第8話 出立

「ただいまー」


「アオーン」


 野営を無事終え、天頂から日が差す頃に帰宅である。


 しかし、ライゼンの返事が無い。


「ライゼーン? どっか出かけた? お土産あるけど」


 お土産とは、言わずもがなルレックの事だ。


 昨夜ムアと食べたが、梨のようなスッキリした甘さが特徴の美味い果実であった。


 これはパイにするよりは、そのまま切って食べた方が美味いだろう。


 せっかく貰って帰ってきたので、ライゼンにもこの味を知ってもらい、是非量産をお願いしたい所だ。


 いや、もしかしたらライゼンはルレックを食べたことがあるかもしれないが。


 そんな事を考えながら、リビング、寝室と周り、次にライゼンの部屋に足を踏み入れて安堵する。


「何さ、寝てたんかい」


 ライゼンは、木の壁から迫り出した椅子に腰掛けて目を閉じていた。


 ライゼンお気に入りの木製の椅子で、材質は硬いのに長時間座っていても疲れない、凝られたデザインをしている。


 昼寝とは言えひざ掛けくらいかけてやるかと近付いたところで、異変に気付いた。


 息を、していない。


「おい、ライゼン」


 呼びかけにも応じず、揺すってやろうと肩を掴んでハッとする。


 冷たく、硬いのだ。


 ピクリとも動かないライゼンに、脳裏に死後硬直が過ぎる。


 そんなまさか。


「ワウッ」


 ムアは俺をじっと見つめると、次にライゼンの手にちょんと鼻をつけた。


 そこで、ようやく気が付く。


「……木?」


 なんと、ライゼンの手が樹皮のようにゴツゴツしていたのだ。


 改めて見れば、服はそのままに露出した顔や首などが全て木の幹のようになっていた。


「おぉう、マジですか……」


 じわりと冷や汗が滲み出てくる。


 何故ライゼンが木に?


 ライゼンの固有能力の影響なのか?


 もしかしたら他殺の可能性も……。


「……うん?」


 どうやら無意識に後ずさっていたらしい。


 ライゼンのよく使っていた机に踵をぶつけてしまった。


 机には1枚の紙と……重しだろうか、枝の輪切りのようなものが2つ置いてあった。


『突然儂が木になっていて驚いたと思う。

 だが、死んだ訳では無いから悲しまないで欲しい。

 簡潔に書かせてもらうと、私は魂を削って木になった』


 どゆことやねん。


 手紙を手に取り、丁寧な文字に目を通す。


『ここからは儂の話だ。


 我々エルフは孤独を恐れ、同じ時を生きる仲間と共に生まれ育った森に閉じこもって生きている。

 そんな閉鎖的な生活に耐えきれなくなった儂は、森を飛び出して世界を見て回っていた。

 ノゾムに旅の話は沢山したが、それでもまだまだ語りきれないくらいに、色とりどりの景色があった。

 しかし時が流れるにつれ、色も新たに移ろい行く世界でついに目を逸らしきれなくなった。

 自分だけ、どこの色にも属していないと。

 短命種らは、個性様々な色を持ちながら街に溶け込んでいる。

 しかし儂は、何処まで行こうと孤独であったのだ。

 臆病者とバカにしていた故郷の年寄り達が何故森から出ないのか、少しわかった気がした。

 しかし固有能力によって普通のエルフより長く生きてしまった儂に帰る森など無く、1人枯れゆく時にノゾムとムアに出会ったのだ。


 それからの日々は、半年と短い月日ながら、これまでの記憶が色褪せる程楽しいものであった。 

 おこがましいかもしれないが、孫のように思っていたよ。

 そんな2人に何か残してやろうと思った結果が、そこに置いてあるだろう木の板だ』


 ここまで読んで、重しだと思っていた枝の輪切りを手に取る。


 よく見れば何か複雑な模様が描かれており、1つは青く、もう1つは緑色に淡く発光していた。


『それには儂の固有魔法が刻み込んである。

 緑色はノゾム、青色はムアの分だ。

 固有魔法は魂と結び付いていたから、魂をいくらか削って刻み込んだ為、儂はエルフの肉体を維持し切れず、やむ無く木になる事にしたのだ』


 マジかよである。


 孫みたいにとか言われててウルッときてたのに、今度は口が乾いてきた。


 気持ちはありがたいが魂まで削られると、とんでもない事をしでかした気がしてならない。


『だが、今生の別れという訳ではない。

 どれほど月日が流れるかは分からないが、いずれ魂を定着させ、話せる状態になって見せよう。

 だから2人とも長生きして、いつか旅の話を沢山聞かせて欲しい。

 さて長々と書いてしまったが、しばらくお別れだ。

 これにてまた会う日まで。


 君達の旅路に幸あれ』


「………」


「ワウ?」


 心配そうな顔で覗き込んで来たムアを撫でる。


「……ライゼンは眠いらしいよ。 だから、その間に旅に行って楽しんで来いってさ」


 どこまで理解しているか分からないムアの顔を、両手で包み込んで揉みくちゃにする。


「ワウッ」


「ごめんごめん」


 ムアには悪いが、今ので少し気持ちが落ち着いた。


 ムアの抗議を流して、机に残された枝の輪切りを手に取る。


「ライゼンからお小遣い貰ったよ。 こっちがムアのだって」


 青く光る枝の輪切りをムアに咥えさせ、 緑に光る俺の分に意識を集中する。


 人の念が物や場所に宿るように、魔法も長く使われていたり強い思いが篭もっていると残る事があるとライゼンから聞いた事がある。


 それによって、今は失われた魔法が古代の遺跡から復元される事があるのだとか。


 木に刻まれた模様を見るに、焼き付けた固有能力を術式で刻んだらしい。


 浮かぶお盆に刻まれていた方法に、魂を練りこんだ強化版なのだろう。


 どうやるのかは知らないが。


 しかし、染み付いた魔法を習得する方法なら教えて貰っている。


 全身を巡っていた魔力の輪郭を崩し、ゲルのように柔らかくなった魔力を枝の輪切りに染み込ませてゆく。


 じわりと、自分のとは違う魔力が混ざるのを感じ、枝の輪切りから自分の魔力を呼び水のようにしてごっそり引き抜く。


 枝の輪切りから抜き取った魔力が自分の奥深くまで潜ってゆくと、それは暖かく馴染み、新たな力となった。


 胸に手を当てて集中すれば、以前は4つしか無かった魔力の塊が5つに増えているのを感じる。


「ワフッ」


 どうやらムアも無事に固有能力を獲得出来たらしく、枝の輪切りから光が失われていた。


「ムアはどんな固有能力もらった?」


「ワウ」


 ムアは霧を出すと、俺の手にあった手紙に濃く纏わせる。


 すると、フッと指先の感触が消え、霧が晴れたら手紙は無くなっていた。


「まじか、ライゼン太っ腹だな」


 この能力は、ライゼンが旅先のお土産を収納するのに使っていた固有能力。


 簡単に言えば、使い勝手の悪いアイテムボックスだ。


 自分の魔力で完全に包まなければ取り込めないらしい。


 ライゼンは自分の生やした木に穴を開けて、そこに放り込んでいたと言っていたっけ。


 しかしムアは霧で包み込むだけで物を収納出来る。


 これほどピッタリな能力も中々無いだろう。


 一方で俺の方はと言うと……。


「ムア見て、俺はこれ貰った」


 突き出した手からピローんと伸びた1本のツタ。


 なんとライゼンは、植物を操る能力をくれたのだ。


 ちなみに、今生えてるツタの養分は俺の腕である。


 引きちぎると皮膚まで取れてしまったので、固有能力で再生しておいた。


 心做しかムアが引いているような気がするが、普段体を壊して直しながら戦っている俺からすれば今更である。


 この能力があれば、かつてライゼンがやってくれたように種から果物を作れるので、食べ物には困らないだろう。

 

 もっとも、今生やした小さな若葉でも中々難しかったので、果物を食べたければ早くものにしなければならない。


 旅立ちの祝いとしては、十分過ぎる程もらった。


 こちらから返せるものは、いつかのお土産話くらいだ。


 ならば……


「ムア、早速行こうか」


「……ワウッ」


 ムアの視線の先には、ルレックが3つ浮かんでいる。


「食べてから行くか」


「ガウッ!!」


 どうやらルレックの味をライゼンと共有するのは、まだまだ先になりそうである。


 腹ごしらえを済ませた俺とムアは、倉庫にあった物を根こそぎ回収して荷造りを終えると玄関を出て振り返った。


「後は、ここを蓋して……と」


 まだ拙い固有能力を使い、木の幹で玄関をギチギチに塞ぐ。


「行ってきます」


「ガウッ!!」


 半年間であったが、すっかり我が家になっていた。


 寂しさや不安が無いと言えば嘘になる。


 だが、せっかく背中を押してもらったのだ。


 ライゼンの1000年を超えるような密度の濃い旅をしてみせよう。


 そしてまたいつかライゼンが目覚めた時に、眠気飛ばしに聞かせてやるのだ。


 俺とムアの、とんでもない旅の話を。

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