どこの市出身?
日本人が良くする英語の間違いをTwitterなどで見ることがある。(今はXと呼ぶべきか)私が今覚えているのは、日本人が海外の支社に送ったメールに「If you have any questions, I don’t care.」というものだ。恐らく「何かご質問がありましたが、私は構いませんので遠慮せず聞いてください」という旨を伝えたかったのだろう。何とも日本人的な言い方だ。
そして英語を勉強している方ならわかると思うが、これは間違いである。私は気にしない、構わないという意味を表す英語は2つある。
I don’t mind.
I don’ care.
厳密に言えばもっと多くあるのだが、ここで話したいことに関する英語はこれに限るのでここで留めておく。
さて、上記2つの表現は全く違う意味になる。真逆の意味として捉えられる。
I don’t mindは「私は構いませんよ、遠慮しなくてもいいですよ」という意味になる。一方でI don’t careは「どうでもいいわ、私には関係ない」という意味だ。これを踏まえてとある日本人が海外に送ったというメールを訳してみると、「何かご質問がありましたら、私には関係ねえよ。自分で解決しろ」と言った意味になる。前半の文章と後半の文章で人が変わったような印象を与える。二重人格なのではと、きっと疑われるだろう。
ではここで「If you have any questions, I don’t mind.」と言えばいいかと言われるとそれも違う。間違ってはいないが単純に自然な表現ではない。I don’t mindのところは「Feel free to ask me.」や「Do not hesitate to ask me.」などが「遠慮せずにご質問ください」という自然な表現に当たる。
さて英語のレッスンはここまでにして、本題に入る。私がこの投稿を見た時、投稿者はこの間違いをした人をシリアスに指摘していた。「未だにこんな間違いをして恥ずかしい」とでも言いたげな感じだった。その中には「俺はこいつよりは英語スキルは上だし、こんなこと当たり前のように知ってるけど?」と言ったも自負も含まれているように感じる。勿論この投稿者を馬鹿にして言っているのではない。なんなら彼はまだシリアスに指摘し、反対の意味を持つので気を付けた方がいいと、懇切丁寧に英語学習者に警鐘を鳴らしたのである。一方で私はこの投稿を見て、「ぷっ、こんな間違いする人いるのー?」と笑っていたのである。そして友達にこの話を共有していた。ひどい奴である。こんな奴最低、と言いたくなる気持ちはわかる。この後このアホには特大ブーメランが待っているのでご心配には及ばない。
私が夫と外食から帰る時、そういえば、と思い立ったことがあった。少し前に会った私の友人から夫についていろいろと聞かれたのだ。どこ出身なの、とかどんな仕事しているの、とかよくある質問なので、いろいろ聞かれた、と書くと誤解を招きそうだが。友人は友人なりにスピード婚した私を心配して、相手が問題ない人か確かめたかったのだと思う。そして夫の出身地を聞かれ、「アルゼンチン」と答えると、「アルゼンチンのどこ?」という質問がすぐさま返って来た。
どこだろう?
なんとこのアホは籍を入れたのにも関わらず、夫がアルゼンチンのどこの市出身かを知らなかったのである。こんなことがあるだろうか?結婚相手の出身都市を知らない花嫁。こんな表面的な、浅い質問すら答えられず口を噤んだ妻。
友人は黙ってしまった私を心配そうに見つめる。でもその表情はどうしたの?という心配ではなく、夫の出身都市も知らないなんてこいつ大丈夫か?と言った心配である。私の夫が問題ない人か心配していた友人は、今度は私の頭に問題があるんじゃないかと心配し始めた。
私は「夫に聞いてみるね☆」と明るく話し誤魔化そうとしたが、友人の顔は引きつっていた。私の頭は自分で思っていた以上にやばいかもしれない。そんな不安が私の中を駆け抜け、それを拭うように、「これから知ればいいじゃん!」と無理やりポジティブに考える。
そして夫と外食を終えた頃に戻る。このアホエピソードを思い出した私は早速夫に聞いてみた。
「Which shitty are you from?」
私はこう聞いたのだ。正確に言うと、こう聞きたかったわけではない。「Which city are you from?」と聞きたかったのだ。だが、私の残念な侍アクセントはcityとshittyを使い分けることができなかったのである。
これがどういう意味になるか説明させてほしい。「Shit」というのは「排便、糞」を意味するFワードに属する言葉だ。つまり下品で非常に悪い言葉である。英語学習者はむやみに使うなと、耳に胼胝ができるほど言われてきた失礼な言葉だ。
「Shit」は名詞で、「Shitty」は形容詞であり「糞みたいな」と言った意味になる。もうこの時点でお分かりかと思うが、まず「Shitty」が形容詞である時点で、私が放ったこの質問は文として成り立っていない。文法ミスである。そしてその間違いを踏まえた上で、文法上成り立っていないこの文章「Which shitty are you from?」を無理やり訳すと、
「あなたはどこの糞みたいなところから来たのですか?」
となる。失礼にもほどがある。はなから糞出身者だと決めつけた挙句、そのうちのどの糞から生まれたのかを聞いているのである。アルゼンチンの皆様、この場を借りてお詫びします。サッカーの神様メッシを生んだ素晴らしい国を、糞呼ばわりした日本人をお許しください。
そもそもなぜこんな発音ミスをしたかというと、ゴリゴリの侍アクセントで英語を話す私は自分の発音にコンプレックスを持っていたからだ。ネイティブスピーカーのようにスムーズに美しい発音で話したい、とずっと夢に見ていたのである。その結果どうなったか。Rのない所にRのような発音を入れてしまったり、THのないところで舌を噛んで発音したりするようになったのである。
理由は、ただかっこいいから。そういう日本語にない発音をいっぱい使うことで「自分は英語を話せてる!」と自己陶酔に浸っていたのである。何とも恥ずかしい初心者が陥りがちな穴だが、私は中級レベルの英語を持ちながらこの穴に落ちたのである。真っ逆さまに。
そして例の出身都市を聞く質問では、日本語のシに近い発音で通じる「city」をあえて「シュ」と発音し「Shitty」と言ったのである。私のくだらない見栄が、アルゼンチンを糞の国に変えてしまった。
冒頭でお話しした「I don’t care.」など可愛いものだ。簡単に誤解が解ける。でも「Shitty」は話が別だ。相手の神経を逆なでするFワードを使用して相手の国を糞呼ばわりするなどあってはならない。おまけに他の日本人の「I don’t care.」を馬鹿にしておいて「Which shitty are you from?」などど聞くなど厚顔無恥極まりない。もし英語を勉強されていてこの投稿を見た方はぜひこれを反面教師とし、自分や他人の間違いや不完全に対して寛容であってほしいと思う。
ちなみに、夫の出身都市はブエノスアイレス。アルゼンチンの首都だ。英語教師である夫は多くの生徒の間違いを見聞きしているため、私の失礼なミスも笑い飛ばしてくれた。なんと心が広いのか。
そして質問の答えを携えた私は、再度夫のことを聞いてきた友人と会い「私の夫はブエノスアイレス出身だよ」と自信満々に伝えたのである。友人は優しく「そうなんだ」と言っていたが、その顔に浮かんでいた「今更知ったんだね」と訴えるような表情は無視しておいた。
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