クリスマスにはターキーを

「なんで日本人はクリスマスにケンタッキーを食べるの?」


と聞かれることがよくある。これは海外でも有名な日本の変わった文化らしい。ちなみにこれは質問というより、「なんで?意味わからんwww」という軽く笑いものにするような問いかけであることも付け加えておく。


「クリスマスはターキーでしょ。なんでチキンなの?」

と含み笑いをしながら聞くルームメイトに、私は正直驚いていた。この文化がそこまで変だと思っていなかったからだ。なんならターキーなんてどこに売っているんだ、見たことがない、と日本のスーパーの精肉部門を頭に浮かべる。すると丸々一匹、胸も足も羽の部分もすべてを含んだピンク色の鶏肉がスーパーの片隅に並んでいたのを思い出した。そしてそれと同時にクリスマスの食卓に並ぶ茶色に焼けた鶏肉の姿を思い出し、それらが一致した。

 なんだ、あるじゃないか、ターキー。日本にも。

 私はそう思ったのである。そして、「場所によってはターキー売っているところもあるよ」と笑いを堪えているルームメイトに日本の食卓に並ぶターキーの画像を見せた。そして彼らは吹きだした。


「これターキーと違うよ」

 なんと。ターキーではない。なら何なのか。

「これただのチキンじゃん」

「ターキーってチキンをただ丸焼きにしたものじゃないの?」と私は聞く。

 違うよ、と彼らは画像を見る。なんて小さいチキンなの、と画面を指差して笑う。さらには、これがクリスマスのディナーなんて、と憐れまれる。


「ターキーってそもそも違う種類の鳥だよ。でかいやつ」

と、ルームメイトの一人がターキーの画像を私に見せる。なるほど、本当に違う。めっちゃでかいし、なんか貫禄がある。なんだろう、体全体で「私がターキーですよ」と主張しているようだ。チキンと同じにされるなど屈辱だろう。


 なんということだ。ターキーがレアである日本に生まれ育った私は小さなチキンの丸焼きを「ターキーだ!わーい」と喜んで食べていたのである。両親は知っていたのか、私を騙していたのか、ターキーは高級だから存在を知られてねだられても困る、子供はそんなもの知らなくていいと私を無知に育てたのか。


 そんな両親は知らないだろうが、私の無教養ぶりはここモントリオールで日の目を見ることになる。私にもし子供ができたら、クリスマスにチキンとターキーの違いをしっかり教えてやりたいと心から思う。それが将来子供を救うかもしれない。


 結局同じホームステイ先に住んでいた別の日本人が「日本ではターキーはあまり売られてなくて手に入りにくいから、手頃なチキンを代用しているんだよ。それに便乗してケンタッキーがたくさん宣伝するからみんな買うんだよ」と完璧な回答をしてくれた。彼の助け舟のお陰でルームメイト達の含み笑いが止まる。彼には感謝だ。


「じゃあ、みんなクリスマスにチキンは食べないの?」と私が逆に質問すると、

「食べないね、聞いたことない」

「これ日本だけだよね」

「普通はターキーだからね」

とみんな口々に言う。なるほど、ここではケンタッキーはクリスマスに繁盛しないらしい。カーネルさん可哀相に。


 そして2021年12月25日。コロナ禍でモントリオールがロックダウンする最中、私はカナダで初のクリスマスを迎えた。ホストマザーが料理を振舞う。しかし、そこにターキーはなかった。ないんだ、と少々がっかりするも、ターキーはないの?と聞ける程私の肝は太くなかった。


 2022年12月25日。モントリオールのコロナ禍は終了した。街が完全に活気を取り戻した中、私はカナダで二度目のクリスマスを迎えた。多くの人が家族と食卓を囲み、ターキーを貪り、プレゼントを交換し合って楽しむこの日に、社畜の如くレストランで働いていた。そして大量のUberの注文に追われていた。過去に例を観ない程の大量注文、鳴りやまない新規注文のベル、壁にぶら下がる大量のレシート、目の前に広がる大量の出来立ての料理。


 そのすべてがフライドチキン。

 フライドチキンの大量オーダー。バーゲンセールでもできるんじゃないかと思うくらいキッチンにチキンが並ぶ。クリスマスの日にだ。どのレシートを見てもフライドチキン。あれもこれも全部フライドチキン。そして今チロリン♪と新しい注文が来たことを知らせる音が鳴り、レシートが自動的に機械から吐き出される。そこに表示されているのもフライドチキン。

チキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキンチキン。


 レシートには注文した客の名前も表示されるが、その中に日本人の名前はない。多くが英語圏、スペイン系、フランス系などヨーロッパ系の名前。私はすでにパッキングを終えたレシートを握り潰し、そこに怒りを込める。


 クリスマスにチキン食べないとか嘘じゃん。


 そもそも私はケンタッキーはそこまで好きではなく、クリスマスにケンタッキーを食べたことはない。それでも日本文化を背負ってここに来て、日本人として「クリスマスにケンタッキーはおかしい」という独特な文化へのお叱りを受けたのだ。


 その結果がなんだ、ターキーないやん。チキンじゃん。みんななんだかんだ言いながらお手頃なチキンが好きなんじゃん。カナダよ、クリスマスだよ、ターキーはどうした。


 あの時無教養と恥を晒してまで学んだ海外のクリスマスの過ごし方は、ここにきて「人による」というすべての問題を解決するありきたりな回答に収まった。そして「クリスマスだからどうせ暇でしょ。みんなチキン食べないし」と高を括って出勤した私は注文の嵐に見舞われたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る