第71話 野党
グレイ達が第二拠点に合流したのは、昼を少し過ぎた頃であった。
本拠点の植物テントは出発する時に固有能力で解体済みなので、マルズロが来たとしても甘い汁は啜れまい。
第二拠点に到着してすぐさま会議室に閉じこもったお偉様を他所に、俺とムアは級長を連れて森の中を歩いていた。
俺とディカが明日ゲルザードの討伐に差し向けられそうなので、こっそり合流するために級長を連れ出して居たのだ。
「この辺りでいいかな」
「この辺り?」
「級長の今夜の寝床だよ。
ちょっと待っててよ……」
手頃な木に触れ、地中深く這う根を操る。
「ガウ」
「センキュー」
ムアが土を取り除いてくれた空間をしばらくいじり、ある程度形が整った所で級長に声をかけた。
「お待たせ。
中降りようか」
「うおっ!?」
地面を割って開けた穴に、級長の背中を押して放り込む。
後を追って飛び込むと、ふかふかの霧が優しく受け止めてくれた。
「ありがと」
「ガウッ!」
羽毛のようにゆったり降りてきたムアを抱き締めていると、立ち尽くしている級長に気付く。
「無事そうだね?」
「多岐、これは……?」
「俺の固有能力で作った、今日の級長の寝床だよん。
あ、靴は脱いでね。
俺達は日本人なので」
黒く濁った瘴気の森から一変して、地下室には澄んだ空気と豊かな緑が広がっていた。
「……ああ」
恐る恐る靴を脱いだ級長の足に触れるのは、柔らかく暖かいヨモギのように毛が生えた葉だ。
「取り敢えずリビングだけ作った。
後は水場と……寝室くらいかな?」
話しながらもムアが土を抉り取った空間に根を張り、風呂と寝室を作る。
「水も汲み上げとくけど、冷たいから体洗う時は自力で温めてくだちい。
あ、後食いもんか」
「ガウゥ?」
「あ、確かにスープはあった方がいいか。
後は……」
ムアと相談しながら食べ物を出していく傍らで、級長は壁の光る花に触れては確かめてを繰り返していた。
「……すごいな。 これが多岐の固有能力か」
「うん、便利でしょ。 それはそういう植物なんだけどね。
寝る時には葉っぱで蓋しとけばいいよ。
それと、これをあげよう」
差し出されたルレック飴を恐る恐る口に含む級長だったが、ガリと表面の飴を噛み砕くとその顔は驚愕に染まる。
「……梨?」
「お、やっぱり喜んでくれたか。
こっちじゃ果物なんて殆ど出回ら無いから、飢えてると思ったんだよ。
あぁ、はいはい」
ムアにもあげつつ、自分でも頬張る。
「うむ、美味い。
てか甘味で思い出したけど、あの時上げたカロリーメイトモドキはどうだった?」
「端数を誰が食べるかでギスギスしたな」
「争いの種を撒いてしまったか」
残りのルレック飴を無言で頬張っていた級長だったが、何かに気付いたらしく顔を上げる。
「多岐の固有能力って、植物を操れるんだよな?
もしかして米もあるんじゃないか?」
身を乗り出して聞いてくる級長の気持ちはよく分かる。
だが……
「俺も探したんだけど、米どころかトウモロコシとか小麦も無かったんだよねぇ。
こっちで売られてるパンも、雑穀と芋を混ぜた異世界独自の作り方だったし。
頑張って寄せた最高傑作がこれなんだけど……食べてみる?」
ムアが霧から取り出したのは、1粒1粒が米の半分より小さい、パラパラした穀物であった。
「炊いてはあるから食べれるよ。
粟とか薭みたいな雑穀になってしまった。
食べた事無いけど」
「じゃあ、1口……」
級長は砂山を崩すようにスプーンですくい、口に含む。
しばらく考えながら味わっていたが、思い当たる物があったらしい。
「クスクスに似てる」
「何それ?」
「エジプトだったか? そっちの方の料理屋で、昔食べた事があるんだ。
それに味とか食感が似てるな。
ドロっとしたスープに合わせたら美味いんじゃないか?」
「ならちょうどいいのが……」
「ガウッ」
「早いね」
以前作ってあった、グツグツの野菜シチューがムアの霧から現れる。
自分にも食わせろよ、と圧をかけてくるムアの分を先によそい、俺と級長もシチューにクスクスモドキを混ぜて食べてみる。
「お、美味い」
「だろ?」
「ガウッ!!」
ムアもお気に召したらしい。
「多岐とムアの固有能力なら、どんな環境でも餓死しなさそうだよな。
そりゃ旅がしたくなる訳だ」
「でしょー、まじでうってつけの能力。
ムアのお陰で食い物運べるし、荷物が嵩張る事も無いからね」
「ガウーウ」
この固有能力が、1000年に渡るライデンの旅を支えて来たのは間違いないだろう。
完食して満足気なムアを撫でながらまったりしていたが、そろそろ戻らなければならない。
俺が独断で行動するのはちょくちょくあるが、何時間も不在だと逆に目立ってしまうだろう。
「じゃ、俺はそろそろ拠点に戻るよ。
1週間分の食料は置いといたけど、出発が2日超えるようだったら迎えに来るわ」
「分かった。
ま、できるだけ早く来てくれよ」
「うい。 んじゃまた」
地下室を後にし、急いで第二拠点へ戻る。
十字路の真ん中にある広場へ行くと、ディカが復興派の貴族達と話している所だった。
「遅い」
「ごめんごめん」
どうやら時間を稼いでくれていたらしい。
「お待たせ。 で、俺達はいつ討伐に行けばいい?」
答えたのはディカだった。
「明日の早朝だ。
あたしらがゲルザードとやらとやり合えば、当然周りのリザードマンは混乱なり暴走なりするだろう。
その時の防衛を考えて、足並みを合わせたいんだとさ」
まじかー……。
これでは探索の時間が限られてしまうが……ま、可能な範囲で掻き集めるとしますか。
余所事考えている俺の肩に、グレイの手が載せられる。
「危険な依頼を引き受けてくれた事、感謝する。
ゲル浄化作戦もいよいよ大詰めだ。
今にして思えば、アギトとムアが居なければ過酷な作戦になっていただろう。
もう後ひと踏ん張りだ。
ディカも頼むぞ」
「あいよ、任せてちょーだいな」
「ガウッ!!」
「依頼、確かに承った」
領主様から直々に激励の言葉を賜り、俺達は自分のテントへ戻るのであった。
●●●●
翌朝の早朝。
まだ殆どの兵士が寝ている状況でありながら、ムアに跨った俺とディカは瘴気の森の中を駆けていた。
「本人に言わなくて良かったの?」
俺が懸念しているのは、領主のテントの警備に出発を一方的に伝えた事だ。
あれこれ追求されるのを防ぐ為にやったとは言え、流石に急ぎすぎた気がしないでもないが。
「伝えるべき事は伝えたし、義務も果たしただろ。
それに、兵士が出揃う前にリザードマンが押し寄せる事は無いから迷惑もかけないだろうさ!」
そう言ってケラケラ笑うディカに、商人魂のような物を感じる。
だが合理的ではあるのは間違い無いだろう。
早起きは三文の徳と言うが、今回に限っては1分増えた探索時間で金貨が増える可能性すらあるのだから。
「ガウッ!」
「ここか」
「そ。 ちょっと離れてて」
昨晩塞いだ穴を開き、地下室へ飛び降りる。
壁の光る花には大きな葉が被さっており、室内は薄暗い。
級長は寝室にあるシロツメクサモドキのベッドで、まだ眠っているらしかった。
ならば叩き起すまでである。
眼前に巨大な骸骨を生やし、グロテスクに肉付けして大きく口を開かせた。
『ヴォォォォォォォォォ!!!』
「うん…?………うぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
ボスッ、とフカフカの床に落下した音がする。
俺は悪役よろしく、拍手をしながら寝室へ踏み入った。
「サプラーイブホッ」
「お前か!!」
飛んできた枕を顔面に喰らいつつも拍手はやめない。
「良い夢は見れたかね?」
「終わりが悪かったせいで全て台無しだ馬鹿」
支度をするとの事なので、リビングに戻りディカと朝飯を嗜む。
メニューは昨日級長によって考案された、クスクスのシチュー掛けだ。
「美味いな」
「でしょ。
俺の故郷の、別の国の料理なんだってさ」
「へぇ」
おかわりを数回しながら時間を潰していると支度を終えた級長が寝室から出てきた。
「おはよ。 朝飯出来てるよ」
「……ああ」
級長は文句でも言おうとしたのだろうが、湯気を登らせる皿を見て言葉を飲み込んだ。
向かいに座った級長の顔を見てふと気付く。
「何か顔色良くなったね」
「そうか? ……そうかもな。
ここ半年、ゆっくり休む時間なんて無かったからな……」
「おつかれさんです」
級長はクスクスシチューを1口食べると、「美味い」と呟いた。
「昨日と違うシチューにしたんだよ。
トマトは未発見だけど、乾燥した木の実からコンソメっぽい風味が取れたから使ったった。
リザードマンの肉も柔らかくて美味いでしょ」
「ああ、美味い。
腹一杯になるまで食べるのも久々だ。
つーか多岐が料理出来るなんて意外だな」
「それは拾ってもらった人の所で鍛えられたのさ。
魔法で料理したら洗い物も無いからめちゃ楽だよ」
ふとディカとムアが静かなのに気付き、失念を悟る。
「ごめん、日本語で話してたわ」
「あ、俺もだ。
失礼しました、ディカさん」
姿勢を正して頭を下げる級長を、ディカは穏やかに笑って止める。
「いいんだ。
アギトがこんなふうに話しているのは初めて見たから、むしろ面白いものを見せてもらったぞ。
それと、あたしはただの冒険者だ。
アギトの友人であれば尚更、そう堅苦しくしなくていい」
級長はディカと俺の顔を交互に見たが、ふぅと肩の力を抜いた。
「なら楽にさせてもらう。
正直まだトラモント語の敬語に慣れてないからありがたい」
級長の言葉にムアが耳を立てて反応する。
「そっか、ムアはトラモント語なら分かるもんね」
「ガウッ!」
中学の英語すら怪しい俺からしてみれば、ムアの高い学習能力は羨ましい限りである。
今にして思えば、言葉を翻訳してくれる固有能力が無ければ俺の異世界生活は詰んでいた可能性も大いにあるのだから。
「さて、そろそろ行くか」
「おけー。 級長、忘れ物は無い?」
「元から剣くらいしか持って来て無かったからな」
食べ物はムアが全て回収し、残った空間は潰してしまう。
「あ……」
「さ、金儲けに行くよ」
名残惜しげな級長を担いでムアに跨り、いざお宝探しへ出発するのであった。
●●●●
分かってはいたが、ムアの足は俺の空中散歩とは比べ物にならないくらい早い。
景色を楽しむ間も無く、1つ目の目的地に辿り着く。
「……ここがダンジョン3層目か」
静かに呟くディカだが、声音には隠しきれない興奮が感じられる。
殆ど前人未到の地だ。
しかも宮殿ともなれば、相応に期待は高まる。
「そういやこの文明って、どれくらい前のものなの?」
級長は外壁に手を当てて、俺には見えない何かを確かめる。
「……少なくとも2000年近く前だ。
それより詳しくは、比較対象が無いから分からないな」
紀元前近く古いって事か。
「あまり時間はかけられねぇ。
ムアを中心に移動し、金品を片っ端から回収するぞ!!」
「おー!!」
「ガゥー!!」
「お、おー!」
ノリノリの俺らにつられて、級長も拳を掲げる。
級長はその姿勢のままディカにヒョイと持ち上げられると、ムアに座らされた。
「ハトリは固有能力で何か見つけたら直ぐに教えてくれ。
どんな些細な違和感でも構わない。
空振りでもいいから目をこらせよ」
「ま、任せろ!」
俺とディカはムアの両脇に立つと、どちらからともなく駆け出す。
追ってくるムアの気配を確かめつつ、早速早速発見した部屋へ飛び込んだ。
真っ先に目に入ったのは、大きな木製のタンスであった。
彫刻などの装飾からも、高級品である事が伺える。
以前は引き出しの中身を取り出したが、ムアがいる今は……。
「ムア、投げるよ!」
「ガウッ!!」
「うおっ!?」
飛んできたタンスに級長が顔を手で覆うが、心配せずとも全てムアの霧で回収される。
「ビビった……あ、タンスがあった壁!!」
「なぬ」
級長の指さす先の壁に触れると、ボロボロの壁紙がべコリと抉れて中の収納が顕になる。
「あと……その汚いカーペットの下にもあるぞ!!」
「ふんっ」
ディカは畳返しのように片足で床板を踏み抜くと、スコップで掘り起こしたように床下収納が飛び出した。
中身はどちらも、人目で高価と分かる宝石や飾り剣などだ。
「でかしたハトリ!!」
「さ、次行くよ!!」
「ガウッ!!」
部屋から飛び出すと大きなリビングアーマーのようなものが歩いていたが、俺達にはその鎧すらも宝物の1つにしか見えない。
俺がリビングアーマーの纏っていた濃厚な瘴気を吸い取り、ディカが間髪開けず気を当てて霊体を消し飛ばす。
「ガウッ!!」
そしてムアが通り過ぎざまに欠片も残さず回収した。
「あはははは……あ、そこの壁隠し通路!」
級長は自分の仕事はこなしながらも、俺達の盗賊行為にゲラゲラ笑っているのであった。
●●●●
宮殿から飛び出した俺達は、降り積もった雪に転げるように飛び込んだ。
ムクリと体を起こして目を合わせると、堪えきれなくなって高笑いする。
「大儲けだぁ!!」
「アオーン!!」
「根こそぎいったな!!」
「お前らめちゃくちゃだ!!」
ひとしきり笑い続けて、しかしまだニヤけが収まら無いまま何とか息を整える。
「これ金貨何枚分よ」
「少なくとも50は下らないだろうな」
「って事は……日本円で5億!?
実感湧かねー……」
だが、級長の計算は早計だ。
「『少なくとも』『50枚は下らない』だぞ。
歴史的価値や付与された魔力の効果次第で、何倍にも跳ね上がるだろう」
「しかもタンスとか金庫とか、開けずに持って来た物も沢山あるからねぇ。
帰ったら開封の儀が待ってるよ。
当然、バレないようにだけどね」
「ガウッ」
瘴気でくすんだ空に、白い息が明るく広がっては消えてゆく。
「……あ、もう1箇所あるんだった」
「なに? それを早く言え」
すぐさま腕一本で引き起こしてくるディカだが、次の目的地ではそこまでの成果は期待出来そうに無い。
「でもここから先はリザードマン文明だから、3層目より先はここみたいに財宝がいっぱいある訳じゃ無い気がするんだよねぇ。
ゲルザード倒さなきゃならんからどちらにせよ行くけど、あまり期待はしないでよ」
「分かってるさ。
元は十分以上に取ったんだ。
仕事のついでとしか思っちゃいねぇよ」
ディカにバシと背中を叩かれ転びそうになる俺の横で、級長がハッとなって顔を顰める。
「なぁ、今更だけどこんなに漁りまくって大丈夫だったのか?」
「大丈夫大丈夫。
この依頼中に手に入れた物は、見つけた冒険者の物って決まりだから」
言質取ったりと俺は笑うが、ディカは苦笑する。
「流石にこれだけの金品を公に独占したら待ったはかかるだろうが……ま、ルールは破って無いからな」
「ガウゥゥル」
ハッハッハと笑う俺達に、級長は諦めたように笑うのであった。
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