第33話 最も信頼のおける男
フェスカが女帝……皇帝にって事か?
隣に座るフェスカも「私?」と目を白黒させていて、一体何のことやらと言った感じだ。
「えっと、ご冗談、ですよね?」
「残念ながら冗談ではございません。では、先の言葉を念頭に添えて、一から説明をして参りましょうか。話は七年前、シャラ様が凶刃に倒れた所から始まります。時に質問しますが、サバス隊長はシャラ様のご遺体を視認された事はおありでしょうか?」
汗を拭きながら座り直し、膝の上で手を組んでジャミの質問に答える。
「遺体どころか、顏すら見た事がないな。戦争終結後は直ぐに故郷へと戻り、フェスカと結婚し、ヴィックスへと移住してしまったからな。皇族だったんだ、王都全域で喪に伏したんじゃないのか?」
「いえ、シャラ様の場合、式すら執り行われておりません」
「そんな馬鹿な」
「王都にいた我々も驚きました。ですが、答えは簡単です」
「遺体が……見つかっていないから」
フェスカの言葉に、ジャミは「ご名答」と指差しする。
「シャラ様のご遺体は見つかっていないのです。陛下はアグリア帝国の者が娘を
「……それは、致し方ないと思うが」
「アルちゃん……」
頬を俺の肩に摺り寄せた彼女を、ぐっと引き寄せる。
ドレス姿のフェスカがどうにも艶めしい、うっとりした瞳に今にも蕩けてしまいそうだ。
「話を戻しても?」
「ああ、続けてくれ」
「ふふっ、愛妻家ここに極まれりですね。……ともかく、結果は御存じの通り、未だシャラ様のご遺体は見つかっておりません。彼女が行方不明になったのが丁度二十歳の時ですから、生きていればフェスカさんと同い年ぐらいに、ご成長されているかと思われます」
「だから皇帝は俺の妻を……」
マーニャと共に部屋へと向かっていた女性が部屋へと戻ると、俺達は言葉を止める。
ジャミが「何か飲み物を」と依頼すると、彼女は会釈して部屋を後にした。
「いなくなった娘が帰ってきた、だから何としても自分の手の届く場所に置いておきたい。サバス隊長はそうお考えになってしまうのでしょうが、事はそう単純ではありません」
「そうなのか?」
「ええ、善悪の見境なしに動くようならば、このジャミ、サバス隊長の為にこの身を挺してでも、陛下の悪行を止める覚悟があります」
「……本当に?」
「ええ、私、嘘は嫌いですので」
ジャミの言葉はどうにも飾りが多くて、どれが本当か見分けがつかん。
しかし、別の理由があるということか。
俺がいくら考えても分からなかった部分だな。
「全ては酒場、ブルースフィアでの歌姫騒動が事の発端です」
「歌姫騒動って……フェスカがレイディーラさんの代わりをした、アレが?」
「ええ、その通り。ブリングス歓楽街には数多の酒場がございますが、あの時のブルースフィアには歌姫効果もあり、普段の何倍もの集客が見込まれていた状態でした。その中にいたんですよ……アグリアの民がね」
「それは、いるだろうな。戦争終結から六年、ブリングス皇国の属国となったアグリアの民たちは、国境を自由に行き来できるのだから」
それが一体なんの問題なんだ? アグリアの民なんか王都に何百といるだろうに。
「サバス隊長、アグリア帝国は、何を発端に敗戦したと思いますか?」
「……直接的な敗因は戦略的要素が高いと思うが、コレだと決めつけるならば、第三王女が殺され……違うか、行方不明になった事が、一番の原因だろうな」
「その通りです、アグリアの民からしたら、シャラ王女は敗戦の原因を作った稀代の悪女なのです。我々はブリングス皇帝が秘匿してしまったため、シャラ王女を知る機会は少なかったですが、アグリアの民は別です。目の前で彼女を見ていたのですからね」
ここまで語ると、フェスカが声をあげた。
「私を見て、シャラ王女が生きていると勘違いした人がいた……という事ですか」
「その通り、我々は即座にその情報を掴み、行動に走りました。サバス隊長の家に何度も足を運んだのも、フェスカさんの安否を確認する為です。他の者たちもフェスカさんを守るために、独自で動いておりました。……例えるならば、アルベール夫妻の名が挙げられますね」
団長とレリカさんが?
親しい間柄になっているとは思っていたが、まさか。
「しかし、アグリアの民だって馬鹿じゃない。フェスカさんがシャラ王女ではないという事には気づいていたのでしょう。しかし、既に動き始めた以上、偽物だろうが本物だろうが関係ないんですよ。シャラ王女は国の仇です、彼女を討てばアグリアという国は再起してしまいます」
「……つまり」
「ええ、フェスカ・サバスとして、一市民として生きる事は、ほぼほぼ不可能な状況にまでなっておりました。ギャゾ曹長からお聞きしましたが、サバス隊長、ヴィックスからお戻りになられる際に、暗殺者に狙われていたとか?」
暗殺者という言葉を耳にして、隣に座るフェスカが一瞬震える。
「……確かに、五回ほど狙われたが」
「間違いなく、アグリアの者でしょうね。フェスカさんがシャラ王女ではないと知る人物を暗殺し、偽物であるとバレる可能性を消し去りたかったのだと思います」
――飲み物をご用意しました。
そう言いながら入室してきた彼女から温かな紅茶を受け取り、口へと運ぶ。
俺の知らない場所でこんな事が起きていたとは……フェスカを守るといいながら、俺は。
「ここまで全ての事柄を予見していたのが、ブリングス皇帝です」
「……まさか」
「ええ、皇帝はフェスカさんを守る為に、自分の娘として迎え入れるおつもりでした。しかし、それを愚直に表に出してしまっては、アグリアの者たちに気づかれてしまうかもしれない。なので、マーニャ様に軽微ながら毒素を混入させ、治療費の肩代わりという名目で、王城へと匿う手段を取らさせて頂きました」
ジャミはそこまで語ると、両膝を付き、首を床へとこすりつける。
「ジャミさん……」
「誠に申し訳ございません、マーニャ様の毒素の排除は全力で行いました。ご子女に何かあれば、このジャミが全身全霊をもって治療にあてさせて頂きます」
全ては俺達家族を守るため。
まさか、こんな事をジャミがしていてくれていたとは。
「謝罪するのは俺の方だ、事情も知らずに俺は」
「……どこで誰が見ているか分かりませんからね。フェスカ様は死に、王城にいるのはシャラ様であるという状態を保持したかったのです。それが例え嘘であったとしても、アグリアからすれば何も問題はございませんから」
「本当にすまなかった……傷は大丈夫なのか?」
立ち上がると、ジャミは「これでも魔術医のはしくれですから」と微笑む。
俺の打撃を受けながらも即座に治療を開始し、一命を取り留めたのだとか。
実は相当な名医なんじゃないのか? と思い始めた辺りで、マーニャが「ねみゅぃ」と部屋へとやってきた。
「では、続きはマーニャさんを寝かしつけた後にしましょうか」
「……何から何まで、本当にすまないな」
「いえいえ、本題はこれからです」
フェスカを皇帝にする。
その真意を語るのは、これからという事か。
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