8章 魔女、北へ行く

第127話 魔女、幸を願う

 初めて訪れる場所はワクワクする。そうそれが未開の地だともっとワクワクするかも知れない。ただしここは駄目だ。アダルの船が嵐を避けるために近くに見えた無人島に避難したことが事件の始まりだった。


 あっ嘘だから、事件とか起きていないから、ホラーでもサスペンスでもミステリーでもないです。いや、ある意味ホラーかも知れませんね、だってこの誰もいないと思っていた島にはある魔物が生息していたからだ。


 普段その魔物に遭遇したのなら私は速攻で埋めるのだけど、今回はそうも行かない自体になったわけですよ。なぜならばその魔物は、ホワイトゴブリンという見たことも聞いたことも無い種族だったからです。


 見た目はゴブリンなのだけど、色が白いんですよ。まさに驚きの白さというくらい白いんですよ。その上に言葉を解しているのか普通に会話できました。


「ふむ、嵐のために避難をしたいと?」


「ああ、ここはてっきり無人島だと思っていたんだが、嵐が過ぎるまででいいから場所を貸してもらえないだろうか」


 アダルが代表として話をしている。既に船からは全員降りていて船もアダルにあげた収納袋に入れている。そして避難場所を探している所で洞窟を見つけたわけでそこに行ったら彼がいたわけですよ、くだんのホワイトゴブリン氏が。


「まあよかろう、ちと人数が多いが嵐が止むまで休むが良い」


 そういったわけで現在は避難をしております。

 さてなぜ私がゴブリンなのに埋めないかというと、臭くないからだ。そう彼は全くゴブリン特有の不衛生さや臭さがないのだ。それに見た目が白い上にちゃんと服を来ているという、何ていうかゴブリンという名前がついているけど完全に別種族にしか見えないというわけですよ。


 そんなわけで、気になることもあるし会話をしてみる気になったわけです。


「こんにちは、少し良いですか?」


 アダルたちは洞窟の入口の方にある少し広いところで焚き火をたいて服を脱ぎ乾かしている。海の男らしく日に焼け筋肉質な体は眼福とも思わなくないが、はだか祭りの中にいたくないので抜け出してきたともいう。


「何かようかね」


 洞窟の一番奥のその場所はかなり生活感があった。いぐさのベッドに石窯なんかもある。


「ここにはずっと一人でいるのですか?」


「ふむ、そうとも言えるしそうでないとも言える」


「なぞなぞ?」


「はっはっはなぞなぞと来たか、生まれた時からこの島で生きておるという意味でならずっとここで一人だな」


「生まれも育ちもこの島で一人ってことね」


「そうなるの」


 ずっと一人でいたというわりには会話が流暢だし、なぞなぞという言葉に反応をしている。なんというか答えは最初からわかっていたようなものだとう。


「あなたもしかしてだけど転生者?」


「転生者という言葉が出るということは、お主も同じということかな?」


「私の場合は転移者だね」


「ほほう、そういうこともあるのか」


「それにしてもあなた全然驚いていないよね」


「はっはっはちゃんと驚いてはいるがね、これも神から頂いたスキルのおかげだの」


「そうなんだ」


「気になるかの?」


「まあ気にならないといえば嘘になるけど」


「まあわしの寿命も残りわずかだしの、最後に聞いてもらうとするかの」


 どうやら寿命は普通のゴブリンと同じでそれほど長くないのだとか、そもそもなぜゴブリンに転生したのかというと、この人が望んでそうしてもらったのだとか。


「神に願ったのは寿命の短い種族への転生での、それがゴブリンだったとうわけじゃな」


 転生者として神に拾われ最初に願ったことが自らの死だったと、それは叶えられることはなく代わりにホワイトゴブリンという新種族だったようだ。なぜ普通のゴブリンではなくホワイトゴブリンにしたのかというと、神にゴブリンの現状を聞いて流石に嫌だったみたいだ。


 この人の願いとして、寿命の短い種族になりひっそりと死んで行きたかったということだね。ゴブリンの寿命は進化をしなければ五年ほどで尽きてしまう。そういう事でこの人もいつ死んでもおかしくないようだ。


「そういうわけで、最後に人と話せたのは嬉しく思うよ」


 結局この人が死を望んだ理由は聞くことができなかった。ただこの人の表情を見て向こうの世界で色々とあったのだろうなとは思った。


「心残りとか無いの?」


「ない」


「そっか」


 その後はギーラが呼びに来るまで二人して石窯の火を眺めながら無言ですごした。

 どうやら外は嵐が過ぎ去っていったようで、そろそろ出発するということだった。


「それじゃあ、えっと──」


「名はないよお嬢さん。まあわしのことは忘れるほうが良いだろう」


「そう? うんそうかもね」


 それをこの人が望んでいるならそれも良いかも知れない。


「あなたの次の人生に幸多きことを願っているわ」


「はっはっは、お主の残りの人生が幸多きことを願っておるよ」


 それだけ言葉を交わして私は彼に背を向けて洞窟の外へ向かう。洞窟を出る時背後から何かが倒れるようなドサリと言う音が聞こえたけど、私はそのまま振り返ることなく洞窟から出て海へ向かって歩みを進めた。

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