第6話 徳妃の場合

 ☆☆☆

 そして、私、徳妃の場合。

 両親の素性は不明。母は後宮で働いていたようだが、わかることはそれだけだ。

 知っている限りの一番古参の侍女に聞けばわかるかもしれないと思った時があったが、長年居る侍女ですら口をつぐんだ。


「あなたは知らない方がいいわ。嬉しい話ではないから」

 

 私は字もろくに書けないが、画を描くことはできる。

 

 龍であろうと、鳥であろうと。

 迫力のある画ならば、おまかせあれ。

 

 後宮の中で、いろいろな雑用をしてきて思うところはある。

 

 色香で惑わす女はいくらでもいるのだろう。

 実際に貴妃や淑妃の色香と教養には足元にも及ばない。

 それに後宮に使える数多の女たちにも比べても勝てはしないだろう。


 紙は高級品なので、木簡の裏を利用したりして見せていた。


 ある日、主上はおっしゃってくださった。

「木簡の裏では張り合いがないだろう。紙を取り寄せたから使うといい」

「はい。ありがとうございます」


 それからも気が向いたら主上は紙を取り寄せてくれた。


 出産してからは乳母を雇い、これからももてなす用意をしていたけれども。

 夜伽には通われても、後宮内でのお茶会以外の外出はなかった。


 これらの貴妃たちの特徴を主上はよく理解している。

 例えば、賓客に対応する時には貴妃を。

 美容品の類やや反物の商談には淑妃を。


 そして、経産婦となりほかの候補たる妃たちよりも

 元気な子供ができやすい徳妃には夜伽を。

(きっと国母となるのは貴妃なんだろう)


 淑妃が健康体を産める方であったなら私の出番はなかったはずなのだ。

(間違えてはいけない。愛情が必要以上に欲しいなど)


 欲を出してはならない。

「今日も健やかに過ごしておりますのね」

「ええ。お健やかにお過ごしですわ」


 乳母に確認して、一安心。

 学がない女にはそれほどの利用価値はないのだろう。

 なんとなく主上からの愛はあっても、他の宦官たちの目線から、言葉の端々から気が付くことはたくさんある。

 子供を産めば、それでよいと。

 あまりに大それたことをしないでくれと目線が言っている。

 わかっている。

 だからそんなに敵意をむけないでほしいものだ。

 

 接する宦官であろうときっと派閥のようなものがあるのだろう。


 貴妃が出世してくれた方が利益になるものや

 淑妃が出世したほうが利益になるもの。

(私が子をなしても勢力図が変わることはそれほどない)


 ただただ波紋を大きくするような存在であることには変わりない。

 ましてや若さが取り柄の私だ。


 主上や側近たちの思惑はともかくも、自分に課せられたことを粛々と行うだけだ。

「今日のお通いはあるかしら」

 主上の好きな香をくゆらせ、今日も待つ。


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