コンロと火災報知器のハーモニー

 海外の不便さを前回語ったが、まだまだネタは尽きない。そしてそれに振り回される毎日である。

 夫と私はモントリオールのダウンタウンにあるアパートに住んでいる。大きくはないが二人で住むには問題ないくらいの広さでこの物件には満足している。ただ内部を細かく見ていくと様々な不便が見えてくる。


 まず水道の蛇口。私達が住むアパートの一室にはキッチンとバスルームに蛇口がある。が、それぞれ蛇口を開ける方向が違うのである。キッチンは時計回りで温水、冷水が開く。バスルームは温水は時計周り、冷水は反時計回り。シャワーはどちらも反時計回り。

 なぜなのか。どう考えても不便である。これを設計した人は一体何を考えてこのような構造にしたのか。会うことができたらせび聞いてみたい。


 ちなみにこれはうちのアパートだけではなく他でもよくある。以前私が住んでいたホームステイ先はコンドミニアム(略してコンドー)と呼ばれる分譲集合住宅だった。分譲マンションのようなものを思い浮かべる方が多いかもしれないが、私が住んでいたところは地下、1階、2階それぞれが家族単位で住める部屋となっており、キッチン、リビング、バスルーム、2~3個の個室、小さな物置などがある。それぞれ核家族が住める程度の広さだ。


 私が住んでいたホームステイ先は留学生を多く受け入れている家で、地下から2階まですべてホストファミリーの持ち家で留学生には個室があてがわれていた。

 その家でも場所によって蛇口をひねる向きは違うのである。よく間違えて無駄に水を流してしまった。水道代が高いから節水してね!とホストマザーから圧力をかけられていた私は、この自由な蛇口システムを統一すれば少しは節水できるのでは?と密かに思っていた。


 そしてもう一つ私を悩ませるのがコンロである。私の夫は料理が死ぬほど嫌いなので、普段コンロを使うのは私だけだ。ちなみに日本で普及しているIHなどというハイテクノロジーではなく、かといって青い火を噴くガスコンロでもなく、電熱線コンロである。蚊取り線香のような形をしたあれである。


 私の部屋にある電熱線コンロは非常に気難しい。まずコンロは4つある。が、そのうち3つは動かない。何度スイッチを入れ最大火力に調節しても永遠に温まらない。壊れている。そして残りの1つのみが動くのである。ただこれを使う際には細心の注意が必要だ。


 まず、初めから最大火力にしないとコンロは一生温まらない。レシピによっては初めは弱火で、と書かれているので弱火からスタートしたいのだが、このコンロは冷たいままなのである。一度最大火力にして全体を温めた後にゆっくりと弱火にしコンロを軽く冷まさないと弱火にできないのである。


 さらにこのコンロは、一度最大火力にするとスイッチを切るまで火力は弱まらない。弱火に設定しても最大火力のまま熱を放ち続けるのである。つまりは、弱火、中火で料理をする為に、一度最大火力にしてスタートを切り、その後一度スイッチを切って熱を軽く冷ました後に改めてスイッチを入れ弱火や中火に設定しなければいけない。


 またこれにはタイミングが重要なのである。再度スイッチを入れる際、冷めきらないままだと最大火力のままになり、冷まし過ぎると永遠に温まらず振り出しに戻る。なんと気難しいのか。


 なら最大火力のまま調理すれば?という声も聞こえてきそうだが、それは不可能だ。なぜならこのコンロの最大火力はIHなどの安全性が保障されたハイテクノロジーとは異なり、本当に最大火力なのである。遠慮なく最大なのである。フライパン上にあるあらゆるものを消し炭にする。そしてそこから生み出される煙は換気扇で処理しきれない程の量になる。


 そして、ここでもう一つの不便をお話ししたい。火災報知器だ。これまでの展開から、どうせろくに反応しないのでは?と思われた方もいるかもしれないが、これは予想に反して非常に敏感に反応するのである。ちょっとした煙や熱にもことごとく反応する繊細さんなのである。


 以前新築のアパートに2か月程住んだことがあったが、そこの火災報知器はチキンを調理したオーブンを開けただけで鳴った。煙など出ていない。ただ開けたオーブンからある程度の熱が外に出た。当然だ。調理しているのだから。でもそれを「熱だ!!!火事だー!!!!逃げて!!!!!」と言わんばかりに火災報知器は鳴り散らすのである。


 しかもこの火災報知器の音は耳を劈くのである。耳を劈くような、ではなく本気で耳を劈く。耳を塞ぐものがなければまともに立つことさえままならなくなる。危険を知らせ身を守るための火災報知器に殺される可能性すらある。火災報知器とは。


 そして、うちのアパートではこれが月に1、2回鳴る。しかも夜中にだ。朝3時に火災報知機にたたき起こされたこともあった。一体どこの馬鹿がこんな時間に最大火力で料理するのか。しかも、初めに鳴る火災報知器はその部屋のみに留まる。そこで換気扇を回す、窓を開ける、扇風機をつける、などの対策を取って煙を外に出せば火災報知器は自然に鳴り止む。


 だが、同じアパートに住んでいたとある住人はこれらの対策をすべて無視し部屋のドアを開け、煙をアパート内に逃がすのである。外ではなく、アパート内にだ。それを廊下にある火災報知器が感知し、アパート全体に火災報知器が鳴り響く。これが住人全員の眠りを妨げるのである。そしてこの馬鹿は学習しない為か、これを定期的に引き起こす。迷惑極まりない。


 アパート全体の火災報知器が鳴ると消防隊に自動的に通報される。そしてアパート全体の火災報知器を止めることができるのは消防隊のみである。つまりは、消防隊がアパートに到着し異常がないことを確認したうえで火災報知器を止めるというプロセスを終えるまで、火災報知器は鳴り止まない。耳を劈く火災報知器と最低でも三十分は時間を共にしなければいけない。もはや災害である。火災報知器とは。


 初め、その音に慣れていなかった私は「火事!?」と驚いていたが、すでに慣れて辟易していた夫は「火事じゃないから大丈夫だよ」「どっかの馬鹿がまた鳴らしやがった」とキレ気味に言っていた。夫曰く「いつもこう。火災報知器が鳴っても火事だったことは一度もない」とのこと。それ故に火災報知器が鳴っても特に慌てないし避難もしない。火災報知器とは。


 そして夫と2人、アパートのエントランスに向かう。勿論避難の為ではない。火災報知器を鳴らした住人を非難する為だ。そして1階につくとそこは人で溢れていた。そして全員が目をぎらつかせ、周囲を見渡す。「お前か、こんな夜中に火災報知器を鳴らした馬鹿は」と血走った目をしている。皆避難の為に来たわけではなく、事を起こした張本人を炙り出し一言言ってやろうと来ているのである。今やこの火災報知器は危険を知らせるものではなく、全員の安眠を妨害した住人を炙り出す機械と化した。火災報知器とは。


 2023年6月にその問題の住人は引っ越したらしい。結局誰かはわからなかったが、現在は火災報知器に起こされることなく静かな夜を過ごせている。この安寧がずっと続くことを心から祈り、自分が問題の住人にならないよう、私は今日も気難しいコンロと格闘する。

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