第130話 魔女、遭遇する

 救出された女性は海運ギルドに預けられ、諸々の処理は海運ギルドの方でやってくれることになった。そもそも海賊に拐われた女性がこうして精神はともかく五体満足で助け出されるという例が無かったそうだ。


 まあそうだろうねとしか言えない、海賊船が沈めば身動きの取れない状態なので共に海の藻屑となるだろうし、うまく海賊船を鹵獲できたとしても足の腱を切られ精神が正常ではない者を仮に救出したとしても扱いに困るだろう。


 今回はたまたま私が無償で使ったポーションで治療ができたのだけど、普通はそこまでのことはしないし出来ない。私が救出した女性の中でも未だにまともに会話すら出来ない者もいる。


 そしてその逆に現状を理解し気丈にも立ち直った者もいる。自分がどこの誰かを分かっていても元の生活に戻るかどうかは別だの話だろうけど。


 一応アダルたちの計らいで海賊から鹵獲したお金を救出された者たちの生活の足しにと渡している。中には船を降りて共に暮らす者も出てきたりと言ったこともあり、最終的に落ち着く所に落ち着くのではないかと思う。そんな感じで今回の海賊退治は終わった。


 私たちは再び北へ向かい航海を続けている。そろそろ大陸沿いに北へひたすら進んでいた航路も終わりを迎えるようで、この後は東へと進路を変えて進むことになる。アダルの話ではそこまで行ければ目的地までもうすぐということだ。


 そして今私達の乗る船は進路を北から東へと変えようとしていた。そのようなタイミングで私たちの船は深い霧に包まれた。


「こりゃあ下手に動かねえほうがいいな」

「どうして?」

「この辺りは岩礁地帯でな、別名船の墓場って言われているところなんだわ」

「あー、まあこんな霧が出るところじゃあそうなっても仕方ないか」


 隣りにいるアダルの姿でさえも見えないほどの濃い霧、こんな中船を動かせば岩礁がなくても陸へ乗り上げたりと事故は起きるだろう。


「と、思うだろ? だけどなこの場所は普段風が強くて霧なんて立ち込めないんだわ」

「じゃあこの状態はなんなの?」

「ああ、こういう風がなくて霧が立ち込める時に限ってあれが出るって噂がある」

「あれって……あれのこと?」

「そうそう、あれだあれ……んな馬鹿な」


 私が指さした方向を見たアダルが絶句している。それもそうだろう先ほども言ったがすぐ隣に立っているアダルの姿すら見えないほどの濃い霧だと言うのに、私たちの真正面に不思議とはっきり見えているものがあった。


「ほう、なんとも不可思議なものだな」


 いつの間にか足元にいたガーリーが飛び上がり私の肩へと乗ってきた。


「魔力を感じるからあれ自体が生物か魔物か霊体かそんなところだろうね」


 そう濃い霧に阻まれているはずのそれとはいわゆる幽霊船というやつだ。


「てめーら警戒しろ、なにが起こるかわかんねーぞ」

「「「おう!」」」

「とりあえずこの霧は飛ばしちゃっていいかな?」

「そうだな、エリー頼む」

「はいはーい」


 収納から杖を取り出して、適当に強風を吹かしてみる。濃霧は風に乗って移動していきすぐに霧は散らされ視界は開けた。


「おい嘘だろ」


 驚きの声をあげるアダルだけど、私も驚いている。確かに霧があるうちは見えていな幽霊船らしきものが霧を晴らしてことでその姿が消えていたのだ。まるで霧と共に風で飛ばされていったかのように。


「何だったのだろうね」

「まてまだ魔力を感じるぞ」

「あーホントだ。とりあえず軽く攻撃してみましょうか」

 ガーリーが言うように魔力を感じることが出来た、ただし感じられた魔力は先ほど見えていた幽霊船があった位置ではなく、私たちの後方からだった。


「燃え貫け炎の槍」


 試しに炎で出来た槍を魔術で生み出し魔力の感じる場所へと放つ。

 どうやらちゃんとそこには船があったようで、私が放った炎の槍が甲板に突き刺さり一気に燃え広がっていくのが見えた。


 魔力で船を隠していたのか今は、はっきりと見えるその船の甲板では船の消火作業で大わらわしている。


「てめーら、乗り込むぞ」

「「「おう」」」


 アダルはそう号令をして船をぐるりと旋回させて燃えている船に横付けをする。次々と幽霊船に乗り込んでいくアダルたちを迎撃しようと消化の手を止めて戦い始めるが、ダルたちに難なく倒されていく。最後には魔術師らしき男を捕まえてこちらに戻ってきた。


「エリーすまんが消火してくれ、あれも持っていくことにする」

「あいあい」


 私は魔法で海水を操り燃えている所に大量の海水を流し込む。勢いよく燃えていた甲板はそれだけで消えている。


「どうやらこの魔術師がこの辺りで海賊行為をしていたようだな」

「それにしても船全体を隠した上に濃霧を出すなんて結構すごい魔術師なので」

「そうなのか? 俺は正直魔術については素人だが、エリーになら同じことが出来るんじゃないのか?」

「出来るかと聞かれたら出来ると答えるけど相当の魔力を使うと思うけど……、あーそうかあの船自体が魔道具になっているのかも。それなら大した魔力がなくても問題なく運用できてたのでしょうね」

「ほう、それじゃああの船は結構高く売れそうだな」

「まあ売れるんじゃないかな」

「それにしても幽霊船がこんな落ちとはな、少し残念だ」

 アダルは少しつまらなそうに呟いていた。ただ私には今鹵獲した船以外にももう一隻いたように感じられていた。ガーリーもなにかおかしいと首をひねっている。

 どうして私がそう思ったか、それは最初に見えた幽霊船と鹵獲した船には明確な違いがあった。それは最初に見えた船の甲板には船長服とキャプテンハットを被った骸骨が見えていたからだ。

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