日本について教えて 2

 「日本人です」と言うと「私日本のことちょっと知ってるよ!」と自慢気に日本について語る人達に会うことがある。その多くは「寿司」「アニメ」「着物」「東京」そんなところだ。私はそれを聞いて「知ってくれてるの?ありがとう!」と笑顔を振りまくが、内心「みんな同じこと言うな、日本のイメージってこんなところか」くらいに思っていた。

 一度だけ「世界で有名な日本語知っている!」と言われて「過労死?」と思ったが、「わびさび!」と言われ、あとでこっそり意味をググったこともある。


 前置きはこのくらいにして、前回に引き続き私が聞かれた日本に関する質問についてお話ししたいと思う。



質問1「助詞って何?」


 知らん。と思った。でも言わなかった。これを質問した彼とはそこまで仲がいいわけではなく冷たい対応を取るわけにいかなかったからだ。彼は日本語を勉強しているインドネシア人で、日本人と日本語で話したいと私にコンタクトを取ってきた。

 

 私も友人たちによく彼らの母国語について聞いて教えてもらうことが多かった。英語、フランス語、スペイン語、中国語などなど。その多くは世界中で多く使われていたり、その言語を話す人口が多い為に自然と学びたいという人も増える。その反面、日本語を積極的に学びたいという人はあまり多くない。それ故に私のもとに日本語を学びたいと来る人も少ない為、この時の私は「漸く日本語を誰かに教えられるぞ」と意気込んでいた。

 

 そして撃沈した。「助詞」って何?だと?こっちが聞きたい。助詞ってなんだ。

沈黙する私を余所に彼は畳みかける。



質問2「助詞ってどういう風に使うの?」


 知らん、と今度は言いそうになった。でも堪えた。そして一つ深呼吸をし「ごめん、知らない」と答えた。

 質問に答えられない私の様子を察して、彼は少しがっかりしたように話題を切り替えた。彼は私より10歳程若い。20歳未満。未成年だ。インドネシアで彼の年齢が未成年かは知らないが、日本では未成年だ。未だ成人していない彼にすでに成人して10年近く経った私が気を遣われてしまった。

 そして話題を切り替えた彼は、また別の日本語についての質問をした。



質問3「礼拝と崇拝の違いは何?」


 これは答えられた。

「礼拝は祈ること、特にお寺とか神社とかそう言った場所に言ってお祈りすることを言うよ。崇拝は特定の誰かを神格化して敬うことを言うよ。祈る、というよりはその人の言動を過剰に信じ込むことかな」


 「かな」と語尾につけて「あくまで私の憶測だけど」という予防線を張ることは忘れなかった。私のティッシュのようなプライドはこういった主張する場を逃さない。


「そうなんだ。わかった。ありがとう」

 彼は疑問が解消して嬉しそうだ。私の見苦しい予防線には気づかず無邪気にお礼を述べる。そして彼からの質問はこういった言葉の意味を聞くものに限定されるようになった。うまく答えられた!と私は無邪気に喜んでいたが、彼は割と日本語のボキャブラリーが豊富で、それよりも日本語の文法の方をより詳しく学びたかったのだと察したのは、彼との会話を終えて数分後のことだ。


 彼は文法の説明ができない私に気を遣い、質問の種類を変えてくれたのだ。未成年なのに彼はすでに成人並みに気遣いができる素晴らしい青年だった。そしてちっさなプライドを守れたことを喜んでいた私は、成人してから10年も経って何をしているのか、と頭を抱えたのである。



質問4「豚肉ってどんな味?」


 知らん、という言葉すら出てこなかった。え、と思わず声が漏れた。こんな質問が来るとは露程も思っていなかったからだ。

 結果から申し上げると私はこの質問にもうまく答えられず、再度彼を悲しませることとなった。


 インドネシア人の多くはイスラム教を信仰している。イスラム教は豚を食べることを禁ずる宗教で、彼は生まれてから一度も豚を食べたことがない。宗教上の理由から豚を食べることは一生ないが、個人的な興味として聞いてみたかったという。これは日本に関する質問というよりは、豚を食する文化を持つ国の一つとして彼は聞いたのだと思う。質問された私はいわば豚を食する多くの国の代表だ。そしてその代表はどもり、口籠り、言葉を詰まらた。英語圏でよく質問をはぐらかす為に使う「Good question」すら言えなかった。私の口から出た言葉は、言葉とするには情けない程の声だけだった。


 正直この時なんと答えたのかははっきりと覚えていない。確か「牛よりさっぱりしてて、チキンよりは濃いめ」とかそんな風に答えていたと思う。彼は「はあー」というわかっているのかわかっていないのかわからない、なんなら何もわかっていないであろう返事をした。当然だ。彼を責められない。どう考えても私の説明が悪い。さっぱりか濃いかで味の想像がつくわけがない。


 この質問で恐らく彼は私を「質問するに値しない人物」と見限ったのだろう。その事実を突きつけるようにこの後彼から連絡は来なくなるのだ。彼は今どうしているだろうか。


 この件については寧ろあまり覚えていなくてラッキーだ。もし正確に記憶していたら、それがトラウマになり恥ずかしい回答をしたことを思い出して悶絶していただろう。それほど私の回答は酷いものだったと思う。どうか彼もこの時のことを忘れていますようにと、流れ星に願いたくなる。


 私はどう答えたらよかったのか。言い訳になるが、この世に「豚肉の味」なるものを正確に説明ができる人がいたら教えてほしい。これについてはぜひ解答が知りたい。

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