第5話 修行の成果
森の中を1頭のバイコーンが駆けていた。
木の影に見えた人間の姿につられ、群れからはぐれてなお、欲をかいて追い続ける。
時折影をチラつかせる人間を苛立ちながらも追い続けていると、いつの間にやら辺りは霧に覆われていた。
「バル? バルルルルル!!」
目の前の木ですら近づかなければ見えない程濃い霧に心細くなり仲間を呼ぶが、いななきは霧に吸い込まれて消えてしまう。
心做しか足まで重くなり、1歩歩く事にまるで水中にいるかのような抵抗を感じ、進むこともままならない。
「お肉〜」
突然声が聞こえた時には、バイコーンは落下する視界の中で、自らの首なし胴体を眺めていたのだった。
●●●●
首から血を吹き出して倒れ伏すバイコーンを見下ろす。
ライゼンに弟子入りしてから半年。
たった半年で、驚くほど強くなったと自覚している。
魔法も教えられたものは全て使えるようになった。
その結果俺が辿り着いたのは……
「やべっ、また服汚しちゃった」
『気』と『魔力』によって過剰に強化された筋肉で、体を壊して治しながら戦う物理型であった。
バイコーンの太い首を強引に手刀で断ち切ったせいで、肘まで血に濡れてしまっている。
その手を霧の中から飛び出してきたムアがハグハグと味わっていた。
『俺の腕も食うつもりなんじゃなかろうか』と疑ってしまう程の勢いで食らいつかれているが、加減はされているようで痛みは無い。
「こら、摘み食いするな」
「グルゥ」
ムアは抗議しつつも、俺の顔をベロンと舐めてバイコーンの方へ歩いてゆく。
「その口でさっき血舐めてただろうが……」
しかし頬を拭っても、ヨダレも血もついていないのが不思議だ。
半年の間に、ムアもまた成長していた。
生き物としての成長だ。
元々中型犬程の大きさだったムアは、今では背中が俺の顔の高さを越すほど大きく成長していた。
霧を纏う能力の伸びも凄まじく、辺り一帯を1寸先も見えぬ地にしてしまう程だ。
さらには霧に触れている時の抵抗力が強くなり、バイコーンの巨体を鈍らせる事すら可能となっていた。
「ガウッ」
「あ、ごめんごめん。 今解体するよ」
ムアに急かされながら、魔法を使ってバイコーンの体を宙吊りにする。
生き物が死ぬと、命や気、放つ魔力による抵抗が無くなるので、解体も容易だ。
水を操る魔法で敵の体液を操ったら最強じゃね?と考えた事もあるが、やはり物事はそう上手くは行かないらしい。
しかしそれが命も気も持たず、魔力も放っていない死体なら別である。
1度魔法で切込みを入れたら、ギコギコはしません。 スー
故郷の馬鹿な事を思い出していれば、いつの間にやらバイコーンの内蔵はすっかり抜かれ、手足も切り落とされていた。
我ながら素晴らしい集中力である。
自画自賛も程々に、穴を掘って内蔵などを捨て、魔法で水を生み出してバイコーンの肉と、血に染った罪深い手を洗う。
日本にいた時は料理すらしなかったが、今では狩って解体するのがスタートと言う、当時は想像もつかない生活をしていた。
バイコーンの肋の肉を2切れ削ぎ落とし、これまた魔法で生み出した炎で火を通して1つをムアへ、もう1つは自分で噛む。
うーむ、ジューシー。
新鮮な肉を食えるのは、狩った者の特権である。
「んじゃ、そろそろ帰るべ」
「ガウッ」
魔法で吊っていたバイコーンがムアの霧に包まれると、持ち上げられてふわりと浮いた。
そのままムアに運んでもらい、2人でライゼンの待つ大樹の家へと帰るのだった。
●●●●
シチュー、ステーキ、サラダ。
炭水化物が足りない事以外、一切問題の無い豪華な食卓を見て、ライゼンは溜息をついた。
「強くなったのは分かるが……、流石に毎日バイコーンの肉は飽きるじゃろう」
「それには同意だけど、だってこの近くに、他の食えそうな肉いないじゃん。
アースラクーンはパサパサだし、リーフモンキーは青臭いし、ゴブリンは論外だし」
ライゼンとは、半年の間にこうして話せるくらい打ち解けていた。
この世界の常識を教えてもらう傍ら、俺も地球の話をした事で、よそよそしさが少しづつ消えてきたのだ。
「このまえ挑戦してみると言っていた、ロックゴーレムはどうじゃったんじゃ? あれも一応動物じゃろう」
「いやー、ありゃだめだね。 外の岩引っぺがしたら柔らかいかなーって思ってたんだけど、中身に火を通しても文字通り歯が立たなかったわ。
流石に泥の中の生き物を生で食う勇気は無いし」
『泥にはあまり触れるな、触れたら綺麗に洗い流せ』とライゼンから教えられているので、その辺の衛生面は抜かり無しである。
「それが賢明な判断じゃろうな」
ライゼンもこう言っているので、食べなくて良かった。
「ガウッ」
今日あった事を話していたら、ムアからおかわりの催促がくる。
「ムアは毎日飽きもせずよう食えるのう。 どれ、ちょっと待っておれよ…」
ライゼンが魔法を行使するまえに、ムアの皿がヒョイと浮き上がった。
「俺がやるよ」
当然、魔法で俺が浮かしているのだ。
「お、では頼むとするか」
ステーキを一塊、皿にゴロッとよそうと、ムアの元へ返す。
「ほれ」
「ガウ」
お礼が言えるいい子である。
そんな俺達を、ライゼンは微笑ましげな顔をして見ていた。
「何さ」
「……いんや」
「そう?」
それからしばらく黙々と食べ、完食した頃に、ライゼンは思いついたように手を打った。
「そうだ。 明日から2日ほど、野営の練習に行くといい。 野営の流れは教えただろう?」
「まぁ、教えては貰ってるけど。 どうしたのさ突然」
「ノゾムはこの世界を旅してみたいと言っていただろう? その準備じゃよ」
確かに、以前ライゼンの旅の話を聞いて、自分の目でも見てみたいと言った事は何度もある。
しかしその度に、今の実力だと一瞬で食われるぞと言われ続けてきた。
ようやく認められたのだろうか。
「おっけい。 それならムアと一緒に行けばいい?」
「ああ。 いつか旅をするときは2人で行くのであろう?」
「ガウッ」
飯を食らっていても、話は聞いていたらしい。
「それと、手ぶらじゃ流石に不安じゃろうて。 奥の倉庫にあるもので、使えそうなもんがあったら勝手に持って行って良いからの」
倉庫にはライゼンが旅先で手に入れたものが無造作に放り込まれており、その中には気になった物をちらほら見かけた記憶がある。
「あざーす。 じゃあ早速見に行っていい?」
「これ、食器は……」
「もう洗ったよん」
机の上にあった食器は洗い場で乾かされている。
話している間に俺が、片付け、洗浄、乾燥含めて行っていたのだ。
きっかけは複数の事を同時に行えるようにする訓練だったのだが、ライゼンは目を丸くしていた。
ライゼンには未だに訳分からん魔法を日々見せられているので、これで少しでも驚かせられただろうか。
「ごちそうさま。 よし、ムア行くぞ!」
「ガウッ」
倉庫には前々から気になるものがいくつかあった。
ライゼンの物なので触れずにいたが、まさか好きな物を持って行って良いとは、太っ腹なものである。
ゆっくり立ち上がるライゼンを待ちきれずに、俺とムアは倉庫の方へ走ってゆくのだった。
「賑やかな子らだ。 ………良かった」
ライゼンは目を閉じて呟いた。
「ライゼーン! よく考えたら俺倉庫開けられないわー!」
「アオーンッ!」
「はいはい。 本当に、賑やかになった」
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