日本人は海外でモテる?

 カナダに来てから数回ナンパされた。突然話しかけられ、「君がとても綺麗だから話しかけちゃった。よかったらお茶でもしない?」と知りもしない男性から声をかけられるのだ。

 初めに言っておくが、これは自慢したくて言っているのではない。寧ろ海外でナンパされて喜ぶ日本人女性がいたらそこに「待て」と警鐘を鳴らしたくて書いている。そしてこれは「ナンパされたよ!」と大喜びで旦那に自慢する馬鹿な過去の私への戒めでもある。


 まず自慢した私に放った夫の一言は、


「そっか。よかったね」


のみである。スマホを見ながらだ。嫉妬したりすねたりして言っているのではない。本当に興味がなさそうに言うのだ。あまりにも冷たいのでは?と私は悲しくなる。そして「もっと関心持ってもいいじゃん」とメンヘラぶりにかまってオーラを出しながら旦那を問い詰める。

 そして旦那は答える。


「そういうナンパする人達って大体手あたり次第に声かけてるから」


え、そうなの?私だけじゃないの?私の目は点になる。


「んで、そういう人達は冬が終わって暖かくなり始めた頃にわんさか出てくる」


確かにこの時、モントリオールは長い冬が終わり、暖かくなってみんな外に出るようになった。


「不審者とか軽犯罪とかが春に多くなるのと同じ。そういう輩もみんなこれから増えるよ」


それはどこかで聞いたことがある。


「まあ男のナンパって大体そういうもんだから」


 常識でしょ、とでも言いたげだ。流石、男性視点の見解は説得力がある。そしてその常識を知らずにぬか喜びしていた私は無知だった。しかも私はそのナンパ男達に左薬指の結婚指輪を見せ、「ごめんなさい、私結婚してるから」などど言った。ナンパされちゃった、でも私はもう貰われた身なのよ、ごめんなさいね、おほほほ、と自尊心をMaxでチャージし相手を振っていた。そして充電満タンの自尊心を胸にルンルン気分で道を歩いていた。彼らは同じことを何人もの女性にしており、私はそのうちの一人でしかないというのに。

 

 後日旦那とジャズフェスティバルに出かけた私は遂にナンパの現実を知るのである。ジャズフェスティバルはモントリオールでも有名なイベントの一つで、この時期ダウンタウンは人で満たされる。人混みが心底嫌いな夫を「30分だけ」と説得して連れ回し人で賑わう会場を歩いた。

 

 そこである二人組の男性を見つけた。彼らはジャズを楽しんでいる様子もなく、行き交う人を眺めながら端の方に寄り立っているだけだ。何かを販売している様子もなく、スタッフとして交通整理をする様子もない。何をしているのだろう、と様子を伺っていると、彼らは目の前を通った三人組のセクシーな白人女性達に声をかけたのである。


「Hi, how are you?girls」


 陽気に話しかける彼らに女性たちは軽く動揺するも挨拶を返す。そして男性達はあれこれと他愛もない話を始めた。女性側は基本聞き役になっている。そして少し経つと、女性陣の一人が「向こうに行きたいから」と言い、彼女たちは去っていった。


 それを見た男性のうちの一人は両手の平を空に向け、軽く両肩を上げて、下げた。「あーあ、彼女達行っちゃったよ」とでも言いたげな表情をもう一人に向けた。そしてまた目の前を通った綺麗な二人組の黒人女性に声をかけた。そこで話されていた文言はすべて初めに声をかけた白人女性達に向けた文言と全く同じ。男性達はまるでナンパのテンプレートをそのまま自動的に再生するように、同じことを繰り返していた。


 白人女性達は少しだけナンパ男達に付き合いちょっと言葉を交わしたが、黒人女性達の対応は潔いものだった。


「は?無理」


 その一言を残し、男性達の呼びかけにも応じず彼女たちは去っていった。なんとクールなのだろう。彼女たちはこういうナンパする輩の特性をしっかりとわかっているのだ。不特定多数に声をかけ、ただナンパ用語のテンプレートをなぞり、釣れた魚を食ってやろうとする彼らの目論見を見破っている。そして「私に本気じゃない男に費やす時間は一秒もない」とでも言うように彼女達は無視を決め込み、去っていく。

 「ナンパされたよ!」と喜んでいた私はここで空っぽの頭を殴られた。そしてその軽い頭に「ナンパに対する正しい対応方法」という貴重な情報が追加されるのである。


 もし海外でナンパされた経験があり、「自分は海外でも通用する女なんだ」と自己肯定感を上げている日本人女性がいたらどうかそこで踏みとどまってほしい。気持ちはわかる。私もそう思ってルンルンと宙に浮く勢いで街中を闊歩していたからだ。平打ちをして二度と浮かぬように地に埋めてやりたい気持ちになる。


 何故かは知らないが、一部の界隈では「日本人女性は海外で人気がある」という噂が出回っている。だが、私はこれに対しはっきりと「No!」と言いたい。人種が入り混じる海外では日本人は多人種の一つでしかない。日本人が人気、という話を私はカナダで聞いたことがない。一部の例外を除いて。

 どうかこの私の恥ずかしい経験と、薄っぺらいナンパ男達を一刀両断する芯の強い女性達の姿を見て、考えを改めてほしい。


 そんな厳しいことを言わなくてもいいだろう、喜んだっていいじゃないか、と声が聞こえてくる気もするが、私がここで警鐘を鳴らしたい本当の理由はナンパではない。その先にあるものだ。

 次のエピソードではなぜ「日本人女性は海外で人気がある」という噂が出回ったのか、その裏にあるものについてお話ししたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る