第68話 文明の残滓

 リザードマンが押し寄せてきた翌日の朝。


 第2拠点の面々は、結界の再設置に追われていた。


 除雪して切り開かれた道は跡形もなく泥に変わり果てており、更にその泥が凍ってしまうせいで作業は困難を極めていた。


 普段は扱いに困って警備に回されているファルシュも参加してバンバン炎を放っている。


「リザードマンはもう殆ど居ないんだな」


「昨晩殺しまくったからねぇ」


 地面に突き刺したスコップにもたれ掛かる兵士は、どうやらサボりに来たらしい。


 大欠伸した口に飴玉を弾き込む。


「ムグッ」


「休憩はおしまい。

 ほら、さっさと働いて来い」


「へいーす」


 他にサボりは居ないかと見回っていると、なんとヴァートスが靴を泥で汚しながら歩いていた。


「こらこら、高貴なご身分が何してんだよ」


 至極真っ当な事を言ったつもりなのだが、ヴァートスはゲンナリした表情を浮かべる。


「アギトまでそんな堅苦しい事言わないでくれ……」


 む、ならば……


「雑魚が外をほっつき歩くんじゃない」


「貶されたい訳でも無いんだがな」


「で、何でこんな所にいるのさ」


「本拠点の使いと話していたついでに外の様子を見に来たのさ」


 聞けば、昨晩の大量のリザードマンは本拠点の方には殆ど行かなかったようだ。


 マルズロはまだ帰って来ておらず、平和そのものらしい。


「なら良し。

 てか今ファルシュが見てくれてるし、俺ダンジョンのあった方見てきていい?

 昨晩でどれくらい間引けたか確認したい」


 ヴァートスは少し考え込んだ後、広範囲を防衛出来るムアを残す条件で許可を出してくれた。


「そゆ訳でちょっくら行ってくるわ。

 昼過ぎには帰るから」


「ガウッ!」


「気を付けてね〜」


 雪を溶かしていたリーチェとムアに手を振り、ついでにファルシュにも手を振り、俺は瘴気溢れる森の中へ入る。


 少し先の景色すら霞む程濃い瘴気の景色の中で、目印に選んだのは木だ。


 うーんダメそう。


 なんて事は無く、通ってきた木に固有能力で印を付けるのである。


 木から木へ飛び移りながら進んで行くと、木が1本も生えていない場所へ辿り着いた。


 瘴気で霞んで見えないが、あの角張ったシルエットは自然の造型物にはそうそう見られない。


「よっ、と」


 木から飛び降りれば、靴に伝わって来るのは硬い石の感触。


「なるほどねぇ。 こうなったのか」


 かつて俺が足を踏み入れたダンジョン地下一階の古代都市が、そのまま地上に吐き出されていた。


 俺が1歩踏み出すと、まるでセンサーでも踏んだかのようにリザードマン達がワラワラと顔を覗かせる。


 全て武器を持った上位種だ。


「グガッ!! グガァァァ!!」


「はいはい、熱烈な歓迎どーも」


 飛んでくる魔法や酸を瘴気で相殺しながら歩みを進める。


 遠距離攻撃では効果が薄いと判断したリザードマンは槍や剣を持って近付いてくるが、それこそ悪手だ。


「グゲ…」


 俺の瘴気に飲み込まれたリザードマンは、触れた先から黒く染まりドロドロに溶けて消えた。


 物騒な光景だが、瘴気地帯での長期間の滞在は、俺の固有能力を更に強化している。


「グゴォォォォ!!!」


 雑魚を当てても歯が立たないと悟ったのだろう。


 上位種のリザードマンが、巨大リザードマンに跨って突進してくる。


 俺は瘴気を再び放つと、巨大リザードマンに向けて『怒り』で暴走させた。


 その瞬間、巨大リザードマンの姿が掻き消える。



 ドゴォォン……



 内臓まで響く轟音が、爆風と共に廃墟街を駆け抜けた。


「ふむ、えぐい」


 廃墟を派手に破壊して吹き飛んだ巨大リザードマンは、ごっそり抉られた肩から砂になるように崩れて消えてしまった。


 我ながら強くなったものである。


 しかし巨大リザードマンの死体が完全に消えた時、乱暴に倒したのを後悔した。


「あーあ、こりゃ修復は難しそうだねぇ」


 崩れてしまった廃墟の中から、崩れた壁画を見つけたのだ。


「そういやライゼンが俺の服を直してくれたけど、あの魔法って普及してんのかな」


 この世界に歴史的文化財を大切にする考え方があるかは分からないが、誰かが物を治す魔法を使えれば良いのだが。


 確か物の記憶を見るとか何とか……


「級長なら出来そう。

 出来るかな? 級長に出来ないことなんかないだろうな、知らんけど」 


 どっかのタイミングで連れてこれば、きっと喜ぶだろう。


 ………我ながら独り言が多いな。


 日本にいた頃は1人で何処にでも行っていたのに、この世界ではムアがいるのが当たり前になってしまった。


 ムアもシンズに荷物を運んでいる間はこんな気持ちだったのだろうか。


 出来るだけ早く帰って、抱きしめてやらねばならない。


 ムアと言うホームシックに苦しんでいると、気付けば街並みの境目に来ていた。


 比較的背が低くて質素な豆腐建築や、ボロボロの牢屋が並んでいる。


 どうやらここから先は、かつて飛び降りた2層目が露出しているようだった。


 元2層目に踏み込むと、通路の向こうから見知った顔が元気に駆けてくる。


「お、ヤッホー。

 元気してた?」


 歯を剥き出しにして笑顔を浮かべるスケルトンを、全力のハイタッチで粉砕する。


 ゴロリと転がるしゃれこうべは、どいつもこいつも同じ顔である。


 この調子で進み続ければ、ダンジョンのまだ見ぬ下層が地表に現れていそうだ。


 ならばノロノロ散策する理由も無い。


「よっ」


 足の裏に溜めた気を『怒り』で暴発させ、高く飛び上がる。


 同じ事を空中で繰り返し、ハウ〇様のようには行かないが空中散歩を楽しんでいると、次の下層の境目が見えてきた。


 土を被ってはいるが、豪華な宮殿が並んでいる。


 聞いた話では城の内装のようだったらしいし、あれが噂の3層目になるのだろう。


「ムアがいた方が良かったかな」


 これより先は殆どが前人未踏の地。


 宮殿というのも相まって、中には貴重品が多数あるに違いない。


 出直すか?


 わざわざ得られる利益を無くしたくは無いなぁ。


 それにお宝収集はロマンだし。


 少し中を覗いてみれば、案の定高級そうな食器やよく分からんオブジェが通路に飾られている。


 部屋を数箇所回れば、風化しかけているタンスの中などに幾つもの貴金属があったので、目に付く範囲で回収する。


 もう少し漁ろうかとも思ったが、俺が体内に隠し持てる限界に達したので、大人しく本来の仕事を再開する事にした。


 再び跳躍すると、ズンと腹に重力を感じる。


「うっ、食べ過ぎたか」


 腹こそ出ていないものの、体内にしっかりと金属の重さを感じる。


 こりゃ無茶な動きは出来んな。


 宮殿エリアはあっという間に終わり、次に見えて来たのは岩をくり抜いたような不思議な建築物だった。


 全体的なフォルムは丸っこいが、確実に自然物では無い穴が空いているの。


 地上に降りれば、足が僅かに沈む感触がした。


「砂?」


 先程までは石畳だったのに、突然砂。


 岩をくり抜いて作られた家のようなものは、触れてみれば僅かに湿気っている。


 これはもしや……


「リザードマンの文明か」


 新たな可能性に俄然興味が湧き、岩家にお邪魔してみる。


 明かりを灯せば、中にはコケが敷き詰められた寝床と、作業台のような平らな岩が置かれていた。


 家主は不在らしい。


 火の痕跡こそ無いものの、意外と文明的な生活をしていたようだ。


 貴重品は見当たらなかったが、級長を連れてこればリザードマン達の生活が知れるかもしれない。


 もっとしっかり探せば何かしら分かるのかもしれないが、生臭すぎて鼻が曲がりそうなので撤収し、更に大きな岩家に入る。


 殆どは寝床か武器庫だったが、最奥の部屋に面白いものを見つけた。


 質素な部屋で明らかに浮いている、人間の価値観から見ても豪華な椅子が構えていたのだ。


 曇ってくすんではいるがプラチナと思われる金属で骨組みを作り、宝石で飾られたその椅子は、人間とリザードマンの繋がりを示す物に他ならない。


「これは結構な大発見なのでは?

 パクるか」


 しかし流石にデカすぎて無理なので、今度ムアと来た時にでも頂くとしよう。


 俺は後世の歴史の教科書で罵られるべき存在である。


 ある程度好奇心を満たしたので外に出ると、丁度リザードマン達の帰宅時間だったらしい。


「あ、どーも……」


 シレッと帰れば許されるかなーと思ったが、返事は酸性の液体であった。


「ですよねー」


 瘴気を散らし、手当り次第塵に変えて行く。


 彼らからしてみれば、俺は住宅街に突然現れた殺戮者なのだろう。


 だがふと疑問に思う。


 このリザードマンの上位種達に、そこまでの知能があるように見えないのだ。


 道具こそ使えど、あの岩家の中の設備を使いこなせるようには思えない。


 寝床に敷かれた苔こそ新しかったものの、作業台の表面にはカビと塵の層が出来上がっていた。


 今いるリザードマン達は、無人の岩家に住み着いているだけなのかもしれない。


 そうなれば、元の持ち主は誰かとなる訳で……。


「もうちょい奥まで見てみましょうかね。

 完全に前人未踏の地だろうし」


 帰りが遅くならないようにだけ気を付けて、まだまだ奥へ進むとしよう。


 岩家を飛び越え、瘴気の霧を吸収しながら奥深くへ潜ってゆく。


 だが瘴気が濃くなるにつれて最早地面も見えなくなり、仕方無く足を止めた。


「凄。 片っ端から吸収してんのに消えやしねぇな。

 てかこの瘴気の密度じゃ、常人なら息も出来ずに死ぬのでは?」


 小手先で瘴気を吸収してもキリが無いので、足は止まるが最終手段を取る事にした。


「よっ、と」


 何時ぞやの骨肉ジャングルジムを展開し、より広い面積で瘴気を吸収する。


 効果は劇的だった。


 足元から付近の構造物まで、視界がみるみる澄み渡っていく。


 そうして現れた建造物には、見覚えがあった。


 周囲にそびえ立っていたのは、かつて俺がディカにケツを蹴られながら目を垂らして発見した、未知の下層の街だったのだ。


 構造は岩家に似ているがその殆どが3階建て以上で、チラホラ見える彫刻の残骸からある程度の文明レベルがあったのだと伺える。


 しかし惜しむらくは、その殆どが崩れてしまっている事だろう。


「リザードマンの形してるし、リザードマン信仰……いや、リザードマン自身の文明もありうるのか」


 だがそれら彫刻がどれも古く壊れかけている事から察するに、少なくとも今のリザードマンの上位種にはそれら文明に至る知識は無いのだろう。


「カメラ持って来れば良かったな。

 級長なら……流石に持ってないか。

 …………ん?」


 メキメキ生やしていた骨肉ジャングルジムの先端がナニカにぶつかった。


 壁……では無さそうだ。


 瘴気が濃すぎて気付かなかったが、その巨大な何かからは、触れただけで常人なら気が狂うであろう怨嗟が放たれている。


 姿を拝もうと近づけば、現れたのは壁と見紛う程巨大な何かの皮であった。


 光を当ててみれば、その皮はメタリックなエメラルドグリーンの光沢を放っている。


 魔力ソナーの反応から推測するに、少なくともこいつの胴回りは十メートル以上はあるらしい。


「蛇かな? 何処ぞの古龍みたいな。

 せっかくだし顔も拝みたいね」


 壁伝いもとい皮伝いに歩いていると、突然地面が揺れ始める。


「おっとぉ?」


 地面の揺れを受けたくなければ、地に足をつけ無ければ良いだけの事。


 気を蹴って舞い上がり見渡そうとすると、先程まで俺がいた場所を巨大な尾が薙ぎ払った。


「ちょ、文化財ー!?

 うわっ!」


 ズォン


 遅れて届いた暴風に吹き飛ばされかけるが、瘴気を暴発させて何とか体勢を立て直す。


「あー酷い目にあった……。

 って、ああ。 そゆ感じね」


 とんでもない量の瘴気が吹き飛び、ようやく見えた皮の正体に納得した。


 現れたのは、これまで見たどの個体とも比べ物にならないくらい巨大なリザードマンだったのだ。


 いや、頭上からは突起が2本生え、全身は巨体ながら引き締まっているその姿はまさに……


「ドラゴンか」


 洗練されたフォルムと強大な命の圧迫感にひたすら感激していると、ドラゴンの口がこちらに向けて開かれた。


「え、それは聞いてない」


 気を蹴って身を翻せば、吹き出された何かが高速でかすめてゆく。


「まじですか」


 威力を測ろうと瘴気を通過点に置いていたのだが、余裕で貫かれた。


 相殺すら叶わないらしいその射出物は、軌跡から漂ってきた痛みすら感じる刺激臭から判断するに特濃の酸のようだ。


 さて反撃をと身構えたところで、ドラゴンからの追撃が来ない事に気付く。


 降り立ち正面から見返すと、ドラゴンもまた濁った黄色い瞳を憎々しげに歪めた。


 強烈な『怒り』『憎しみ』そして『悲しみ』が呪いとなって押し寄せてくる。


 しかし生憎、これは俺には養分に他ならない。


 それよりも気になった事があった。


「………驚いたね。

 こんなに濃厚な瘴気に蝕まれながら、ここまで複雑な感情を抱く事が出来るなんて。

 俺の言葉は分かるかい?」


『…………』


 答えは沈黙らしい。


 しかし一向に襲ってくる気配も無いので睨めっこをしていると、散らされた瘴気が再び立ち込めて来た。


 戦闘再開……って気分じゃないし、出直すとしよう。


「んじゃ、俺は帰るよ。

 近々また来るけど、その時は殺すかもだからね」


 瘴気で霞む巨体に背を向け飛び上がる。


『………人間……』


 僅かに聞こえた怨嗟は、空気に溶けて瘴気の一部となる。


 豊潤な呪いを胸いっぱいに吸い込み、第二拠点へ引き返すのであった。

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