第70話 地球への未練

 第二拠点と本拠点の距離は徒歩で5時間もかからない。


 ムアが全力で走れば15分もせずに着くような距離だ。


 しかし少し気になる事があったので、駆け足程度にスピードを落としてムアに話しかけた。


「ファルシュの言ってた、加護の話あるじゃん?」


「ガウ」


「……俺ら貰っちゃったんじゃない?

 ライゼンに」


 話を聞いていた時は何も思わなかったが、よくよく考えてみれば思い当たる節がある。


 魂を削って固有能力を分けたと言っていたが、それは俺が魔力を削って魔石を生み出したのとよく似ているのだ。


 それに固有能力を他者に与えるのも、ファルシュがエルフなのに炎に関係する魔法に適性が出ているのと似たものを感じる。


 つまりライゼンは……


「愛情あまり余って、魂を削って俺とムアに加護を与えてくれちゃった……ってコト?」


「ガゥ、ガゥゥ……」


 衝撃の事実に2人して言葉を失う。


「………ライゼンは知っててやったんかな」


「……ガゥ、ガゥウ?」


「うん。 手紙見た感じだと知らずに無茶してやった感はあるよねぇ」


 ファルシュがチラッと言っていた後遺症が、ライゼンが木になった事なのであれば、やはり相当の負担になるのだろう。


「ガゥゥ?」


「ううん、そのネックレスは持ってて。

 魔石作る時に消費した魔力ならもう完治してるし、瘴気を吸ってムアに何かある方が嫌だから」


 ムアは霧で俺を包むと、グイと白い体毛に押し付けた。


 走りながら出来る精一杯のスキンシップだ。


 愛いやつめ。


 しばらく撫でまわしていると、道の先に明かりと防壁が見えてくる。


 日が完全に落ち切った闇の中、俺とムアは本拠点へ到着したのであった。



●●●●



 俺達が本拠点に戻れば、既に引越しの物資は全て纏められている状態であった。


 流石グレイである。


 ムアが荷物の回収を終えると、明日の朝まで自由だと言われ、とりあえずディカに会いに行く。


「やほ」


「ガウッ!」


「おっ! 来たな!!」


 ディカは本拠点の俺の部屋を好きなように使っているらしく、ベッドには衣類が放り出され、机には今日の夕飯と思われる食べ残しが置いてあった。


「あ、あまり見るなよ。 今片付けるから……」


 いそいそと服を丸めてカバンに詰めるディカに笑いつつ、食器を洗って乾かす。


「いつもはこうじゃないんだが、さっきまで荷物を纏めてたんだよ。

 本当だぞ?」


「そんな気にする事無いって。 俺もムアが居なきゃ似たようなもんだし」


「分かって言ってるだろ。 生意気になりやがって」


「最初から俺は生意気です〜」


 肩を組んでガッチリ捕獲し髪をワシャワシャしてくるディカだったが、ふと手を止めると頭を軽く抱きしめてきた。


「派手にやったらしいじゃねぇか。

 大丈夫だったか?」


 恐らく、俺がリザードマンの群れ相手に暴れまくったのをヴァートスが手紙で伝えたのだろう。


「全然無事、五体満足。

 むしろディカ達に比べたら歯ごたえ無さすぎて力試しにもならなかったよ」


「そりゃそうだ」


 カッカッカッと笑うディカに引き倒され、2人でベッドに腰掛ける。


「ムアは……相変わらず読めねぇが、アギトは結構強くなったんじゃないか?」


「あ、分かる?

 毎日新鮮な瘴気を食ってるおかげで成長しっぱなしなんだよねぇ。

 固有能力も使い勝手が良くなってきたし」


「へぇ? どれ、見せてみろよ」


 と言われたので、負の感情による影響を1つづつ見せてゆく。


「……で、これが『怨み』の感情の効果ね。

 今やってるアレンジは、『怒り』で筋肉を暴走させて、殴る瞬間に『悲しみ』と『恨み』を棍棒に込めて叩き込む感じかな」


「へぇ、面白そうな事してるじゃねぇか。

 ならギニンに帰ったら模擬戦が楽しみだな」


「うぬ。 スターニーとルマネアにどこまで通用するのかも試してみたいし……あ」


 ギニンに帰ってからの事を考えていると、大切な事を思い出した。


「あの……ですね」


「おう、何だ?」


 恐る恐る、プラチナのネックレスをリーチェのお守りに使った事、それを今日取ってきた同じくプラチナの装飾品で補えないかを話してみる。


「そんな訳で、すません……」


「それはいい。 代わりにアギトが用意した物の方が高価だし、それに赤脈旅団のメンバーの為にやってくれた事に怒るつもりは無い。

 それよりも、だ。

 お前の魔石ってのはどう言う事だ?」


 怖い顔をして詰め寄ってくるディカに、素早さが下がってしまう。


 やっぱり気になるよね〜って事で、ムアのネックレスに付いている真っ黒な魔石を見せて説明すると、まるで頭痛でもするかのように眉間に拳を当てた。


「………つまり、お前自身の魔石ならいくらでも作れると。

 これまで何人に言った? いや、そもそもいくつ作った?」


「ムアとリーチェとラグニィの分で3個だけだよ。

 話を一緒に聞いてたのはファルシュだね」


「……とりあえず、魔石はこれ以上軽々しく作るなよ。

 本来は死んだ奴からしか得られない物なんだからな。

 それと、この事は他の奴には言いふらすな、絶対だぞ」


 本当に理解しているか分からない子供に言い聞かせるようなディカに、思わず笑ってしまう。


「それファルシュにも言われたよ。

 分かった、むやみやたらに作るのは控える。

 あ、でもディカになら作ってもいいよ?

 第二拠点に合流するって事は、多分俺と一緒にゲルザード……ゲルのヌシの亜龍と戦う事になりそうだし」


「お前なぁ……。

 作ってもらえるならそれに越したことは無いが、アギトの負担はどうなんだ」


「一時的に魔力がゴッソリ減るくらいかな。

 それも1時間もしない内に完治するから安心なされよ」


 ディカは俺の言った事に半信半疑だったらしく、ムアに視線を向ける。


「ガゥ」


 大丈夫、とのムアの返事に、ディカはようやく信じる気になったらしい。


「……なら頼むが、無理はするなよ」


「分かってますって」


 4回目ともなれば慣れたものだ。


 魔力の消費量は変わらないが、自分の余力もある程度測れてくる。


 黒黒とした俺の魔石は、飛び上がった馬のようなピアスの目に嵌め込んだ。


 効果は瘴気を吸収するのと悪意への危機感知、そしてちょっと健康になる力だ。


 1つを完成させたところで、まだ魔力量に余裕がある事に気が付く。


「もういっちょ行くぞ〜」


「おいおい、大丈夫なのか?」


「ガウッ?」


 2人が心配してくれるが、魔力量的にまだ後1つは作れそうだ。


 丁度思い付いた効果があったので、忘れる前に完成させてしまおう。


 次に生み出した魔石は、同じくプラチナで出来たクナイのような短剣に嵌め込む。


「よし、出来た。

 これの効果は凄いよ」


 俺は手首から先を自切すると、そのクナイを腕に突き刺した。


 すると傷口が皮に覆われて膨らみ、メキメキと手が生え直す。


 無事効果が出たようで何よりだ。


「はい、あげる」


 満足のいく出来だったので、バイコーンの毛皮で小さな鞘を作り、セットで渡す。


 ディカは口をポカーンと開けていたが、押し付けられた再生クナイにハッとなった。


「お、お前はなんてもん作ってんだ……。

 さっきのあたしの話聞いてたか?

 これがどれだけ価値があるものか分かってないだろ」


「分かってるって。

 再生能力持ちは貴重なんでしょ?

 だから近接戦のディカに持っていて欲しいんだよ。

 使う機会が無いのが1番だけど、貰っておいて」


 片手にピアス、もう片手に再生クナイを渡されたディカは、重さを確かめるように握りしめる。


「……ありがとう、大切にする。

 だがマジで魔石系の道具はこれ以上作るなよ?

 ただでさえアギトの固有能力はおかしいんだから、これ以上迂闊な事は絶対にするな。

 絶対だぞ。

 お前達の為に言ってるんだからな。

 ムアも、こいつが安売りしようとしたら食い殺してでも止めろよ」


「ガウッ!!」


 元気に返事をするムアにディカは安心したのか、再び俺の目を見る。


「とやかく言ったが、感謝してるのは本当だ。

 ありがとう。 嬉しいよ」


 ディカはピアスを左耳に、再生クナイを腰にしっかり結び付けて見せてくる。


「うん、似合ってる。

 ディカの赤髪は透き通っていて綺麗だから、銀色のピアスに反射してよく映えるね」


「そうか?

 ありがとな」


 ファルシュはニカッと笑うと、思いっきり抱き締めてきた。


 それも先程とは比にならない万力のような力でだ。


 柔らかい感触に下心を覚えたのは一瞬で、すぐさま命の危機が迫ってくる。


「ちょ、死ぬ死ぬ。

 魔石出ちゃう」


「あ、すまん……」


 あっぶねー、ベアハグどころじゃないぞ。


 でも申し訳なさそうな顔をしているディカを見ていると可哀想になったので、気で全身を固めて両手を広げる。


「さぁこい!」


「お、おう。 行くぞ?」


 恐る恐る抱きしめてくるディカを安心させるように、俺も全力で抱きしめ返す。


 おや? 意外と背中もほっそりとしていて柔らかい。


 今更ながら異性の体とこんなふうに触れ合った事が無いので新鮮だ。


 そんな事を考えられていたのは一瞬であった。


 バシュッ


 聞こえてきたのは衣類が強く引っ張られた音のはずだが、伝わってきた衝撃は豪華客船を堤防と繋ぎ止めるロープの絶叫にも勝る。


 気で全身を固めているとは言え、今俺の体にはどれだけの力がかかっているのか想像も付かない。


 しかし俺の胸に埋めたディカの横顔は、まるでぬいぐるみを抱きしめる少女のようだ。


 ……これでは振り払うことは出来そうにないな。


「……ガゥ?」


 助けようか本気で迷ってるムアに、無事のグッドサインを送る。


 30秒か、1分か分からないが抱きしめ続けて満足したディカが離れた頃には、俺は体感1時間は経過していた。



●●●●



「っとと……」


「おい、大丈夫か?」


「ガゥ?」


 ふらついた俺を、ディカとムアが支えてくれる。


「やっぱり魔石を2つも作るのは無茶だったんだろ」


「全然そんな事無いよ?

 もう殆ど回復したし」


 今のダメージはベアハグの後遺症である。


 マジで死ぬかと思った。


 並の人間なら抵抗も許されずに爆散していただろう。


 だがそれを顔に出さないのが男というものである。


 それに、抱き締めている時の横顔を見てしまったら、とてもそんな事は言えんよなぁ。


「別に明日でもいいんじゃないか?」


「明日だと人目があるからねぇ。

 個人的に級長に話したい事があったんだよ。

 あ、いたいた」


 金城先生や他の生徒に用は無いので、暗がりから声だけを飛ばす。


 級長はしばらくキョロキョロしていたが、俺達に気付くと周囲を警戒しながら歩いて来た。


「多岐? どうしたんだよこんな夜中に」


「級長に依頼したい事があってさ。

 前話してた、ゲルの滅んだ文明あるじゃん?

 あれの続きが見つかって、お宝が眠ってそうだから級長に探り当てて貰おうと思って来たんだよ。

 依頼料は金貨1枚、見つかったお宝は俺とディカと級長の3人で山分けでどうよ」


「あたしもか? それより金貨1枚って……」


 ディカは払い過ぎだと言いたげに俺を見るが、級長の前だからか言葉を飲み込む。


 だがそんな心配はご無用だ。


「まあ聞きたまえよ。

 ディカが第二拠点に来るって事は、ゲルザード討伐……あ、多分リザードマンの親玉ね。

 そいつの討伐に俺とムアとディカで行く事になる。

 その親玉に辿り着くまでの道中に手のつけられてない宮殿があって、ちょっと覗いただけでもお宝が大量にあったんだよ。

 『依頼中に手に入れた物は見つけた冒険者の物』ってルールだから根こそぎ頂こうぜ、と」


「元は取れるのか?」


「十分以上と見てる。

 むしろ級長が居ないと、この利益は得られない可能性まであるし」


「俺の固有能力か」


「そ」


 級長の固有能力を説明するとディカは納得したが、新たな問題も出てくる。


「でも国軍の人間を連れてくとなると、復興派の連中は面白い顔をしないぞ」


「だろうね。 だから他の異界の民を買収して黙ってて貰うつもり。

 これでね」


 ムアが霧から取り出した山盛りのバケットを見て、級長は目を瞬かせた。


「これ……ポテチか? それにコロッケと、フライドポテト、ハッシュポテトまで……」


「芋づくしでしょ。

 ジャガイモっぽい芋が出来たから、思いつく限り作ってみたんだ。

 勿論、それだけじゃ胃もたれするから新鮮な野菜もあるよ。

 保存の魔法をかけてあるから日持ちするし、これプラス銀貨握らせれば、十分な口止めになるんじゃない?」


 我ながら荒い金遣いだが、見え透いた利益の為ならこの程度の投資は安いものだ。


「俺の分はあるのか?」


「さ、交渉に行こうか」


「え、ちょ」


 慌てて追ってくる級長を横目に、話しやすそうな金城に声をかけた。


「……多岐君か? 羽鳥君までどうしたんだ?」


「ちょっと美味しい話を持って来たから、異界の民集めてもらってもいいです?

 あ、可能であれば人目に付かない場所で」


「構わないが……」


 怪訝そうにしながらも馬車の中に招き入れられる。


 中には、絶賛くつろいでいる男子生徒達が居た。


 いや、飢えを誤魔化す為に寝そべっているだけなのだろう。


 復興派からの配給があるとは言え、1日3食食べられる日本とは違うのだ。


 今更ながら、俺はかなり恵まれていたようである。


 別の馬車に居た女子生徒達も揃った所で、本題……の前に自己紹介をする事にした。


「はい、どーも。

 皆と一緒に異世界に落ちて、存在も認知されぬままひっそりと生きて来た幻のシックスマンです」


 日本語での自己紹介に、生徒達が騒めく。


「ふむ、掴みはバッチリのようだ」


「どこがだ、何も情報がねーよ。

 コイツは多岐希。

 一応クラスメイトだが、バイコーンに追いかけ回されてはぐれて生活していたらしい」


「補足助かる」


「補足呼ばわりとはいい度胸だ」


 ゴスと脇腹を小突かれ見上げれば、呆れた様子のディカが居た。


「くだらない話をしてるのは分かる。

 さっさと進めろよ」


「へいへい。

 さて、わざわざ同級生を集めたのは級長をしばらく借りたいからなんだよ。

 第二拠点に合流する話は聞いてるね?

 その後に、級長を2日くらい連れ回すつもりなんだけど、その間級長の不在を外部に漏らさないで貰いたい」


 そこまで言うと、金城が小さく挙手した。


「はい、金城先生」


「何故羽鳥君を連れて行くんだ?

 それに、何故外部に漏らしたら行けないのかも教えて欲しい」


 ………ふむ。 ここは一捻り加えて返すべきだろう。


「級長が必要なのは、固有能力で前人未踏の地のお宝を探り当てて貰う為。

 そのお宝は俺とディカ……隣の美人さんね。 それと級長で山分けする。

 勿論、皆に協力してもらうからには分配もあるでしょう。

 そうなったら独立の為の資金にでも使うといいよ」


 金城は目を見開くが、直ぐに冷静さを取り戻す。


「前人未踏の地に行った羽鳥君が、怪我をするリスクはあるのか?

 それに、2つ目の質問の答えになってないだろう」


「おっと、説明不足だったね。

 あんたらを率いてきたあの豚、マルズロの耳に入ったら、せっかくの資金が横取りされる可能性があるでしょ?

 そいつを懸念したのさ。

 それと……」


 金城先生を視界の端に見据え、恐怖を煽る。


「怪我どころか、命の保証は無いよ。

 俺はこの世界に落ちて来た時、肩を抉られて失血死寸前でバイコーンを殺して時間を稼いで助かった。

 行動に移さなきゃ死ぬし、行動に移しても死ぬ可能性はある。

 命の保証が欲しいのであれば、独立はオススメ出来ないね」


 口を半開きにして顔を強ばらせる金城に、脅かし過ぎたかと反省する。


「ま、一緒に連れてくからには命の危険が迫ったら撤退の判断くらいは下すさね。

 脱線してしまったけど、黙っていてくれれば良いだけの依頼だ。

 俺から異界の民に支払えるのは1人銀貨1枚と……」


「ガウッ!」


 ムアが出した大きなバケットに、全員の目が釘付けになる。


「嘘だろ……」


 驚いたのは、呟きを漏らした男子生徒だけでは無い。


 全ての生徒、金城までもが知らず知らずのうちに身を乗り出していた。


「これはあくまで前金。

 本来の報酬は級長の頑張りにかかってるけどね」


 返事が無い。


 誰もが懐かしのジャンクフードの匂いに脳をやられてしまったらしい。


「ガウ」


「あっ……」


 ムアがバケットを収納した所で、再び視線が俺に向けられる。


「で、どうする?」


「羽鳥、頼んだ」


 男子生徒達はあっさりと級長を売った。


 女子生徒らも口には出さないが、頭の中は食事の事で一杯に違いない。


「じゃ、契約成立と言うことで」


 それぞれに銀貨を1枚づつ手渡し、確実に収納した後でバケットを渡す。


「はは……すげぇ……」


 真っ先にコロッケを頬張った男子生徒の目から、涙が溢れた。


「追加と鍋もここに置いとくよ……誰も聞いてないか」


 モグモグと頬張る異界の民らだが、日本人らしく座って行儀良く食べているのを見ると、懐かしさで笑えてくる。


 そして同時に、自分があの輪の中に居ない事実も実感した。


「邪魔しちゃ悪いしお暇しようか」


 馬車を後にし夜道を歩いていると、ディカが俺とムアの肩を組んで引き寄せてきた。


「さっきのやつ美味そうだったな。

 まだあるのか?」


 ムアが残っていたコロッケを俺達に渡し、ムア自らも頬張る。


「美味っ!

 すげぇなこれ!

 アギトの故郷の料理なんだろ?」


「うぬ。

 家の近くに50円……鉄貨1枚で2個買えるコロッケのお店があってさ、昔学校帰りに買って食べてたんだよ。

 懐かしいな」


 日本に居た頃は一緒に登下校する友人なんておらず、1人で路地裏や隣町まで自転車で寄り道して帰ったものだ。


 家には馴染めず、目的も無くただ彷徨うだけの時間だったが、それを悲観してなどいない。


 今になって考えれば、あの1人で黄昏れる時間が、俺の性格や考え方を作ったのだろう。


「美味そうな店を1人で探して食べ歩いてたんだよ。

 俺の居た国は美味いものへの追求が凄くてさ、銅貨1枚の値段で高級料理にも負けないような物が食べれたんだ」


「へぇ、どんなのがあるんだ?」


「そうだねぇ……やっぱり筆頭はラーメンかな。

 骨から取った出汁に色んな調味料を混ぜて作ったスープに、麺を浸して食べるんだよ。

 チャーシュー、ゆで卵とかをトッピングするんだけど、その具にも色々あってさぁ。

 個人的に油っこいチャーシューは嫌いなんだけど、かと言ってパサパサなのもいただけなくて……あ」


 一方的に話し過ぎたと思いディカの顔を伺う。


 だが見上げた俺の頭を抑え込むように、大きな手に撫でられる。


「いいから聞かせてくれよ。

 アギトの故郷の話」


 そうか、俺は……


 ムアを手招きして抱き寄せ、頭に乗っかるディカの手に俺の手を重ねる。


「……同じ料理でも、店によって味がガラッと変わるんだよ。

 材料がまるっきり違う事もあるし、食べ方が違う料理もある。

 あ、他にも寿司って料理があるんだけど、それは海の魚を生で食べるんだよ。

 他の国の人は好みが別れるみたいだけど……」


 情けない、と思わないくらいには吹っ切れた。


 ここにあるのは、分かりきった劇の真似事のようなやり取りだ。


 それでも心地が良いのだから仕方がない。


 先程馬車を後にした時の僅かな焦燥は微塵も感じない。


 改めて思う。


 こっちが俺の住処で居場所なのだ。


 だからこそ……


「いつか全部一緒に食べに行きたいね。

 地元ならその日の気分を言ってくれれば、どこにでも連れてってあげるよ。

 ま、可能性で考えたら俺がこっちの世界で再現した方が早そうだけど」


「そいつは楽しみだ」


「ガウッ!!」


 顔を見なくてもいい。


 視線など辿らなくとも、はぐれる事は無いのだろう。


 3人の歩幅は誰が言うまでも無く自然と揃い、見えずとも確かにある足跡を雪に残すのであった。

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