第34話 皇帝の思惑

 不思議な家だ、外の景色は見えるのに、外の音が何も聞こえてこない。

 雨は上がり月が周囲を照らしあげるも、光が家を反射していないように見える。

 魔術にて存在を消している、そんな感じだろうか。


「三人で寝るの、久しぶりだね」

「……そうだな、寝付いたマーニャが温かくて、本当に眠ってしまいそうだ」

「ふふふっ……これが当たり前、だったのにね」


 どこか寂し気に語る妻とキスをして、ぎゅっと抱き締める。

 俺はもう皇帝殺しの大罪人なんだ、きっと今頃王城では大変な騒ぎになっているに違いない。

 これまでのようにはいかない、家族寮もヴィックスの家も、もう戻る事は出来ないんだ。

 後悔はない、こうしてフェスカの事を守る事が出来たのだから。


「そろそろ行くか」

「……うん」

 

 寝室を出て廊下を歩き、二人で応接間へと向かう。

 ジャミも湯あみしてきたのか、どこかさっぱりした顔で俺達を出迎える。

 隣に座るのは……転移魔術を使っていた青髪の少女か。


「では、話の続きをする前に、彼女のご紹介を」

「既に顔は見ていると思うけど。魔術研究隊副隊長、カステル・フィルメントだよ」


 ソファから立ち上がると、少女は俺の顔をジロジロと眺める。

 童顔で可愛らしい、まだ十代にも見える少女だが、肩書が凄いな。

 王都魔術隊副隊長という事は、新魔術の開発に彼女も携わっているという事か。

 人は見かけによらない、肝に銘じておこう。


「隊長、僕のこと忘れてるでしょ」

「……ん? 俺とは初対面じゃないのか?」


 すっと瞼を落とし半眼になりながらも、それでも俺の顔を見続ける。

 変装をしているのか? いや、だとしても見覚えはないが。


「まぁねー、皇帝陛下は不殺隊を毛嫌いしてたのか、皆遠方へと飛ばされちゃってたからねー。変装に偽名だから、分からなくても当然なんだけどー」


 より距離を詰めながら俺を睨みつける。

 偽名に変装? となると、喋り方だが。


 そういえば過去に一人だけ、似た喋り方をする人がいたな。

 いや、しかし、だとしたら年齢が合わなすぎる。

 あの人は確かもう五十歳を超えてるはずだが。 


「………………フィルレイン?」

「やっと分かってくれた!? ご名答! 不殺隊が医療班、白衣の天使フィルレインだよ!」


 にぱー! って笑顔になって飛びついてくる。

 十代の少女にしか見えんぞ、これも魔術研究の成果って奴なのか? 


「姿形も自由自在だからねー、全然気づかなくて内心うぷぷって笑ってたよ」

「……まったく、だとしたらもっと早くにだな」

「ダメだよ、僕もちゃんと作戦通りに動いてたからね」


 俺の頬にキスをすると、フィルレインはトコトコと歩いてソファへと座り込む。

 瞬間、キスされた頬にフェスカがチュッとキスをして、それから座り込んだ。


「愛されてるねぇー」

「すまんな、今後俺への挨拶は言葉だけにしてくれ」

「了解ー、じゃ、重たい話にいこうか」


 ふぅと座りこむと、なぜかフェスカがぷぃっと距離を取った。 

 ダメだな、もう離れるのに耐えられそうにない。

 ぐっと距離を詰めると、嫌々そうな顔をしながらも隣に。


「ふふっ……微笑ましい事で。さて、どこまで語りましたか」

「皇帝は全て知っていた、という所だったかな」

「……そうですね、ブリングス皇帝は全てを把握しておりました。その上で、フェスカ様をご子女として迎え入れるおつもりだったのです。皇帝である自分のご子女、つまりは王位継承権第一位である、第三王女シャラ様として」


 ……ん?


「第三王女なのに、王位継承権第一位なのか?」

「サバス隊長って、皇族の事とか本当に興味なかったもんね」  

「フィル……」

「はいはい、黙っておきまーす」


 自分とは無縁だと思っていたからな。

 皇族の名を耳にするなぞ、マーニャの勉強相手になった時くらいだろうか。


「では、サバス隊長の為にご説明しましょうか。まずは第一王女、サルディナ王女に関してですが、彼女は十六歳の時に魔術大国ガマンドゥールへと嫁いでおります。政略結婚と噂されておりましたが、今現在も第一王子であるブチャナ様と婚姻生活をなされており、その仲は小鳥が嫉妬してしまう程だとか」


 小鳥が嫉妬か、俺にも現在進行形で嫉妬されてる可愛いのが隣にいるが。


「次に第二王女、ティアハート王女に関してですが。彼女も十八歳の時に商業国家イシュバレルへと嫁いでおります。あそこは連合国家ですから、君主制ではなく民主制の国、中でも権力の強い、ダルモール商会の嫡男とご結婚をなされました」

「やはり、政略結婚という訳か」

「だと思われます。現に二国間での争いごとはご法度と言われておりますから、間違いないかと。相手国からしても、ブリングス皇国の王女が自国にいるというのは、安心できるものなのです。いざという時には人質に出来ますからね」


 すん……と空気が下がった所で、フェスカが俺の腕を掴む。


「そして第三王女ですが。噂では、彼女はアグリア帝国に嫁ぐ予定だったと聞いております」

「……そうだったのか」

「噂にしか過ぎません、もし婚約していたら、戦争自体が無かったかもしれませんね」


 各国に娘がいる状態での同盟ならば、確かに戦争は起こしづらいのだろう。

 親と娘三人が手を取り合って、四国を存続させる……か。

 話が壮大過ぎて、微妙についていけないな。


「……ん? という事は、この国の跡取りは」

「おりません。男子に恵まれずに、グレイズ皇后はお亡くなりになってしまいました」

「そうだったんですか」


 聞けば、第三王女出産の際に命を落としてしまったらしい。

 出産とは命がけ、フェスカが生きてて本当に良かった。


「この国の後継人として、ブリングス皇国が宰相、メルゴ卿、もしくはファーラレイ教皇が皇帝として名乗りを上げるのではないか、と噂されておりました。しかし、陛下はそれらを良しとは考えていなかったのです。皇族を支えるのは血脈である、その考えがとても強いお方でしたから」


 なるほどね、小難しい世襲問題があった訳か。

 テーブル上に置かれていた乾物を一口頬張りながら、ジャミの話に耳を傾ける。

 

「しかし、第三王女は姿を消し、この国に残る皇族の血脈は遠縁ばかりになってしまいました。そんな時に舞い込んできたのが、歌姫騒動、シャラ様にそっくりなフェスカ様です。事の顛末を把握された陛下は、フェスカ様を自身の娘として受け入れる事を、ご提案なされたのです」

「……いや、血脈を大事に見ていたのではないのか?」

「そうですね、矛盾している様に思えますが、真相は陛下のみ知る所なのでしょう」


 未だ見つかっていない愛娘への愛情と、アグリアを再起させかねないフェスカの存在。

 二つの天秤が上手い具合に調律が取れた結果、という話なのだろうか。

 ジャミの言う通り、真相は陛下のみ知る所なんだろうな。


「これは、僕達も直前になって知らされた事なんだけど」


 フィルが空中でクルクルと回す金の装飾品。

 あれは確かフェスカの額に付いていたリングだ。


「この叡智のリングでシャラ王女の記憶を回収、写し込みをした結果、陛下から見たらもう、フェスカさんはシャラ王女にしか見えないんだと嘆いていたんだ。もちろん、それが正しい事ではないと陛下も理解している。だからこそ、あの場でサバス隊長に殺される事を、陛下は望んだんだ……全力で抵抗はしたみたいだけどね」


 カチャリと、ネックレスにしていた魔装が音を立てる。

 皇帝に勝てる存在なんか、魔装を知る者しかいないと思うが。

 ……陛下は、魔装の事も知っていたのかもしれないな。

 

「死に場所を求めてたんだろうね。奥様にも先立たれて、娘である三女も殺されてしまった。サバス隊長、シャラ様がなぜアグリア帝国へと向かったのか、理由は知ってる?」

「いいや、考えたことも無い」


 酔狂な娘がいるな、程度にしか考えていなかったが。


「シャラ王女はね、自分の婚約者たる男を守る為に、自ら戦場へと向かったんだよ」

「……凄い」

「うん、同じ女として尊敬にすら値するよ。僕が果たして同じ事を出来るかどうか」


 フェスカもフィルも、この場にいないシャラ王女を想い瞳に涙を浮かべる。


「いや、しかし、婚約は破棄されたんじゃなかったのか?」

「それは親同士の話、本人同士は結構仲良かったみたいだよ」

「……どうしてそこまでの事を、フィルが?」

「記憶を回収したのは僕だから」


 回収しつつ、シャラ王女の記憶を見ていたという事か。

 だとしたら、フィルが語る事は全てが真実だ。

 死に際に陛下が謝罪していた言葉も、娘であるシャラ王女へと当てたもの。


「陛下とシャラ王女、相当な言い合いをしてたみたいだね。それらが原因で、シャラ王女は城を抜け出してしまったし、陛下は止められなかった事をずっと後悔してたみたい。謝罪したかったんだろうね……陛下も、所詮は人の子だって事だね」


 互いに守りたい人がいたという事か。

 陛下も、シャラ王女も。

 世の中、何とも上手くいかないものだな。

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