第9話 初めの旅路

 ライゼンの眠る家を後にした俺達は、ムアに跨って森の一本道を疾走していた。


 出立を決めたはいいものの、森の外の土地勘が全く無い俺達は先日助けた行商人、ポルトとアルに合流しようと考えたのだ。


 あわよくばそのまま『ギニン』の街とやらに入れればいいなという目論見である。


 馬どころかバイコーンの倍以上早く走れるムアに乗って見る森の木々は、飛ぶように後ろへ流れてゆく。


 走り続け日が傾いてきた頃に、暗闇に浮かぶ火を見つけた。


 駆け寄ってみれば、やはりポルトとアルであった。


 暗闇から猛スピードで現れた俺達に、2人とも腰を浮かして驚いている。


「よかったー、間に合ったぁ」


「な、どうしたんだよ急に。 つーか追っかけて来たのか?」


 アルは咄嗟に掴んでいた弓を置き、脱力した。


「そうそう。 帰ったら師匠に免許皆伝を言い渡されてさ。 行く宛てが無いから、一緒に街に入れてもらおうかと思って」


「お、おう……?」


 一息に言ったら、アルは空返事をしていた。


「私は構いませんよ」


 理解の早いポルトは、同行を許してくれる。


 だが、1つ懸念点がある。


「それで……、ムアって入れるかな」


「使い魔の証を入る時に付ければ大丈夫ですよ。 ただしムアは体が大きいので、驚異と見なされて入門を断られるかもしれませんが……」


「そればっかりは、着いてからじゃないと分かんねぇな。 俺達もギニンには初めて行くんだ」


「そっかぁ」


 ここが駄目でも、他の場所を探せばいい。


 異世界は広いらしいから。


 その夜はアルと交代で見張りをしつつ、朝を迎えるのであった。



●●●●



 翌朝。


 カッポカッポと馬の蹄の音を聞きながら、森の一本道を進んでゆく。


 ムアに揺られながらウトウトしてきた時、アルに肩を叩かれた。


「アギト、見えてきたぞ」


 顔を上げると、木々の向こうに石造りの壁があった。


 周囲の大木より一回り大きな壁には木製の門がどっしりと構えており、その横に小さめの門も備えられている。


「ここが『ギニン』?」


「たぶんな」


「さ、こちらですよ」


 大きな門をしげしげ眺める俺達を他所に、ポルトは馬車を小さな扉の方へ進める。


 門番はおらず、閉ざされていた扉をポルトがゴンゴンと叩く。


 反応は……返ってこない。


「感染症でも蔓延したかな?」


「怖いこと言わないでくださいよ……」


 しかし、俺の予想に反して扉の向こうから声が聞こえてきた。


「開けるから離れてくれー」


 数歩後ずさると扉が開き、軽装の兵士が現れる。


「こんな辺鄙な街へようこそって、うわっ!?」


 兵士はムアを見るなり、壁に立てかけてあった槍に手を伸ばして空振る。


「大丈夫だよ。 俺の使い魔だから」


「は、はぁ……」


 5回空振り、それでもまだ槍を持てていない兵士は、ムアの巨体を見上げて口をあんぐり開けていた。


「どうも、冒険者志望の田舎者です。 ほら、ムアも自己紹介しな」


「ガウッ!?」


 突然の無茶ぶりに困惑するムアだが、それを見ていた兵士は納得したらしい。


「……随分知能が高いモンスターなんだな」


「そうそう。 うちの子天才なんだよ」


「なんだ、ただの親バカか」


 それから全財産の3分の1の通行料を払い、無事中へ入る事が出来たのだった。



●●●●



「おぉ、こりゃ凄い」


 街は森の中にも関わらず、意外と栄えていた。


 外から壁を見ていた時にも結構でかいなと感じていたのだが、予想以上に中は広かった。


 開けた通りが大きい方の門へ繋がっており、通りの周りには様々な店や民家が並んでいる。


「では、私は一足先に仕事の方へ行ってきます」


「護衛無しで大丈夫か?」


「大丈夫。 大通りに面した店らしいから、薄暗い所へは行かないさ。

 ついでに宿も取っておくから、アルはアギトさんを冒険者ギルドに案内してあげてくれ」


 ポルトは大通りの方へ馬車を進め、そのまま去っていった。


「じゃあ、案内よろしく頼む」


「おう任せろ! しっかしムアは目立つな……」


 突然街に現れた白い獣に、人々には混乱が見て取れる。


 無理も無い話だ。


 なんせ今のムアの体は3mはあるだろうし、フワフワ長い尾を含めれば倍以上。


 森で出会ってしまえば死を覚悟するような存在が、日常の景色に存在していれば否が応でも目を引く。


 使い魔の札を首に下げているのを見て安堵する者もいれば、気付かずに悲鳴を上げて逃げていく者もいた。


「あ、あそこの出店美味そう。 寄ってこうぜ」


「やめろ、騒ぎが大きくなる。 それにお前今金ないんだろ」


「そうだった」


 現在の俺の所持金は、ライゼンがくれたお小遣いのみとなっている。


 買い物をするには十分な金額だが、これから暮らしていこうと思うと心もとない。


 今の懐事情なら1週間は持つとポルトとアルに教えてもらったので、その間に金を稼いで次に繋げなければならないのだ。


「最悪バイコーン狩ってきて、その肉をポルトに売りさばいてもらおうかな」


「それでもいいが、討伐依頼を受ければ同時に報酬も手に入るから、ギルドに行くのは必須だぞ」


「へいーす」


 人混みに勝手に開いてゆく道を、快適に進んでゆく。


 周囲の視線から察するに、ムアだけでなく俺も避ける対象になっているらしい。


 この禍々しい格好の効果は十分あるようだ。


 難無くギルドに辿り着いた俺達は、早速中に入った。


 残念ながらムアには外で待っててもらう。


 ギルドの中はワイワイガヤガヤしているのを想像していたのだが、実際は静かなものだった。


 チラチラ視線を感じるも無視を決め込み、受付へ突き進む。


 アルはカウンターに紙1枚を置くと、受付の男に声を掛けた。


「クーフバハルからギニンまでの護衛依頼報告書だ。 確認を頼む」


 『クーフバハル』とは、ポルトとアルがルレックの実を仕入れた街だと聞いた。


 受付の男は報告書に目を走らせると、片眉を上げる。


「報酬全額前払い? えらく気前がいいな」


「長い付き合いだからな。 あっと、忘れてた…」


 アルはカバンをまさぐると、鈍くくすんだ茶色のカードを受付の男に渡した。


「銅級か、やるな」


「コツコツ仕事をこなしてきただけさ。 実力は鉄級に毛が生えた程度だよ」


「銅級?」


 知らん言葉に困惑する俺に、アルが説明してくれる。


 冒険者の階級は、下から木級で始まる。


 木級は新人、その次の鉄級は村の用心棒程度。


 更に銅級になると、町に何人かいれば心強い。


 銀級は都市に出てもエリート。


 金級は国家間の戦争で、兵器として数えられるレベル。


 プラチナは国が滅ぶような災害に太刀打ち出来る英雄。


 更にその上には……


「神格に匹敵する強さを持つ者には、黒の冒険者カードが渡されるらしい」


「神格……」


 神格はライゼンから聞いた事がある。


 通常の生物とは一線を画す存在で、1部の例外を除いて、敵対すれば同じ神格でしか殆ど相手にならないらしい。


 ライゼンも昔神格の亀を怒らせて、命からがら逃げ出した事があるのだとか。


「ま、プラチナですら滅多に聞かない話だがな。 

っと、脱線しちまった。 こいつの冒険者登録を頼む」


「すっかり忘れてたわ。 おなしゃす」


「了解。 んじゃ少し血を貰うぞ……。 さて出身を教えて貰えるか?」


 え、早速困った質問が来たんですが。


 血判を押しながらうーんと考える。


「あー……あっちの道をしばらく行った先にある、森に住んでいた」


「森?」


 途端にいかぶしげな顔になる受付の男。


 そりゃそうだ。


 辺境の誰も知らない村の名前ならともかく、森と言われたら聞き返すに決まっているだろう。


「俺は捨て子サウルスで、じーさんに拾ってもらったんだ。

 そのじーさんに修行をつけてもらってたんだけど2日前に免許皆伝を言い渡されたんで、とりあえず冒険者になって日銭を稼ごうかと思ってね」


 端折りまくりな説明に、受付の男は頭痛でもするかのように額に手を当てる。


 下手に突っ込まれてボロ出したく無かったから、まくし立ててみたんだけど……端折りすぎたかな?


「……まぁ、辺境の村出身って事にしておこう。

 それと、免許皆伝って事は何かを学んでいたんだろう? 適当な依頼を紹介するから、特技を教えてくれ」


「まず日常生活が豊かになるくらいの魔法全般と…」


「またフワッとしてるな。 どんな魔法か、具体的に言ってくれ」


「火を発生させる、水を集める、あと……」


 ギルド内の隅々まで意識を広げて、水の魔法を散らばらせ、作業を終えたそれらを足元に転がす。


「こんなふうに、掃除が出来る」


 床に転がしたのは、拳サイズの真っ黒な塊であった。


 部屋中の埃や表面にこびり付いたゴミが練り固められているのだ。


 触りたくないので魔法で浮かせて見せてやる。


「これは……凄いな」


 受付の男は、カウンターから身を乗り出して、黒ずみが取れた床を見る。


「でしょ。 アル、食べる?」


「殺す気か」


「他には鈍器を絡めた肉弾戦が得意かな。

 後、使い魔の相棒がいるよ。 外にいるけど呼ぼうか?」


「ああ、見せてくれ」


「おっけい。 ムア、入っていいって!」


「ガウッ!!」


 言い終える前にギルドに飛び込んできたムアは、俺の方へ一目散にかけて来る。


「うおっ!?」


 ギルド内が慌ただしくなるが、無視してムアを撫で回していると、少しづつ周囲も落ち着いてきた。


「……驚いたな。 そのでかい狼がお前の使い魔なのか?」


「そうだよ、ムアね。 使い魔も何か登録とかある?」


「あぁ。 待ってろ……」


 受付の男が書類を探していると、ギルド内に若い男の声が響いた。


「何だよ、結局のところ使い魔頼りの腑抜けか」


 声の発生源を見てみれば、壁際に若い男2人と、女2人のグループが座っている。


 受付の男は顔を顰めると怒鳴った。


「おいニグ、やめろ! あんな奴もいるけど、気にするなよ」


「分かってるって。

 それに実力も分からんような奴は、どうせすぐに潰れてくでしょ。

 生きてる内に言いたい事を言わせてあげるくらいの懐の広さはあるさ」


「んだとてめぇ!」


 椅子を蹴り飛ばして立ち上がるニグとやらに、受付の男が怒鳴る。


「ニグ! 次問題起こしたら出禁にするぞ!」


 しかしニグは静止を無視して、ツカツカと歩み寄ってくると、目と鼻の先に立って睨みつけてきた。


「……顔覚えたからな」


「あそ」


「おいニグ!」


 カウンターから出てきた受付の男に突き飛ばされるように引き離されたニグは、つまらなさそうに自分の席に戻ってゆく。


 大口叩いた割りに、大人しく帰ってゆく背中を見てると笑いが込み上げてくるのは、俺の性格が歪んでいるからだろうか。


「その犬っころも、毛皮にして売ってやるよ」


「あ、それは許さん」


 反射的に手が伸び、ニグの手首を鷲掴みにした。


「な、なんだよ!」


 手首を通じてニグの体に気をぶつけると、がくりと膝が曲がり崩れ落ちる。


「おい、お前もやめろ!」


「なぁに、ただの仲直りの握手だよ」


 適当に返事をしながら、俺は手のひらに貰ったばかりの力を使う。


 植物の根が俺の指先から生えて、ニグの肌に突き刺さった。


「痛っ、てめぇ何しやがった!」


 根はニグの皮膚に入り込むと、ウネウネと根を広げ始める。


 皮膚がみみず腫れのように広がってゆくそれは、ニグの心に本能的な恐怖を沸き立たせる。


「ヒィッ、離せ!!」


「握手握手」


 当然離す訳が無いだろうに。


「やめろ! 何してるんだお前!」


 状況を理解した受付の男が、慌てて割って入ろうとする。


「あ、ごめんまだ名乗ってなかったね。 アギトだよ」


「そうか、俺はセプシオだ。

 ……いやそうじゃない! アギトやめろ!」


 セプシオが引っ張り、ニグが殴る蹴るしながら暴れるが、気と魔力を練り上げた俺の体はビクともしない。


「やめっ、ヒィィィィ!!」


 最初の威勢はどこへやら、情けない声を出し、尻もちをついて足をばたつかせるニグ。


「ほら、ニグとやら。 悪い事をした時はなんて言うんだっけ?」


「なっ、何が!?」


「お母さんに教えてもらったはずだろう? あぁ、大変だ。 もう肘に届きそうだなぁ」


「やめ、やめてくれ!

 ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


 ようやく聞きたい言葉が聞けたので、ここまでにしておいてやろう。


 ニグの手から侵食させていた根を、力任せに引き抜く。


「いっだぁ!?」


 皮膚が裂けて血が出てくるが、神経や肉に絡まないように、皮膚の中だけを這わせたので安心したまえ。


「世の中にはね、俺みたいに関わっちゃいけない人もいるんだよ。 身をもって学びを得ただろう? 

 さ、行った行った」


「ひ、うわぁぁぁぁぁぁ!?」


 ニグは情けない悲鳴を上げると、そのままギルドを飛び出して行ってしまった。


 誰も、何も言わない。


 あまりの沈黙に耳鳴りが混じり始めたので、受付の男もとい、セプシオに話しかけてみた。


「で、オススメの依頼ってある?」


「ふてぶてしいにも程があるだろう」


「なら今から謙虚に振舞おうか?」


 セプシオは苦笑いした。


「……不気味だからやめてくれ」


「酷いなぁ。 で、おすすめの依頼ある?」


「参考までに、お前が今まで狩ってきたモンスターの中で、こいつなら絶対勝てるってやつはいるか?」


 今まで狩ってきたと言っても、この世界にいるモンスターの殆どが初めましてなんだよなぁ……。


「田舎者だからよく分からんけど、バイコーンが主食でした」


「逞しいな」


 ほうと顎をさするセプシオだったが、今まで空気だったアルが口を挟む。


「バイコーン10頭以上の群れを、アギトとムアのたった2人で蹂躙してたぞ」


 その言葉に、黙って見ていた者達がどよめく。


 バイコーンは巨体で気性が荒く、離れていても魔法で攻撃してくる厄介なモンスターだ。


 それが群れていると、氷塊を絶え間なく放ちながら馬の速さで襲ってくるので、悪夢としか言いようが無い。


 実際、俺も単身でバイコーンの群れと正面からぶつかって戦うのは避けるくらいだ。


 負けはしないが。


「ま、実力はこれから見ていってよ。

 そんでオススメの依頼はあるかい? 出来れば今日中に終わりそうなのがいいなぁ」


 セプシオはカウンターに無造作に積まれていた紙から1枚抜き取ると、ピッと渡してきた。


「歯ごたえは無いかもしれないが……」

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