあるし」
と言っていた。確かにそうだ。試しに聞いてみることは大事だ。駄目だったら駄目で別の方法を取ればいいし、と私も質問に対してオープンな海外の考え方が好きになった。
また、こちらでは「察する」という文化はないため、わからないことはわからないときちんと口で伝えなければいけない。黙っていれば相手が察して助けてくれる、などどいう考えはカナダでは通用しないのだ。「だってあなた何も言わなかったでしょ? それはあなたに要望や質問がないのと一緒よ」と言う感じだ。しっかりと意見や疑問を口にする、というのはカナダでの生活では必要不可欠な行為だ。
そう考えると、酒を交換して、チキン餃子と交換して、と要求したあの客たちももしかしたらそんな気持ちだったかもしれない。腹に収まったものと新品を交換できるかどうか、ただわからなかったから聞いただけかもしれない。「もしかしたらワンチャンイケるかも」と思っていただけかもしれない。
いや、わかるだろ。無理なことくらい。
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