接客業奮闘記
記憶喪失にご注意
私はレストランで仕事をしている。ウエイトレスだ。接客業は大変だが、それでもいろんな人に会えるこの仕事は結構好きなのである。そしてお客さんは皆親切でかなりフレンドリーだ。初対面にもかかわらずまるで長年連れ添った親友のように「Bro(Brotherの略)」「My friend」と呼ぶ。ちなみにこれは初対面でもフレンドリーに人と話す時によく使われる言葉なので、実際に兄弟や友達という意味ではないが、このように接してもらえるのは純粋に嬉しい。
勿論楽しいことばかりではない。腹が立つ客も少なくない。失礼な態度や理不尽な振る舞いに愚痴を募らせることもよくある。接客業の楽しさを感じつつ、その大変さが身に染みる日々である。
今回はそんな客と店員の奮闘についてお話ししたいと思う。ほぼ愚痴になることは、初めに言っておきたい。
たまに記憶をなくす客に出会う。彼らは高確率で自分が注文したものを忘れる。私は注文を受ける際に2,3度口頭で料理名を復唱し、メニューを指差して注文を確認する。そして皆きちんと確認し「YES」と答えるのだ。それが料理を運んだ時に、彼らは「え、これ頼んでないんだけど」と言い出す。
この手の客は非常に忘れっぽい。自分が忘れたことすらも忘れてしまう。そして、自らの記憶喪失に対しふてぶてしいくて可愛くない。しかも図太い彼らは「こっちを頼んだんだけど」と全く違うものを指差す。
私は「お客様はこっち注文してましたよ?」と反論する。
「いや、してない。あんた間違えたでしょ」客は引かない。
(そんなわけあるか。お前しっかり「チキン」言ってだだろうが。それを「ポーク」と聞き間違えるわけねえだろ。一文字も合ってねえわ。おまけに私が「あなたの注文はこのチキンですね?」って聞いた時「YES」って満面の笑みで答えてただろうが)
私は心の中で叫ぶ。勿論これらを口には出さず、オブラートに包みながらフレンドリーな笑顔を携え、彼らの記憶違いを指摘する。
「いや、怒ってるわけじゃないから」客のの口調は突然優しくなる。
「いや、お客様、チキン注文されてましたよね?」私は自身の正当性を主張する。
「間違いは問題じゃないよ。大丈夫」どうどう、と客はまるで子供をあやすように言う。
この客は、注文を「間違えて取った」私が間違いを指摘されて逆切れしていると勘違いしているようだ。大丈夫、間違いは誰にでもあるから、と彼は優しい笑顔を見せ、私をなだめようとする。
何だこの空気。「人の間違いに対して寛大ですよ」みたいな善人オーラを出しやがって。
私の苛立ちは収まらない。しかし客が「善人モード」になれば私にできることは何もない。大人しくこちらの「間違い」を認めるしかないのだ。客が引かなければ店員が引くしかない。
根負けした私はもやもやしながら「間違えた」料理をキッチンまで持って帰り、キッチンスタッフに「ポークお願いします」と頼む。
は? なんでだよ、とキレ気味なスタッフに事情を話して説得する。彼らは多少強面だが、内面はとても優しい。事情を聞くと、しょうがねえなぁ、と忙しいのにも関わらず客の要望通り料理を作り直してくれる。
作り直しのポーク料理ができた。それを運び、一応、念のため「お待たせしました」と私は建前的に言う。客は「大丈夫だよ」と笑顔を見せつつ「やっと料理が来たよ」と、やれやれといった顔を見せる。
お前のせいだけどな。
勿論そんなことは言わず私は「Enjoy your meal」と涼やかに伝える。そして再度キッチンに戻る。
例の客が会計を済ませる。最後までその客は温かい目で私を見つめ、優しく接する。まだ私の機嫌が直っていないと思っているようだ。その笑顔が腹立たしい。その笑顔を変えないまま、客は手を振り去っていく。その後ろ姿を横目に会計後のレシートを確認すると、チップは支払われていなかった。
カナダはチップ文化がある国で、特にサービスに問題がなければ代金の15%のチップを払うのが礼儀だ。しかしかの客は払わなかった。恐らく私が注文を「間違えた」からだろう。
彼らの記憶喪失のせいで貰えるはずもチップも貰えない。このチップがそのまま給料に上乗せされる私達は、図太いこの手の客に思わずFワードをぶちまけたい衝動駆られる。
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