第69話 亜龍

「とまあ、そんな感じですわ」


 俺の報告を聞いたテルヘロスは天井を仰ぎ見た。


「………そのドラゴン……いや『ゲルザード』とでも名付けよう。

 アギトの感覚で構わない。

 どれくらい強かったんだ?」


「少なくとも金級以上ってとこだね。

 あ、でもムアと1体1で戦わせるには不安かな。

 俺とムア、それともう1人金級が居てくれれば万全だとは思う」


 この前、ムアの事を「少なくとも金級以上」と評価されていたのを思い出して付け足す。


「それと瘴気が濃すぎたから常人なら姿を拝む前に死ぬだろうし、ディカとかファルシュでも長時間ゲルザードのいた場所に居続けるのはおすすめ出来ない。

 ま、ここに居る面子には俺が言うまでも無いけれども」


 会議室に集まっていた騎士や兵士、有力な冒険者が唸りながら頷く。


 結界の外に出て瘴気に身を晒している彼らだからこそ、瘴気の恐ろしさは誰よりもよく分かっている。


 些細な体の不調は瘴気が濃くなるにつれて酷くなり、今では浄化作戦に赴いた者は全員必ず医務室に通うように義務付けているくらいなのだから。


 厳しい顔つきのバルガルフの騎士のオッサンが、重々しく口を開いた。


「無茶を承知で聞く。

 アギト殿、そしてムア殿のみでゲルザードの討伐は可能か?」


「分からん。

 少なくとも死なずに張り付き続ける事は出来るけど、如何せん俺とムアだと火力に限界があるんだよ。

 あんたらの前で披露したリザードマンを塵に変えた攻撃はあるが、相手は穢れに満ちたダンジョンの奥底に眠ってたドラゴンさんだ。

 当然耐性はあるだろうさ」


 そこまで話して、ふと気が付く。


「そういやファルシュは呼んでないの?

 ムアが抑えて俺が瘴気をたっぷり吸収してからファルシュに炎を叩き込んで貰えればダメージは期待できそうだけど」


 しかしテルヘロスはどう答えたものかと、口を開いては閉じる。


「何さ、もめたの?」


 ヴァートスに聞いてみるが、彼も言いにくそうに頭をかいた。


「別に大した話じゃないさ。

 ただ、ゲル浄化作戦は極力こちらの身内で事を収めたいというのが……まぁ、復興派の総意なんだ」


 確かに今の会議室にいるのは、冒険者含めて全員が国軍勢力に属していた者では無い。


 じわりと場に滲むのは『恐怖』の感情だ。


「あんたらの事情は知らんが、政治関連の事については突っ込まないようにするよ。

 ぶっちゃけ言ってしまえば、俺とムアでならゲルザードを討伐するのは可能だろうね」


 俺の言葉に会議室がどよめく。


「ただし、仕留めるのにどれだけかかるか分からないのが事実だ。

 それにその分の時間的拘束と、リスクへの報酬の上乗せはしてもらうよ」


 至極真っ当な要求に会議室の面々は黙る。


 その日、テルヘロスとヴァートスはそれぞれ鳩を飛ばして各方面の意見を集める事にして、会議は終了するのであった。



●●●●



 会議室を後にした俺はムアに声をかけると早足で自室へ向かう。


 部屋に入ると、ムアを追ってリーチェとファルシュも一緒にやって来た。


「扉閉めて」


「分かったが………何かあったのか?」


 後ろ手でファルシュが扉を閉ざしたのを確認して、ようやく腹を割る。


 物理的に、だ。


「ひっ」


 リーチェの短い悲鳴を、金属がぶつかり合う音がかき消す。


 俺の腹から溢れ出てきたのは、本日の戦利品であった。


 臓器や腹を再生させて一息つく。


「いやー焦った焦った。

 帰ってきたらそのまま会議室に連れてかれるんだもの。

 カチャカチャ鳴らないか心配で心配で仕方無かったわぁ」


 そう、俺は会議室で真面目な顔して話しながらも、腹にヘソクリを溜め込んでいたのだ。


 腸などの内臓を短くして減らしたせいで、会議中は身体に不調が出始めていた。


 それを再生能力で治しつつ老廃物は瘴気で塵にする乱暴な隠蔽を続けていたせいで、精神的にどっと疲れていたのだ。


 一応水洗いしてからムアに収納してもらう。


「あーすっきりした。

 はい、ただいま」


「おかえり…ってそうじゃ無いよ!?

 何して……ほんとに何してたの!?」


 リーチェは慌てふためきながらも、俺の腹の診察しようとする。


「フンッ、シックスパック」


「馬鹿な事しないの!

 もう……でも大丈夫そうならいいや。

 今日は何があったの?

 会議の後みんな慌ただしくしてたし、何かあったんでしょ」


「そうだよー。

 多分だけど、ゲルのヌシのドラゴンに会ってきた。

 ゲルザード君です」


「ほう、ドラゴンだと?」


 ファルシュの目が鋭く細められる。


「そ。翼は生えてなかったけど、角があって細くて筋肉質。

 酸のブレスも吐いてたから、リザードマンの上位種なんじゃないかな。

 あとめっちゃでかかった」


「鱗は無かったのか? 爪は?」


「鱗は無かったよ。 リザードマンの皮のもっと頑丈な感じ。

 爪は見てないけど手はあった」


「なら恐らくそれは亜龍だ」


「「亜龍?」」「ガウ?」


 俺達の疑問に、長命のファルシュ先生が説明してくれる。


「そもそもドラゴン、正確には龍種は精霊を惹き付け、精霊を介して力を行使する。

 その点今回発見されたゲルザードは瘴気の奥底を住処としていたのだろう?」


「そうだね。 濃い瘴気の中でも健康そうだったよ」


「しかし瘴気の中では精霊は殆どおらず、龍種も力を失う傾向にあるのだ。

 暴れ狂いその地を離れて理性を取り戻すか、瘴気から逃れられずに力尽きるか、理性を失い暴れ狂う別のナニカに変わり果てるくらいだろう」


「なるほどねぇ。 理性が残ってるから喋れたのか」


 納得納得と頷いていると、ファルシュが険しい表情をしている。


「……喋ったのか?」


「『人間……』って言ってた。

 それにいろんな負の感情を目でしっかり呪いとしてぶつけて来たし、理性があるのは確かだよ」


「そうか……ならはリザードマンの中でも相当上位種の可能性がある。

 無事に戻って来れて良かった」


 躊躇いながらもファルシュは俺の肩に手を置いて労ってくれるが、大袈裟すぎやしないだろうか。


「でも亜龍なんでしょ?

 そんなに強くないのでは?」


「そんな訳無い。

 進化や成長の結果龍種に姿形、能力が似ただけであって、決して龍種の下位互換では無いのだ。

 もし討伐するならばアギトとムアに加えて、私かディカ殿がいた方が良いだろうな」


 やっぱりそういう見方になるよねぇ。


「明日、私からも助言しておこう」


「あ、それは……」


 言いかけて迂闊だったと気付く。


 テルヘロス達復興派は、ファルシュの力を借りずに解決したいと考えていたのだ。


 しかしここまで話して、理由も言わずに引き止める方がよろしい結果には行かないだろう。


 言葉を選びながら復興派の行動方針を伝えると、ファルシュは別の所に噛み付いた。


「私が復興派に恐れられているのは重々承知だ。

 それよりも問題なのは、アギトとムアだけでゲルザードの討伐に向かわされる可能性がある事だろう」


「そうだよ!

 アギトはリスクがあるって言ったのに復興派の事情で危ない目に合わなきゃいけないんでしょ?」


 ファルシュだけでなくリーチェまでも憤りを顕にし、今からでも会議室に怒鳴り込みに行きそうだったので慌てて宥める。


「まだ決定じゃ無いし、それに復興派勢力の金級ならディカがいるでしょ?

 もしかしたらディカが第二拠点に合流するかもしれないし、そう悲観する事は無いさ。

 それに俺とムアが負けると決まった訳じゃ無いよ?」


「ガウッ!」


 元気に答えてくれるムアと共に安心させようとするが、2人はまだまだ渋い顔だ。


 埒が明かなさそうなので、話を逸らす事にしよう。


「ま、俺達だけで行かされる可能性も考慮して、ムアにもお守り作っとこうか」


「お守り?」


「リーチェに渡したネックレスだよ」


 それを聞いて、リーチェは襟を広げてネックレスを抜き取る。


 開いた胸元の眩しさに目を逸らすが、男のチラ見はしっかりバレていたらしい。


 耳を赤らめながら襟元を直すリーチェにいたたまれなくなり話を戻す。


「そう、それ。

 瘴気を吸い取る機能を強くしたのを作れば、ムアも万全の状態で戦えるでしょ」


 ムアに先程俺が腹から出した装飾品を出してもらい、プラチナのチェーンと大きな宝石をあしらわれた指輪をチョイスする。


 後は魔石を容易し、効果を付与するのだが……


「ちょっとグロいけど見る?」


「見る。 私の時も同じ事して作ってくれたんでしょ?

 見る」


 リーチェは即答にて頑とした意思を示した。


「ファルシュは…」


「今更驚くようなグロいものがあるのなら、むしろ見てみたいくらいだ」


 との事なので心配は無いだろう。


「では早速」


 まずは手から伸ばしたぶっとい血管の先に、心臓をぶら下げる。


 その心臓に魔力を注ぎ込むと、心臓の横に張り付くようにして光沢のある黒い塊ができ始めた。


 これが魔石だ。


 しかし今の状態ではスッカラカンで、臓器としての形があるだけの魔石である。


 ここに魔力をグングン捩じ込んでいくのだ。


 溜め込んでいた瘴気や負の感情を魔力に変換しつつ魔石の密度を上げ続けてしばらく、ようやく納得のいく魔石が完成した。


「ふぅ。

 はい、魔石はこれでおっけい。

 後は宝石をすげ替えて、瘴気の吸収を魔石に付与すれば……ムア、こっちに来て」


 指輪にチェーンを通して、ムアの首に首輪のようにかける。


「おお、いいんじゃない?

 ちょっとチンピラっぽくなったけど……まぁいいでしょう」


「ガウ?」


「うん、似合ってるよ。

 ほら」


 水で全身鏡を作って見せていると、ファルシュが頭痛でもするかのように額に手を当てていた。


「……アギト、あまりこの事は触れ回るなよ。

 悪用しようとする輩が後を絶たないだろうからな」


「そりゃ勿論よ。

 仮にも俺の魔石だからねぇ。

 使って欲しい相手にしか渡さんさ。

 あ、ファルシュならいいよ?」


 だがファルシュは溜め息をついた。


「精霊を見る事が出来る私だから分かるが、アギト。

 お前、相当無理しているだろう。

 固有能力のおかげか後遺症にはなっていないが、お前がしている事は神格に至っていない身で加護を与えているのと同じ事だぞ」


「加護?」


 またピンと来ない言葉が出て来たな。


「加護とは、自身の中に完結した流れを作り出した神格が、自らの力を分け与える事を指す。

 それも表面上の魔力では無い。

 自身の魔力を増やす機関、言わば魔石を切り離して与えるようなものなのだ。

 かく言う私も、神格の加護を受けているしな」


「そうなんだ? 凄いね」


「凄いねって……あ、そっか。知らないもんね。

 ファルシュは『ヴォルタクトス』の加護を持ってるんだよ」


 『ヴォルタクトス』?


 どっかで聞いた名前だ。


 確か……


「ガウッ、ガウゥ」


「ああ、テルヘロスが言ってた炎の神獣ヴォルタクトスか。

 めっちゃ凄いじゃん」


 凄いねー、と感心する俺とムアに、リーチェは呆れたようにため息をついた。


「どれだけ凄いことか分かってないでしょ……」


「いいじゃないか。

 これくらいで驚いたりはしないのがアギトとムアだろう?」


 一方で自分の事なのに軽く笑うファルシュは、自身の頬の鱗を指でなぞった。


「この鱗の事も気に止めていないしな」


「オシャレだと思うけどねぇ。

 てかさっきの話の流れからいくと、その鱗はヴォルタクトスの加護の影響なんだ?」


「そうだ。

 昔はこの鱗を見て嫌悪する奴もいたが、今では私の方が恐ろしいらしい」


 自嘲気味に笑うファルシュだが、それは俺にも言える事だ。


「それを言ったら、俺にだって通ずるものがあるよ。

 俺達は素行が悪いから」


 牙のマスクを指させば、ファルシュは「それもそうだな」と苦笑する。


「2人とも好き放題しすぎだよ。

 それより…」


「アギト! 今いいか?」


 リーチェの言葉を遮り聞こえてきたのは、覚えのあるリニーウ軍の兵士の声だ。


「はいよ」


「入るぞ……っと!?」


 兵士は入るなりファルシュに気付いてたじろいだ。


「……邪魔したな。

 私は見回りに行ってくる」


「あー……すまん」


 だが気を使い退室するファルシュを止めたのは、他ならない兵士であった。


「失礼しました。 ファルシュ様も同席して頂いて構いません」


「? なら居座るが……」


 居座るんかい。


 流れるように元いた席へ座るファルシュと同様に、兵士にも椅子を生やしてやるが彼は首を横に振った。


「そんなに長くなる話じゃ無いから大丈夫だ。

 実は、急遽本拠点を第2拠点に合流させることになってな。

 ムアに物資の移動を依頼したいんだ。

 頼めるか?」


「……グルゥ」


 だがムアはあまり乗り気では無いらしい。


 その理由は言わずとも分かっていた。


「それって俺も一緒に行っていい?

 依頼料はムアの分だけでいいからさ」


「元々2人に出す依頼だったから構わないぞ」


「ガウッ!!」


 聞いた!? と喜びを露わに飛びかかってくるムアを抱きしめて撫で回す。


「それで、いつ行けばいい?」


「今日の夜に頼めるか? 明日の朝本拠点を出発したいとの事だ」


「おけー。 リーチェはどうする?」


「こっちで待ってる。

 ファルシュが寂しがるだろうし」


 噂の金級は孤高の存在では無くただのコミュ障だと知っているリーチェに、ファルシュは拗ねたようにむくれる。


「別に何も変わらない。

 ……今までのように過ごすだけだ」


「悲しいよ! 一緒にいよーよ!」


 ベタベタするリーチェから顔を背けつつも、抵抗をしないのが何よりもの返事だろう。


 これではどちらが年上か分からない。


「んじゃ、俺はここで……ってそうだ、依頼料は聞かなくていいのか?」


 去り際に振り返った兵士にヒラヒラ手を振る。


「いいよ。

 多分この依頼はリニーウ親子のどっちかからでしょ。

 だったら大丈夫」


「そうか……。 分かった、では頼んだぞ」


「うい」


「ガウッ!」


 その後、日が完全に沈む前に俺とムアは第二拠点を後にするのであった。

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