第4話 長旅という名の家族旅行
早朝、
俺の戦争恩給金のほとんどを注ぎ込んだ一軒家、次に帰ってくるのは一か月後か。
「サバスさん、おはようございます」
一人家を眺めていると、ふんわりとした波打つ髪をした女性に声を掛けられる。
にこやかに微笑みを返して会釈する……お隣のお金持ちさん、アグネッサ家の奥様だな。
「あら素敵、ご自宅の前に鳥馬車が来ているなんて」
「アグネッサさん、おはようございます」
「一か月ですよね。ご自宅に何かあったら、すぐに衛兵隊に連絡いれておきますからね」
隣に住まうアグネッサさん家の奥様がこう言ってくれると、本当に助かる。
フェスカのご近所付き合いの賜物だよな、妻の社交性の高さに感服するよ。
「……おや、アンネちゃんも、もう起きてるんですね」
アグネッサ家の二階、子供部屋らしき場所から女の子が覗いているのが見える。
寝間着みたいだったし、長い茶色の髪も下ろしたままだったから、寝起きだったのかな。
「あらそう? あ、部屋に戻っちゃったかしら。アンネね、マーニャちゃんがいなくなるって知って、昨日いっぱい泣いちゃったの。可愛い妹みたいな感じなんでしょうね……帰ったら、またアンネの遊び相手になって下さいね」
「こちらこそ、マーニャの良き姉として、宜しくお願い致します」
ペコリお辞儀をして、奥様に見送られながら鳥馬車の客席へと乗り込む。
フェスカとマーニャはまだ準備しているのか? 十人ほどが乗れる客席は空のままだ。
これだけ立派な鳥馬車を貸し切りで使えるとは、自分が偉くなったと勘違いしてしまいそうだ。
「お待たせ、マーニャがトイレ行きたいって急に言うから」
「大丈夫だよ。長い旅になるんだ、トイレは済ませておいた方がいいさ」
客席に乗り込んできたフェスカを見て、あまりの綺麗さに一人息を飲んだ。
色白の身体にフィットしたタイトなロングドレスに、まとめた髪を留める豪華な髪留め。
肌色のケープを肩から掛けた上品な着こなし、普段と違うフェスカも、また素敵だ。
「うわぁ! ここ、全部使っていいのー!?」
「そうだよ、この客席、全部貸し切りだってさ」
「本当ー!? マーニャ、窓際に座るー!」
麦わら帽子にリボンをあしらえたシャツと、柄入りのスカート、真っ赤な磨かれた靴を履いたマーニャが客車に乗り込むなり、ぱたぱたと駆けまわって客車探検を始める。
「見て見て! この壁倒れるよ!」
「あら凄い、ちゃんとベッドにもなるのね」
「二週間だからね、三人で過ごすには充分過ぎる居住空間だと思うよ」
折りたたみ式のベッドや客車奥に備えられた簡易トイレなど。
一通りの探索が終わると、走り始めた風景を眺めて、そしてベッドで寝息を立てる。
薄手のシーツを掛けてあげると、むにゃむにゃと寝言を言いながらコロンと。
「マーニャ、今日が楽しみすぎて、夜眠れなかったから」
「子供らしくていいさ。この客車、屋上に上がれるみたいだから、行ってみるかい?」
「……そう? マーニャ、起きたりしない?」
「起きたって外には出られないさ、大丈夫だよ」
室内の天井の取っ手を引っ張ると、階段がガタンと落ちて来た。
フェスカの手を取り上に向かいデッキに上がると、どこまでも続く大草原が目に飛び込んでくる。
風で波打つ様子は、まるで海のようだ。
既に俺達の住まうヴィックス城下町は地平線の先、城の尖塔が僅かに見えるのみ。
想像以上に速い乗り物、鳥馬車が王族ご愛用なのも、十分納得できる。
「あはは、風が強い。でも凄い綺麗……それにしても、よく屋上があるって知ってたわね」
「大体あるものなんだよ。基本用途は監視、野盗や盗賊、魔獣の襲来に備える為にね」
最近は貧弱な馬ではなく、強靭な
山の民と呼ばれる彼らの身体能力はバカに出来ない。
だが、いくら個が強くても集団には勝てないものだ。
「しゅごーい! お風びゅーびゅーだー!」
「あらマーニャ、起きちゃったの?」
「うん! マーニャもお外行きたかった!」
こんな風景を夫婦二人だけ……とは、いかないよな。
完全に旅行気分だが、やはり一緒に来て良かった。
――――
二週間の旅路は、完全に家族旅行一色に染まってしまっていた。
旅の途中から御者さんオススメのスポットを回ったり、美味しいご飯を食べに行ったり。
もっぱら交渉役を妻のフェスカがしていたのだけど、彼女の社交性の高さは異常だ。
正直な所、フェスカに御者が惚れないか心配になるぐらいだった。
「私に惚れる? そんなことないわよ」
「君は、自分がどれだけ容姿端麗なのか、一度再認識した方がいい」
「例えそうだとしても、私はアル一筋だから。可愛い奥さんで良かったでしょ?」
良かったんだけどね。
心配事が尽きない、一か月も離れなくて良かった。
「付いてきてくれて、本当にありがとう」
「何よ突然……こっちこそ、付いて行くなんて、ワガママ言っちゃってごめんなさい」
「ワガママ言ってくれなかったら、不安で帰りたくなってた所だよ」
「……もう、バカなんだから」
「フェスカ……」
ぎゅっと抱き締めてキスをしていると、不意に娘と目があった。
グッと親指を突き立てて笑顔になっているのだから、まぁ、別にいいか。
そんなこんなで、二週間の長旅もついに終わりの日を迎える。
もはや家のようにくつろいでいた客車から見える王都を見て、マーニャが叫んだ。
「凄いよパパ! お城いっぱい!」
「あれ全部皇帝陛下のお城なんだよ? 凄いよね」
「凄い! お城もお家もお店も人も、いっぱいだー!」
言葉通り、王都へと繋がる道には数多の馬車や鳥馬車が列をなしていて。
遠めに見える港には何艘もの帆船が姿を見せていて、中には魔駆動の豪華客船もあったり。
陸海空、全ての流通網が集う場所。
王都ブリングス、その名に恥じない巨大都市が、俺達を出迎えてくれていた。
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