第10話 初仕事
記念すべき第1件目の依頼は、王道のゴブリン退治となった。
「ここら辺の道にゴブリンが住み着いたから殺ってくれ」という依頼だ。
ゴブリン自体は森で過ごしていた時に出くわしては皆殺しにしていたので、狩り慣れたものだ。
ちなみにゴブリンは繁殖の為に他種族を襲う……なんて事は無く、食肉として人間を襲ってくる。
森に住む彼らにしてみれば、人間は貴重な塩分だ。
ライゼンと暮らしていた時にも、繁殖力が高いゴブリン達は見つけ次第即滅殺していた。
もし放置していても、どうせバイコーンに食べられていただろうが。
依頼を今日中に終える為に、ムアに乗って林道を駆け抜ける。
しばらく走っていると、道の脇に看板が現れた。
「お、『ギニンまで残り半日』って書いてあるし、この辺りかな」
ギルドで聞いた話では、看板の近くにゴブリンの群れが出るらしい。
『追って巣まで破壊せよ』との指示を受けたので殺意MAXだ。
「よっ」
ムアから飛び降りる俺の背後でアルが転げ落ち、大地に接吻した。
「グフッ」
「死んだか」
「……勝手に殺すな」
アルは文句を言いつつ起き上がると、膝に手を着いてゼーハーゼーハー言っている。
顔面の土を払う元気も無いらしい。
早速辺りを見回してみると、道の脇に生えていた膝くらいある草むらがなぎ倒されている。
荷車のタイヤ痕が確認できるが、わざわざ道を外れて森の中へ行く理由など皆無だ。
「俺が先行くから、ムアは何時でも回り込めるようにしといて」
「ガウ」
草むらに足を踏み入れるとアルもようやく息が整ったのか、弓に矢をつがえて静かに着いてきた。
少し進むと、ツンと鼻につくすえた臭いがしてくる。
雑草の隙間から覗いてみると、ボロ布で張ったタープもどきが見える。
その下にゴブリンの群れがいた。
数はパッと見でも10匹以上、中規模な群れだ。
「こいつは放っておけば爆発的に増えるぞ……。
今発見出来て無かったらやばかったな」
アルの言う通り、ねずみ算式で増えるゴブリンは、放置すればする程多くの食料を求めて人を襲う。
もし発見が遅れて大規模な群れになってから対処しようとなると、かなり面倒なのだ。
……と、ライゼンから聞いたことがある。
「その通りだね。 じゃ、早速行こうか」
腰の化石棍棒に手をかけると、アルが慌てて肩を掴んで引き止めてきた。
「おい、正面から突っ込むつもりか?」
「うぬ。 ムアがもう回り込んでるから取り逃しの心配は無いよ。 足元見てみ」
気付けば、辺りには薄ら霧がかかっている。
言わずもがな、ムアの霧だ。
「そう言うことじゃ無くてだな…」
「あ」
長々と話していると、見張りのゴブリンと目が合ってしまった。
「ビギァァァァァ!!」
絶叫が森の中にこだまする。
「汚ない声だね。 下痢の音の方がまだマシだ」
「やな事考えさせないでくれ、よっ!」
飛び出す俺の真横をアルの矢が追い抜き、ゴブリンの眉間に突き立った。
まず、一匹。
群れから距離のあった一匹が仕留められたとなれば、俺の獲物はその群れだ。
「おいっ!?」
アルが慌てる声を無視して、群れの先頭の一匹に突っ込んで行く。
「よいしょー!」
手前の一匹に、気と魔力で練り上げた蹴りを食らわせ小さな体を爆散させる。
肉片や臓物が舞い、血飛沫の目隠しとなった。
その僅かな猶予の中で、俺はライゼンから貰った固有能力を行使する。
「来いっ!」
地面に着いた両手に大きな根が盛り上がって触れるのを感じ、それに勢いよく魔力をぶち込んだ。
俺の魔力を吸った根が膨れ上がり、土ごとゴブリンを巻き上げて吹き飛ばす。
地面が爆発したような光景に、やった自分自身呆気にとられてしまった。
おぉう、まじか。
根っこを隆起させて転ばせるつもりだったのだが、予想を遥かに上回る状況になってしまったのだ。
「はっ、いかんいかん」
ゴブリン達がひっくり返っている間にグチャグチャッとトドメを刺しておく。
辺りには自らの成長速度に耐えきれず爆散した木片が散らばっている。
これでは種から植物を育てて果物を好き放題食べるなど、かなり先の話になりそうだ。
要練習せねばならない。
「すげーな!? 何だったんだ今の」
「俺の固有能力だよ。 まだ奥に居るみたいだし、追い討ち急ごうか」
モタモタしていると、ムアに狩り尽くされてしまう。
せっかくギルドで大見得切ったのだから、俺も働かなければならない。
「魔石を剥ぎ取るのは後にして、先に制圧しちゃおう」
「それがいいだろうな。
……ん? こいつは……」
アルが何か見つけたらしい。
よく見れば、枝に葉を被せて洞穴が隠されている。
「巣穴か。 流石アーチャー、目がいいね」
「褒めなくてもいいぜ。
遠距離武器は、細かな異変を察知して知らせるのも仕事のうちだ。
アギトは今までムアと組んできたんだろうが、そのうち合同依頼で遠距離の奴から指示を飛ばされる事があるだろう。
何でもかんでも従えって訳じゃねぇが、ある程度耳を傾けとけば、いざって時に足元をすくわれずに済むぜ」
褒めるなとか言っておきながら、ノリノリで先輩面するじゃないか。
ありがたい話ではあるので、頭の片隅には置いておくとしよう……っと!?
「ちょっと失礼!」
巣穴の中から何かが凄まじいスピードで接近してくるのを感じて、アルを突き飛ばす。
「うおっ!?」
間一髪アルの横を掠めたそいつは、俺の左腕をかっさらって、巣穴から飛び出してきた。
180は超えるであろう高身長に、引き絞られた筋肉と長い手足。
顔面偏差値関係無しに雰囲気だけでモテそうなそいつは、残念ながら人間社会では通用しないであろう緑色の肌をしていた。
「ホブゴブリン!?」
「だね。 よくもやってくれた……なっ!」
ホブゴブリンが振り返る前に、魔力と気で強化したヤクザキックをお見舞いする。
ポーンと飛んで行ったホブゴブリンは木に腰をしこたま打ち付けると、ズルリと滑り落ちた。
鈍い音を立てて落ちた大きな鉈を見るに、どうやら俺の左手を切った獲物はあれらしい。
「頑丈だね。 ゴブの上位種なだけある」
しかしホブゴブリンも今の一撃は応えたようで、腰に手をやりながら木の根元で呻いている。
小さく丸まった背中は、腰をやったおっさんに見えなくもない。
「こうして見ると哀れだね。 同情して見逃す人間がいるって話も頷ける。
俺はしないけど……ねっ!」
ガラ空きの頭に棍棒を振り下ろすと、緑色の肌も相まってスイカ割りのような光景が広がった。
骨棍棒を使い始めてまだ日は浅いが、確実に上達は出来ているようだ。
「いっちょあがり」
「アギト! 早く止血しないと!
すまねぇ、俺のせいで……」
慌てふためきながら腰のポーチを漁るアルを手で制すも、その手は肘から先が無いことを思い出す。
「大丈夫大丈夫。 ほら、見てて」
断面に魔力を込めると、そこからメキメキと皮が膨らみ始めて手袋を付けたようなゴワゴワした手の形になり、外側の皮がゴソッと落ちて新しい手が出てきた。
「お……おま……」
アルは驚いて声が出ないようだが、俺もびっくりである。
魔法や気の訓練をしている時に、バイコーンにオテテやアンヨをムシャムシャされる事は何度かあり、その度に生やして直していた。
しかしその時はこんな治り方はしなかったのだ。
もっと血やら透明な汁などよく分からん体液が滴り、肉と皮と骨がのたうち回るようにせめぎ合って生え直したはずだ。
当然、めっちゃ痛い。
しかし今回は痛みは緩和され、グロさもそんなに無く、しかも魔力の消費量まで節約されたときた。
原因は間違いなく、ライゼンから貰った固有能力だろう。
しかしライゼンから聞いた話の中に、手足を生やしたりするような内容は無かったのだが……。
「んー?」
爪まで綺麗に生え揃ったツルピカの手をしげしげ眺めていると、アルが心配そうに顔を覗き込んできた。
「や、やっぱり違和感あるのか?」
「全然? 超元気。 俺の固有能力の一つが、身体を治すやつなんだよ」
それでもなおアルは心配そうに俺の手をチラチラ見ていたが、無視してホブゴブリンの死体を足でひっくり返す。
「ちゃっちゃと魔石回収しようぜ」
「そ、そうだな」
生命力の抵抗が消えたホブゴブリンの胸を魔法で切り開いて、濁った茶色い石を取り出す。
言わずもがな、魔石だ。
「そう言えば追撃が来ないな。 さっきのホブゴブリンで最後だったのか?」
「うん。 あれがムアから逃げてきた最後の一匹だったからね。 穴の中みてごらん」
アルが覗き込んだ巣穴からは、白いモヤがモクモクと溢れている。
それが巣穴の奥に引いたかと思うと、向こうの茂みからムアがやってきた。
「おつかれさん。 そっちはどうだった?」
「ガウッ!」
満足げなムアが引き連れてきた霧には、死屍累々が浮かび上がっていた。
ゴブリンは俺達が倒した倍、ホブゴブリンに至っては3匹もいる。
「うわっ、凄いな……。 あれ、でもこいつら外傷が無いけど、どうやって殺したんだ?」
「肺に霧を吸い込ませて、そのまま酸欠にでもさせたんでしょ。 ウチの子は有能だからね」
「怖すぎるだろ………」
突然息ができなくなる恐怖を想像して、アルは身震いする。
それから、ムアのゴブリンの魔石も全て剥ぎ取った2人と一匹は、夕暮れの森の道を早足で帰るのであった。
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