第3話 祝福の我が家、不穏な後釜

 アド伯爵の執務室から出た瞬間、聞き耳を立てていたであろうゴーザ君が俺の手を握る。

 

「サバス兵長合格っすか!?」


 盗み聞きは良くないとか、ゴーザ君今待機中だろうとか、色々と言いたい事はあったが。

 少年のような瞳を前に、とりあえずソレは横に置いておいた。


「筆記試験はな」

「マジっすか!? 俺も次チャンス来たら受けるんで、どんな問題か教えて下さい!」

「それよりも先に、ゴーザ君はアド伯爵の信頼を掴んだ方が良いと、アドバイスしておくよ」

「……ど、どういう意味っすか?」


 不安を露わにするのなら、心当たりがあるという事だろうな。

 大方、立哨中の居眠りか、城内巡視中につまみ食いでもしているのだろう。

 問いただそうにも憶測で物は語れないし、もう語る必要もない。

 誰しも自分自身には嘘は付けないもの、心の底から反省するには、自分と戦わないとな。


「それで、次は実技試験っすよね。何するんすか?」

「ゴーザ一等兵の予想が的中といった所かな」

「……というと?」

「試験会場は王都ブリングス、城内にて白兵戦の模擬を行うらしい」

「マジっすか!? 王都で試験って事は、ほぼほぼ合格って事なんじゃ!?」


 どういう理屈だと苦笑するも、ゴーザ君の意見は変わらず。

 ヴィックス地方から王都ブリングスまでの移動距離を考えたら、合格間違いなしだと。

 距離で合否が決まるのなら、禁則地と呼ばれる外界からの受験者が最強だろうに。 


 にしても、白兵戦の模擬か。


 戦争の最中は嫌でも戦わされ、腕前だけは上達しているとは思っているが。

 試験となると単純な人斬りの技ではなく、礼式や型を見られるのだろうな。


――――


「あら、掃除なんかしてどうしたの?」

「いや、なんとなくな」


 リビングの棚の一番上で陣取っていた記念盾の埃を拭き取り、コトリと元に戻す。

 昨年の城内武術大会で頂いた入賞の盾だが……。

 流石にこれが合否に関わっている、という訳ではないよな。


「ごめんなさい、この前拭いたと思ったんだけど……汚れてた?」

「いや、大丈夫、綺麗だよ。それよりもフェスカ、筆記試験、合格したよ」

 

 最初、顔に疑問符を浮かべていた我が妻だったが。

 言葉の意味を理解すると、太陽よりも明るい笑顔へと早変わりして手を合わせる。


「本当!? 凄いじゃない!」

「ははっ、まだ筆記試験だけで、これから実技試験と面接があるんだけどな」

「そんなの、アルちゃんなら合格に決まってるわよ!」


 ぎゅーっと抱き締めてきて、フェスカの方から唇を重ねて来る。

 エプロン姿でもつんと張った胸が当たるのだから、俺の妻は本当に可愛い。

 

「アルちゃんって……」

「昔そう呼んでたじゃない。アルちゃん」

「マーニャの前じゃやめてくれよ? 父親としての威厳がな」

「そんなの、もう充分にあるわよ。毎日パパの自慢ばかりしてるんですから」


 それは知らなかったな、是非とも聞いてみたいものだ。


「マーニャは、またカイガル先生の所か?」

「ええ、さっき出て行ったばかりよ……だから、ね?」


 エプロンの紐をほどき、着用していた薄手の上衣を持ち上げ、豊満な胸を俺の前で曝け出す。

 とても愛らしい二つの双丘に挟まれながら、俺達は夫婦の寝室へと向かう。

 素晴らしい合格祝いだ。マーニャに弟か妹が出来る日も、そう遠くないのかもしれないな。



――――四週間後



「一緒に来るって、王都ブリングスまで結構あるぞ?」

「一か月も離れるなんて、私耐えられない」

「マーニャも、カイガル先生の所に通わなくて大丈夫なのかい?」

「平気! たくさんお勉強用の問題貰ったし、それにほら! 算術玉貰ったんだよ!」


 マーニャが手にした水晶玉は、微量な魔力に反応して数字を映し出す魔法用具だ。

 見れば、既に記録されているであろう問題が表面に浮かびあがっている。

 マーニャの小さくて可愛らしい指で表面をなぞると、そこには数字が書き込まれた。

 どうやら正解らしく、シュルっと赤い光が数字を囲い込む。


「へへーん、凄いでしょ!」

「大したものだ。しかし、高価な物なんじゃないのか?」

「カイガル先生の家にはいっぱいあるんだよ。コレは中でも一番古い算術玉なんだって」


 それでもなぁ、とフェスカの顔を見ると、唇を結んだままニコッと微笑んだ。

 もうお返しの品は渡してある、そう言いたいのだろう。 


「試験のついでに家族旅行なのか、家族旅行のついでに試験なのか、どっちか分からないな」

「どちらにしても、マーニャは嬉しそうよ? 初めての王都だもん、ねー?」

「うん! マーニャ王都初めて! マーニャね、この国の一番偉い人の名前、覚えたよ!」

「へぇ、皇帝陛下の名前、覚えたのかい?」


 ふっふっふーと不敵に微笑み、マーニャは足を揃え、胸に拳をあてながら叫んだ。


「グスタフ・バラン・ブリングス皇帝陛下!」

「おー、よく覚えた。でも、王都でその名前を叫んだらダメだからね?」

「そうなのー?」


 不敬、なんて言ったって分からないか。


「マーニャは、知らない人が自分の名前叫んでたら、どう思う?」

「びっくりする」

「だよね。皇帝陛下もびっくりしちゃうから、名前叫んだりしたらダメだよ?」

「わかった!」


 マーニャは本当にいい子だ。ぎゅっと抱き締めると、ウソみたいに細くて柔らかい。

 ずるい、私も! と、フェスカもくっ付いてきたから、家族三人で家の中をごろごろと。

 見れば、既に旅行用の鞄も用意してあるし、色々と片付いてるし。

 試験がてらに家族旅行も悪くない、きっと、他の受験者も同じようにしているさ。



――――



「――――というのが、平素の私の役務内容になります。基本的に私の執務はゴーザ一等兵が代わりを務めますので、ギャゾ曹長は通常役務に就いて頂くよう、宜しくお願い致します」


 往復で四週間、試験日や説明会も併せて最低三十日は役務を離れないといけない。

 ヴィックス城衛兵隊は役務内容こそ気楽にこなせるが、人数自体はカツカツだ。

 俺が抜けた後に正規日数分の休暇が取れないとあっては、不平不満に繋がってしまう。

 そういった題目があるにも関わらず、ギャゾ曹長は不満を露わにした。


「兵士に休日なぞ不要だろうに、近頃の下級兵士と来たら何たる腑抜け揃いだ」

「既に戦争は終了しております、不眠不休は戦時中の特例ですよ」

「大体、責任者である貴様が何故日常役務に就いているのだ。いつ如何なる時でも己が対処できる為に責任者がいるのではないのか? 私は日常役務に就くつもりはない、事案発生時のみ動く、そう言われて派遣されたのだからな」


 王都から派遣されたギャゾ曹長、御年五十五歳、典型的な軍事思考のご老体だ。

 戦時下においては、非常に頼りになる思考回路の持ち主だったのだろう。

 だからこその曹長、俺よりも階級が上だ。


 ふんぞり返りながらノッシノッシと詰め所内から出て行ってしまったが。

 あれで俺の不在を任せられるのだろうか……少々不安が残る。


「サバス兵長」

「どうした? ゴーザ一等兵」

「俺、あのジジイの下、嫌なんですけど」

「……一か月で帰ってくる、それまで辛抱してくれ」


 俺が戻ってきたら、全員除隊してたりしてないだろうな。

 昨今、徴兵令だってロクに出せないんだ、隊員の数は減る一方なのに。

 

――なんだ貴様のその歩き方は! 教育がなっとらん! 並べ!

――貴様ぁ! 歩哨をなんと心得る! いつ如何なる時も敵兵を想定してだなぁ!


 ……外から叫び声が聞こえてくる。

 本当、これ以上貴重な人材を減らしてくれるなよ?

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