第4話 この世界の力

 あれからもう1食した俺は、ライゼンに連れられて外へ出ていた。


 先程まで俺が寝ていた部屋は、大樹の内側を凹ませて作った家の一室だったらしい。


 ライゼン曰く、昔旅を始めたばかりの頃に植えた種が、旅を終えようとして見てみれば大木に成長していたのだとか。


 このー木なんの木より遥かに大きい木がそんなすぐに成長するものかと思ったが、ライゼンはエルフであったために、この木が立派に成長した姿を拝めたのだとか。


 そんなライゼンに、身の守り方として魔法などを教えてやると言われ、嬉々としてついてきたのである。


「さて、まずは魔力と感じる所からだが、ノゾムはもうそれが出来るであろう」


 そう言われてピンと来るものがあったので、早速実行してみる。


 体を流れる粘り気のあるものを、気合いで溶かして全身に巡らせる。


「違う。 それは『気』じゃ」


「あれ」


「そうか、お主の世界には『気』も無かったのか。 ならば説明しておくかの」


 ライゼン曰く、『気』とは命が動かす、生きとし生けるものの力らしい。


 人間の体に置き換えれば、命が心臓だとしたら『気』は血液だ。


 全身を巡っており、訓練次第で巡りを早くしたり、密度を上げたり、偏らせたり出来るのだとか。


 先日バイコーンを撲殺出来たのは、気の巡りを早くさせて身体能力を上げた結果なのだ。


 では逆に『魔力』はと言うと、至る所に存在し、時に流れ、時に塊、意志を宿す事もある存在らしい。


 また生き物は皆魔力を生産しており、魔力の状態を変えて『魔法』という現象を生み出す。


 魔法と聞くと種も仕掛けも無い所から摩訶不思議が飛び出してくるものかと思っていたが、話を聞くにぼんやりだが納得出来るものだ。


 ならばと、再び体の奥に意識を集中する。


「お?」


「見つけたかね?」


「……なんか4つあるけど、これかな?」


「4つ? あぁ、そりゃ固有能力じゃな。 しかし4つか」


 ライゼンは感心したように、ほほうと顎をさする。


「固有能力とは、その生き物が力を使う時にサポートする能力じゃ。

 人によって持つ固有能力は異なり、それによって伸び代に差が出てくる。

 言ってしまえば、才能じゃな。

 本来なら1つ、多くても3つなんじゃが、流石異界の民と言った所か」


 まるでスキルのようだ。


 ゲームの勇者や賢者、聖女に近しい個有能力もあるのだろうか。


「俺のはどんな才能なんだろう」


 英雄願望は無いが、それでも自分の可能性があると考えると、ワクワクしてしまう。


「力を使っておればおいおい分かるだろうが、1つなら察しは付くぞ。 自己再生、もしくは超再生のような能力だな」


「それって、肩の事ですか?」


 確かにそれなら身に覚えがある。


 熱く痒くなったあの感覚は、肩が治っていた時の反応なのだろう。


 今度は固有能力から意識を逸らし、また内側へ集中する。


 心臓とは違う、胸の中心にじんわりと滲み出す力を感じられた。


 なるほど、これが魔力か。


 そいつを肩、腕、手の平と動かして放出する。


「これが魔力ですか」


 目には見えないが、確かに存在している力だ。


 魔力を感じられる感覚器があるとすれば、第六感とでも言えるだろう。


 『気』を合わせれば第七感か?


「いかにも。

 うむ、やはり昨晩使っていた事もあってか、スムーズに引き出せるのう。

 ではそれの使い方を教えてやろう。 まずはワシがやるから見ておれよ」


 ライゼンが近くの芝生に目を向けると、そこだけ草が避けて土が剥き出しになる。


「これが魔法か……」


「今のはワシの固有能力ありきの魔法じゃ。 ただの準備だから気にするで無い」


「あ、はい」


 どうやら見せたい魔法はこれでは無いらしい。


 ライゼンは土がむき出しの地面に指を向けると呟いた。


「『火種』」


 ポッと音を立てて指先から放たれた炎の塊は、着弾すると小さな炎の塊になって留まる。


「ここから更に、『強く』」


 炎の塊は焚き火程の大きさまで膨れ上がる。


「そして、『燃え上がれ』」


 炎は高く燃え上がり、見るも圧巻の火柱となった。


「『消えろ』とまぁ、これが詠唱を使った基本的な魔法の発動となる」


 最後に炎を丸ごと揉み消すと、ライゼンはこちらに向き直る。


 正直な感想、めちゃくちゃビビった。


 結構離れた位置で燃え上がっていたにも関わらず、光だけでもかなりの熱を感じたのだ。


 魔法スゲーより、火スゲーの方が強いまである。


「詠唱って、もっと長ったらしい呪文を唱えるものだと思ってました」


「それは別の存在に力を借りる時の方法じゃな。 妖精や霊、場合によっては悪魔等に力を借りる時は、相手に伝わる表現をせねばならんからのう。

 意思疎通が上手ければ一言で力を貸してもらえるが、詠唱が長ったらしい奴は舐められてるか当てずっぽうじゃな」


「まじですか……」


 なんだか凄くかっこ悪い話を聞いてしまった。


「とにかく、今は個人で発動する魔法の話じゃ。 魔力は支配している者の意思によって変化し現象となる。

 つまり想像力で魔法の形を作ると言うことじゃ。

 先程の『火種』等の詠唱は、言霊によって魔法の制御を補う役割がある」


「なるほど。 やってみても?」


「構わんが、狙うなら同じ場所にするんじゃぞ」


「はーい」


 指先から放たれると、空気に溶けていく魔力。


 それが気体になる前に炎に変える、そう意識して呟いた。


「『火種』」


 シュボ


 指先から飛び出た火の塊は、まるで燃える木屑が風に煽られたかのようにバラバラになって散ってしまった。


「む、なかなか難しい」


「いやいや、初めてで発現出来ただけ大したものじゃ。

 後はお主にとってこの魔法はどのような形になって欲しいか。 そのイメージを固めるべきじゃの」


 その後は飯も忘れて魔法の練習をし続け、日も暮れた頃にようやく火種の魔法を再現するに至ったのだった。



●●●●



 魔法の練習を終え、ヘロヘロになって小屋に帰った俺を迎えたのは、スープとサラダ、謎肉炒めであった。


 どれもホカホカだ。


 すきっ腹に肉はまずいかと、まずはサラダに手を付ける。


「うんまっ」


「そうじゃろそうじゃろ」


 レタスのような葉がメインのサラダであったが、レタスよりもみずみずしく、青臭さも感じられない。


 細く網目状にかけられたドレッシングは、風味がシーザードレッシングに似ており、これもまた美味だ。


 次は、ずっと食欲を掻き立てる匂いを放っていた肉にかぶりつく。


 大きめにカットされた肉は程よく火が通っており、苦手な脂身ですら絶妙なスパイス加減によって苦もなく食べられる。


「これもうめぇ……」


「その肉は昨夜お主が倒したバイコーンの肉じゃぞ」


「バイコーンの肉……うおっ」


 どの部位なんだろうと観察していると、ムアが膝に飛び乗って肉をかっさらって行った。


「あ、こら! ムアの分はあるだろ!」


「ホッホッホ。 そんなに美味しかったとは、作りがいがあるのう。 ほれ、まだあるから慌てんでもよい」


 ライゼンはそう言ってムアの空っぽの皿に追加をよそう。


 がっつくムアを横目に、最後はスープを口に運んだ。


 黄金色の具沢山なスープにはバイコーンの油が僅かに浮いており、これまた美味であった。


「ふぅ……腹に染みる……」


 思わず漏れた言葉に、ライゼンはにっこり笑った。


「ほう。 初めて聞く言い回しだが、言わんとする事は伝わってくるのう」


 それから、鍋が空っぽになるまで俺とムアはおかわりをし続けるのであった。




「満足してもらえた……のは、顔を見ればわかるか」


「美味かったです。 ありがとうございます」


「ワフッ」


「うむうむ。 人に料理を振る舞うのは久々だったが、喜んでもらえたのなら良い。

 ……さて、」


 ライゼンは食器を洗い場と思しき場所へ浮かせて運ぶと、俺とムアの方へ向き直った。


「ノゾム、ムア。 お前さんら、これから何か宛はあるかね?」


 そう聞かれて一瞬クラスメイトの事が頭をよぎるが、そもそも人付き合いが苦手な俺は思い出せる顔が片手程しかいないので、すぐに消し去った。


「いえ、無いです。 何なら何があるのかも知らないです」


「ワフッ」


 キラキラした目で返事をしているが、こいつは多分一切理解せず返事をしてるだろう。


「じゃろうな。 では提案じゃ」


 そう言われて姿勢を正す。


「ワシがお前さんらに生きる術を教えてやる。 気も、魔法も、旅の知識も、常識も。 だからしばらくここに留まってみてはどうかの?」


 全く別の世界に来て右も左も分からない俺には、願ってもない提案だ。


 しかしひねくれた性根故か、気になってしまう。


「ありがたいけど……、それでライゼンさんにどんなメリットがあるんで?」


「ワシは旅をしてきたと言ったろう?

 そのせいで、世帯も持たず、何も残さずに根を貼ろうとしておる。 このまま何も無いのではつまらないと思うてな。 

 そんな所に、せっかく知識や技術を引き継いでくれそうな者が現れたのだ。 しかも、それが異界の民ともなれば、どのように成長するのか楽しみであろう?」


「つまり弟子と」


 要約するとそうなる。


 ライゼンはうむ、と頷いた。


「何、別に生き写しにするつもりは無い。 

 ワシの要求としては、時々帰ってきて土産話を聞かせてくれたら結構じゃよ。

 どうじゃ、悪い話では無かろ?」


 俺とムアは顔を合わせると、ライゼンに「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。

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