おちゃらごなサービス

 わけの分からないタイトルに驚いた方もいるかもしれない。「おちゃらご」というのは韓国語だ。私の同僚に韓国人の女の子がいる。国際交流ではあるあるだが、よくお互いの母国語を教え合う。話せるようになるわけではなく、単語を覚えて時々使ったりする程度だが。


 彼女から色々と韓国語を教わったが、私の一番のお気に入りが「おちゃらご」だ。ちなみにハングル文字は教わっていないので文字は書けない。ただ発音をそのまま日本語にした。

 この意味は「どうでもいい」。第二話「どこの市出身?」でお話しした「I don’t care.」と同じ意味だ。実際はそれよりも強く、きついニュアンスで、「は?だから何?」くらいの意味らしいので、多用は禁物と釘を刺された。が、その意味に反して発音が可愛らしく、私は好んで使っていた。


 さて、今回のエピソードは韓国語の話ではない。カナダのカスタマーサービスについてだ。日本にいた時は私も接客業をしていたので、お客様は神様、とまではいかなくてもカスタマーサービスには非常に気を遣っていた。迅速な対応、丁寧な言葉遣い、お客様に満足いただけるように尽力し、とそんな感じだった。それは今働いているレストランでも心がけている。


 が、カナダのカスタマーサービスは全く違う。コンビニに行けば挨拶もしない店員が仏頂面で携帯を弄りながらレジをするし、レストランで注文を間違えて持ってきたのに謝りもせず言い訳だけをつらつら並べる店員もいる。客の満足など「おちゃらご」と言わんばかりだ。

 もちろんこれは人と場所による。丁寧な人はどこに行っても丁寧だし、高級なレストランでは接客態度の教育は徹底されている。それでも日本の素晴らしいカスタマーサービスに慣れていた私は、そんなギャップに驚くのである。


 さて、これは私の職場で起こったことだ。うちのレストランはフライドチキンを売りにしている。それ故にクリスマスに大量注文に見舞われたのだが(カナダではクリスマスにチキン食べないって言ったのに!)、週に一、二度業者が大量のチキンを店に配送する。大きな袋に包まれた大量のチキンが段ボール箱に入れられ、それが一度に四、五箱届くのである。


 問題は段ボール箱の強度だ。紙レベルで軟弱なのである。上段に積み上げられた箱は無事だが、一番下に敷かれた段ボール箱は大体潰れている。そしてマネージャーは中の鶏肉が無事か、どこかに触れて汚染されていないか、毎度肝を冷やす。


 そしてある日、事件は起こった。軟弱な段ボール箱は重さに耐え切れず潰れ、配送員が段ボール箱を落とし、その瞬間に中の袋が開いたことで、道のど真ん中にチキンがぶちまけられたのである。このチキンはもう汚染されているため店では引き取れない。これは配送会社の責任となる。マネージャーはその旨を説明し、後日新しいチキンの配送を依頼した。配送員は了承する。


 そしてしばらく経った後、外の異変に気付きマネージャーは確認しに行く。軽い悲鳴を上げた先に見えたのは、道にぶちまけられたチキンである。あの配送員は店が引き取らなかったチキンを持ち帰えらずに、そのまま店の前に放置していった。あれだけのチキンを忘れるわけがない。恐らく面倒くさくてそのままにしていったのだ。彼にとってその後に起こることなど店の問題なのだから「おちゃらご」なのだ。とんでもないサービスである。


 蠅が飛び交い、異臭を放つチキンをマネージャーは泣く泣く自ら処分する羽目になった。私は仏の化身とも思える温厚なマネージャーが般若になる瞬間を見た。


 また別のサービスについてお話ししたい。電話でのカスタマーサービスだ。ちょっと聞きたいことがあるだけだからすぐ済むでしょ、と軽く考えてはいけない。あなたの用事が簡単に済むものだろうが何だろうが関係なく、最低でも一時間は電話の前で待たなければいけないと考えてもらっていい。


 どういうことかというと、カナダでは、病院でも、学校でも、その他公共の施設でも、カスタマーサービスでも、電話をかけるとまず自動アナウンスが流れ、要件によって指定された番号を押し、担当に繋ぐ流れとなる。


 が、その担当が電話に出るまでまず三十分から一時間はかかる。場所によってまちまちだが、ただ電話に出てもらうだけでそれくらいはかかる。そして漸く担当が電話に出て、あなたは状況を説明する。そして担当は「確認しますので少しお待ちください」と保留にする。そしてこれが二十分から三十分ほどかかる。そして担当が再度電話に出て確認した内容をあなたに伝える。

 ここで解決すればいいが、もしあなたに別の要件や要望があったとすればさらに時間がかかる。確認、待つ、説明、質問、確認、待つ、をひたすら繰り返すのである。


 ちなみにカナダのサービスにスピード感はない。亀足走行だ。どれだけ行列ができて混雑していても常連客とくだらない雑談を長々と続けるスーパーの店員はよく見かける。列に並ぶ客の苛立ちなど彼らにとっては「おちゃらご」なのだ。

 つまりはカスタマーサービスも特に急がない。他にも慢性的な職員不足などの理由もあるが、それゆえにこれだけの時間がかかる。


 以前、ウー〇ーなどの配達員がうちのレストランから注文を受け取り、そのまま消えたことがあった。その場合もカスタマーサービスに電話しなければいけない。他にもやらなければいけない仕事があるにも関わらず、私は一時間ほどかけて電話をするのである。電話の前で待ち続け、漸く担当が出て事情を説明した後、そのスタッフは「わかりました。確認します」と言って保留にする。

 二十分程待ち、デバイスを確認すると配達員が持ち去ったものと同じ注文がされ、レシートが発行された。同じ客が同じ注文をしたからもう一度作れ、という意味だと思われるが念のため確認しようとスタッフが電話に出るのを待った。

 すると突然、ガチャンと音がし、電話が切れた。保留のまま切れた。一言もなしに。注文受け取ったんだからわかるだろ、作れ、これで用は済んだな、バイバイ、とでも言いたげなツーツーという機械音だけが流れる。このスタッフが所属する会社の配達員が起こした不祥事ですら彼らにとっては「おちゃらご」なのだ。そして店のスタッフへの配慮など露程もない。

 受話器を乱暴に戻し、今度は私が般若になった。

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