第5話 王都の悪い所と良い所

 客車は広く、非常にゆっくり出来る場所であったが、やはり開放された大地には勝てない。

 ひとたび地に足を着ければ、家族みんなで「んー!」と伸びをしていて。


「ようやく着いたー」

「家事が無くて楽な生活だったけど、そろそろ洗濯がしたいわね」

「途中停泊した村で洗ったとはいえ、結構な量だもんな。何にせよ、二人とも長旅お疲れ様」


 家族三人で互いの疲れを労っていると、一人荷台から荷物を下ろす御者の姿が。 

 ドレスの裾を持ったフェスカが近寄ると、ぺこり御者へとお辞儀をした。


「二週間もの長旅、本当にありがとうございました。お兄さんのお陰でとても楽しかったです」

「いえいえ、帰りもご一緒出来るようなら、もっといい場所へとご案内いたしますね」

「あら本当? 帰りもお兄さん予約しちゃおうかしら?」

「へへ……美人な奥さん、本当に羨ましいです。それじゃ、アッシはこれで」


 御者の男は照れ笑いしながら御者席へと飛び乗ると、黄色い毛並みをした鳥馬ヒポグリフォの手綱を握り締める。クエックエッ! と黄色い毛並みをした巨大な飛べない鳥、鳥馬が鳴き声を上げると、強靭な足趾そくしにて地面を蹴り上げ、あっという間に居なくなってしまったが。


 ……本当に大丈夫なのだろうか。

 フェスカを見る目が完全に男のソレだった気がする。

 帰りは別の御者をお願いしよう。うん。 


「それじゃ、私達がどこに泊まるか、お宿探しにいこっか」

「ああ、いや、その前に一度、騎士舎に顔を出しておきたい」

「そう? 私達が一緒に行っても平気なの?」

「挨拶に行くだけだから多分平気だと思う。それに上手くいけば、俺が宿泊予定の宿舎に家族で入れるかもしれないし」


 合格証と一緒に封されていた用紙にも、王都に到着したら、まずは騎士舎へお越しくださいとしたためられている。


 今回の実技試験は、全国から集められた筆記試験合格者による白兵戦の模擬だ。

 まずは王都に到着したかの有無が、情報として必要なのだろう。

 

 とはいえ……マーニャも言っていたが、城が多くてどの城が騎士舎か分からない。

 戦中もほとんど最前線に飛ばされていたから、王都へと足を運んだ事も無かったし。

 地図売買マッパーでもいれば購入したい所なんだが、近くにはいないみたいだな。 

 

 などと、誰かに聞こうかと顔をきょろきょろとさせていると。

 人込みに紛れて、見慣れた鎧を身につけて歩く兵士の姿がある。

 警ら中かもしれんが、道を尋ねるくらいは日常茶飯事だろう。


「ちょっとあの兵士に聞いてくる」

「私達は……」

「ここで待ってていいよ、道を聞いてくるだけだから」


 荷物が多いからな、皆で行ってしまう訳にもいくまい。

 たたたっと駆け足で鎧姿の彼に追いつくと、トントンと肩を叩いて声を掛ける。


「役務中すまない、騎士舎がどこか教えて頂けないだろうか?」


 ……おや、こちらを見もしないし、何も言わないな。

 鎧越しだから気付かなかったのだろうか? 

 それにしても歩くのが早い、市井の声なんぞ聴くもんかと言った感じだ。


「すまないが、騎士舎への道案内をお願いしたいんだが」


 無視だ、これは完全に無視をしている。

 ――兵士とは市民の税金で生きている存在だ、民の声を無視する事なかれ。

 この基本理念すら理解していない兵士が王都にいるというのか?

 

「おい君、一体どこの部隊――――うぉっとぉ!?」


 手を掴んだ途端、小手に返され肘から地面に向け、身体が勢いよく倒れ込んだ。

 どずんっと砂埃と共に倒れ込むと、そのまま手首の関節を極めてくる。

 完全に油断した、まさか市民に向けてここまでする兵士がいるとは。

 

「役務の最中だ、邪魔をするなら逮捕する」

「……一体なんの役務なのか、試しに教えて頂けないだろうか?」

「機密事項だ、狼藉者に教える義務はない」

 

 小手に返された手首を、更にギリッと雑巾を絞るように捻り上げていく。

 一般市民相手にここまでするのが、王都の兵士だというのか?

 もしヴィックス城下町で同じことをしたら、俺よりも先にゴーザ君の怒りの鉄拳が飛んでくるぞ。


「あなた!?」

「パパ!?」


 如何に自分の部下が優秀なのかを再認識していると、珍し気に捕り物を見ている野次馬集団を掻き分け、可愛らしい声を出しながら、愛妻と娘の二人が俺へと駆け寄ってくる。


「……ふん」


 その二人を見てようやく拘束を解くと、兵士は立ち上がり、ノッシノッシと歩を進め始める。

 謝罪も説明もなし、ついでに騎士舎の場所も教えてくれないままだ。


 ああいうのも、昔は使える部下として重宝したものだが。

 平和な世の今となっては、どう扱うべきか……悩むところだな。


「あなた、大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ。恥ずかしい姿を見せてしまったね」


 王都に胡坐をかいて座り、俺の視界から消え去らんとする兵士を眼に捉える。

 あんな姿が今の王都の全てなのだとしたら、これはよっぽどな状況だ。


「しょうがない。とりあえず、街の中心部に向かおうか」

「ええ……それにしても、酷い兵士ね」


 全くだ、特例試験に合格した暁には、彼の性根を叩き直すことを妻に誓うよ。



――



「ふわぁ……大きいねぇ」


 マーニャが尖塔の一番上まで見ようとして、ぐぃーっと顎を持ち上げる。

 天にも届かんとするその城は、難攻不落の千年城と呼ばれて名高い城だ。

 かつて、魔王が実在していた遥か昔に、戦略の要となった城としても有名である。 

 バラン皇帝が住まうブリングス城、この国最大にして最高のお城……と、案内に書いてある。


「未だ正門を破られた事がなく、処女城とも呼ばれている、だってさ」

「うふふっ、随分と奥手な城なのね」

「フェスカみたいに、ガードが堅いって事だよ」

「私? 私、結構ガード緩いけど?」


 ほよんとした大きな胸が、甘い空気と共に俺の腕に当たる。

 ほらね? みたいな顔をしているが、告白するまでは鉄壁を誇っていたくせに。


 紆余曲折とあったが、無事王城には到着した。

 ここから騎士舎まで、そんなに遠くなければ良いのだけれど。 

 

――


 王城に近づくにつれ、至る所で立哨している兵士の姿があった。

 微動だにせず休めの姿勢のまま、手にした槍の柄を地面に付けてぎゅっと握り締めている。


 一時間……いや、二時間交代だろうか?

 ただ立っているだけ、これがどれだけ辛いのかは、やった人間なら理解できる。


 同じ事をやってくれと言われたら、正直もう出来る気がしない。

 ゴーザ君も無理だろうな、彼に同じ事をやれと言ったら、即日除隊願を提出するだろう。


「特例試験を合格した、アル・サバスなのですが」

「アル・サバス様……で、ございますね。少々お待ち下さいませ」


 エントランスに設けられた受付にて、耳を尖らせた小奇麗にまとまった女性へと質問する。

 ふわり香る花の匂い、さすがは王都ブリングスの受付嬢、エルフ族が従事しているのか。

 一人一人が涼やかなドレスを身にまとい、見目麗しくも聡明な佇まいで役務に従事する。 


 見栄えも良いし、なにより自身が退職希望するまで延々と役務に従事してくれる。

 人間よりも遥かに長命なエルフ種族には、定年が設けられていない。

 何百年と従事してくれるのだから、管理者としては重宝間違いなしの逸材だ。

 

 俺の部下にも一人欲しい所だが、問題は色気づいた男どもを制御しないといけない点だ。

 受付に入っているエルフ族は全員女性だし、男が混ざるには少々難しいのだろう。

 鼻の下を伸ばしたゴーザ君が、いとも簡単に想像できてしまうよ。


「騎士舎へのご案内が出ていたご様子ですが、こちらでもお受けできます」

「そうですか、良かった。また大荷物を持って歩くのかと思ってましたよ」

「ふふっ、大丈夫ですよ。大変な遠路、誠にお疲れ様でございました」


 お辞儀をしている彼女の背後に、一匹の小さな魔物がぴょこんと顔を覗かせた。

 「ありがとう」と言いながら、彼女は魔物のリュックから書類を取り出す。

 城内配達係のゴブリンだろうか、珍しい物を見れたな。


「こちらの書面が実技試験の案内になります。王都の地図、それに城内案内図もお付けしてありますので、是非とご活用いただければと思います。実技試験は三日後、それまでの宿舎は独身寮をご用意致しましたので――」

「ああ、ちょっと待った。今回妻と娘も王都へと同行していてね、出来ることなら彼女たちも一緒に利用できる宿舎だと助かるのだが……どうかな?」


 エルフの緑光に輝く瞳が、俺の背後で微笑むフェスカとマーニャへと向けられる。

 

「かしこまりました。では、家族寮へと変更の手続きを致しますね」

「ありがとう、恩に着るよ」

「いえ、良くある事です」


 さすがは王都ブリングスといった所か。

 目を伏せながら新しい書面に一筆記入すると、家族寮の鍵を手渡される事に。

 これで宿泊費用が随分と浮く、フェスカとマーニャに美味しい物でも食べさせるとするかな。

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