第120話 魔女、モヤモヤする

 しばらくすると砂埃も落ち着き視界がはれた。


「ふむ、魔物の生き残りはいないようじゃな」


「見える範囲にはいなさそうだね」


 確かに見える範囲には動くものは全くみられない。


「それにしてもエリーよ、アレはどうかとおもうがの……」


「あ、あはははは、ちょっとやりすぎちゃったかな?」


 元々は連なっていた大連山の中央は、隕石により分断されるように道が出来ている。ぶつかってそこに落ちたわけではなく、そのまま突っ切っていったようだ。そのため肝心の隕石は今いる場所からは見えない。ちなみに大連山の奥は相変わらず闇に閉ざされているようで暗くて見えない。


「あの奥から魔物がやってこないことを考えますと魔物は全滅したということで良さそうですね」


 ティッシモが私の横で辺りを見回している。


「さて、魔物がもう来ぬと言うなら監視の者を残して皆を帰えすかの」


「で、そこんとこどうなのガーリー」


 未だに光の触手に簀巻きにされ、すべてを諦めたように目を閉じているガーリーに問いかける。


「既に魔物を操っていた魔石は砕けた、仮に生き残りの魔物がいてもこちらにまでは来ないだろう」


「ということみたいだよ」


「まあ今更嘘を付く必要もないからの、信じるとしよう。キッカよ監視を残して皆に終戦の合図をだすがよい」


「かしこまりました」


 キッカが周りに指示を送り、自らは法螺貝みたいなものを取り出して手に持っている。キッカが法螺貝を吹くと大きな音がぶおぉぉぉぉんと鳴り響いた。きっとこれが終戦の合図なんだろうね。法螺貝の音を聞いたからか、そこら中から歓声と雄叫びが聞こえてくる。


 しばらくして歓声と雄叫びに獣の遠吠えなどが収まると、ぞろぞろと都へ向かっての移動が始まった。騎竜に乗るもの、徒歩で向かうものなど様々だ。この場に残っているのは私とカルラ、アダルとギーラにティッシモとキッカに合流してきたダイゴ、あとは転がっているガーリーだけとなった。


「さて、妾たちも戻るとしようかの、それでそやつも連れて行くつもりか?」


「そうだねー、その前に……、いつまでも隠れていないで出てきても良いんじゃないかな?」


 私とカルラは視線をある場所へ向ける。ティッシモやアダルにギーラも私たちににつられて視線を送っているが何も見つけられずにいるようだ。ダイゴとキッカはカルラを守るように武器を構えているが、二人も多分見えていないと思う。


 しばらく待つと視線の先の景色が歪み、そこから一人の青年が現れた。見た目は十六歳くらいの青年に見えるがその気配はかなり希薄で、一度でも視線をそらすとそこにいても認識できなくなるんじゃないかな?


「貴様、仙人か! 未だに仙人が存在していたのか!」


 最初に声を上げたのは、先程まで無気力だったガーリーだった。目の前の青年から目をそらさないようにガーリーを横目で見ると、触手を振りほどこうと暴れている。


「見つかるとは思わなかったのう、さすがは魔女といったところかの」


「ガーリーは仙人だって言ってるけど何者なのかな。確か仙人は全員死んだとか言っていたし、仙人が生きていれば気配でわかるとも言ってた気がするんだけど、あなたはどうして見つからなかったのかな」


 見た目は青年だけど、どこか老人のようにも感じられる謎の青年へと問いかける。


「長い間世界と一体となり隠れていたからの、現世に存在せぬものは感じることはできまいて。それにのそもそも仙人の数は最初から五人じゃからの、そのものが知らぬのは仕方ないとも言えるの」


 どうやら仙人の存在を感じられるというガーリーの能力は完璧ではなかったということみたいだね。


「まずは名乗ろうかの、わしは五仙の一人リュウセンというものじゃ」


「リュウセンね、私はエリーよ」


「妾はカルラじゃ」


「エリーさんにカルラさんじゃな」


「それで今更何をしに来たのか教えてほしいかな」


 リュウセンはちらりとガーリーを見てからこちらに顔を向ける。


「そのものを渡してはくれぬかの」


「渡したらどうするつもりなの?」


「わかっておろう、命を終わらせてやるのよ」


「ほう、お主にとってこのものが生きておると不都合ということかの」


「ほっほっほ、そういうことじゃな、じゃがこの者の命を終わらせれば闇は晴れるのじゃぞ」


 それを聞いてどうにか触手から逃れようと暴れていたガーリーの動きが止まった。


「やはりそういうことになるのか」


「そうじゃ、お主が仙人を殺したことで闇は消えなくなったわけじゃな」


「そう、か」


「はぁー、ガーリーはそれでいいの? 確かにあなたを野放しには出来ないけどそれでも生きていく道はなんとかしてあげられるけど」


「闇が晴れるのならもうどうでもいい、ワシにとってはそれが救いだ」


 なんだかなー、本人が生きる気がないならどうしようもないよね。そもそもガーリーやリュウセンの大陸の人たちと、私たち魔女とは本来交わることがないのだと思うんだよね。それを考えると、ガーリーのことはリュウセンに任せるのが正解だとも思える。


「カルラはどうしたい? 実際に迷惑を駆けられたのはカルラたちこの獣人大陸の人達だからね」


「ふむ、妾としてはこちらにこれ以上面倒事を持ち込まぬのならどうでも良いかの」


「あーもう、なんだか考えがまとまらない、色々聞きたいことや知りたいことはあるはずなのに」


 周りにいるカルラ、ティッシモ、アダル、ギーラ、キッカ、ダイゴ、最後にガーリーを見てからリュウセンに視線を戻す。誰も彼も反対する感じではない。これは多分ただの感傷なんだろうね、ガーリーを殺さないと闇が晴れないのなら、闇が晴れることを望んでいるガーリーを殺してあげるべきなのはわかっている、でもこのなんとも言えないモヤモヤは気持ち悪い。


「エリーさん、あなたは優しすぎます」


 ずっと私の横に立っていたティッシモがそういうと急に私を抱き寄せた。普段なら抱きしめられる前に躱すのだけど、今の私はなぜだか全く抵抗する気が起きなかった。ただこうして人に抱きしめられるのは久しぶりすぎて自分でも頭の中が真っ白になって、暫くの間何も考えられなくなっていた。

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