1-6 糾弾の理由



 突然の事に驚きはしたもののジークリンデは至って冷静だった。


 だが事はそんなにのんびりと構えていられるような状況では無い。こんなの、実質クビ宣告だ。


(何か事業でも始めたいけれど、国内でとなると厳しいわね。今の私は王太子より直々に頭のおかしな女とされてしまったんだもの……)


 支配階級とされる貴族であったとしてもその中には明確な序列と力関係が存在している。当然のことながら王族相手にゴマをする人間はいても、今のジークリンデに手を差し伸べて、エドワードの反感を買おうとする人間などいないだろう。


「言い訳があるなら聞かせてもらおう」


 低い声でエドワードは告げる。

 その様子にジークリンデは細やかな違和感を覚えた。果てさて、彼はこんなに思慮の浅い男だっただろうか。


 こんな大勢の人の目がある前でジークリンデの醜態を告発するなんて些かパフォーマンスが過ぎる。

 彼の中には何か、ジークリンデを悪者に仕立て、この破談の責任は全て彼女にあるのだと証明したい理由でもあるのだろうか。


 すっとジークリンデはフロアにいる貴族達に視線を向ける。物見遊山にと口元を扇子で隠し、こちらを見てくる貴婦人達。その群れに視線を滑らせていき……。

 その中で一人、とある少女に目を付けた。


(ルリア・コースター……成る程、そう言う事ならば納得がいくわ)


 彼女の名前はルリア。

 準男爵家コースターの次女であった筈。度々夜会で姿を見て挨拶はされるものの、ジークリンデとは直接的な繋がりは薄い少女だった。


 彼女の家は、大きな商家。所謂労働階級から成り上がりで爵位を貰った貴族である。


 社交界への関心が薄いジークリンデだが、立場上それぞれの家の力関係や資産状況くらいは把握しているつもりだ。

 コースター家が近年資金の運用に懸念がある事も良く知っている。昨年の大雨のせいでコースターの主力の商品である、異国の香辛料の価格高騰が最たる要因だった。今のコースター家はとても厳しい状況にある。


 そんな金に困っている準男爵家の令嬢に、あれ程意匠の凝った銀細工を買う経済的余裕があるのだろうか。


 ワイバーンを助けたその翌日、エドワードは公務としてコースター商会を訪れると話していた。

 その際に何を吹き込まれたのかは知らないが、恐らくはよからぬ事があったのだろう。


(それにしても、私が魔物を助けた事に余程動揺したのか……エドワードの前で品行方正な淑女を演じ続けたのも良くなかったのかもしれないわね。でもだからと言ってフィアンセに贈り筈だった髪飾りを別の女性に贈り付けるなんて……恋で人は愚かになるとは言ったものね)


 ルリアの髪を飾っているのはエメラルドのあしらわれた銀細工。あの髪飾りを最初から彼女に渡すつもりだったのならば、瞳と同じ色のルビィで飾る方が良いだろうに。


 想像でしかないものの魔物を助けたジークリンデの姿に狼狽していたところを、資金目当てのルリアにコロッと落とされ、ジークリンデに渡す筈だった髪飾りをそのままプレゼントしてしまったのだろう。


 自身の浮気がバレては王太子として示しが付かない。そのため彼はジークリンデを悪役に仕立てたくて仕方が無いのだ。婚約破棄の正当な理由を貴族達に示さなくてはならない。


「……再度尋ねる。何か言う事は無いのか?」


 どの口が、とジークリンデは数分前まで婚約していた男に冷ややかな視線を向ける。


「言い訳など不要。私がした行いは紛れもない事実でございましょう」

「では、君はあれが魔物と分かって怪我を治した。それに違いはないんだな」

「ええ、誓って」


 ジークリンデの言葉にフロアのざわめきがより一層大きくなる。

 ここで自分のした事を否定し彼らの関係性を糾弾する事も出来るが、それをする意味がジークリンデには無い。


 ロゼッタの娘が闇に魅入られた。

 いつからだ。あの娘は昔から王太子妃には相応しくないと思っていたんだ。

 やはりそうだったのか。


 そんな言葉を投げ掛けられながらもジークリンデはけして姿勢を崩さない。顎を引き、真っ直ぐにエドワードを見据えていた。


 だがいくら威勢が良くても圧倒的に不利な立場に立たされているのがジークリンデの方だと言う事実は変わらない。


(お父様には申し訳ないけれど、後のことは任せて近隣の田舎にでも引っ込むしかないかもしれないわね。暫くはツテのある教会にでも身を寄せて……)


 そんなことを考えながら瞼を閉じたジークリンデ。


「……っ」


 だが周囲のざわめきが突然、水を打ったように静まり返る。

 それと同時に肩に置かれた何者かの手の感触に、目を大きく見開いた。


(これは……)


 視界の隅に映った人よりも大きくて、棘のような分厚い皮膚に覆われた手の甲。まるであの日助けたワイバーンのよう。


「それならばこの娘、私が貰い受けても宜しいだろうか」


 年頃の女性の平均よりも高身長なジークリンデの、更に上から低い声が降ってくる。

 恐る恐る首を傾けたその先に立っていたのは人ならざる姿をした大柄な男性だった。


「ウェインライト子爵……?」

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