7章 魔女、無双? する

第113話 魔女、雷雨を降らす

 前方に蠢く魔物の群れに魔術を放つ。範囲は視界に映るすべての範囲。前方には味方はいない、いるのは黒く染まった魔物のみ。私が立つ砦から荒野を超えた先にある大山脈も範囲内だ。


「光よ、水よ、空にて集え──」


 詠唱を始めると同時に私の体から魔力が空へと広がっていく。雲一つ無かった青空に、目に見えないほどの水の粒を作り出していく。


「水よ、雲となり──」


 水の粒は光を浴びて、水蒸気へと代わりいつしか黒い雲へと変わる。雲の広がる範囲は私の立つ位置よりも前方のみに調整している。雨に濡れるは嫌だからね。


「光よ、雷光となり──」


 黒雲からはゴロゴロという音と、雷が走る光が見えている。いつしか大粒の雨が嵐のように視界一杯に降りそそいでいる。足元がぬかるみ始めたためか魔物の動きが若干鈍ったように見える。雨が降っているのは私の前方数メートルより先だけで、私のいる所は相変わらず晴れている。


 私は陶を高く掲げ、そして振り下ろす。


「全てを焼き尽くせ、サンダーストーム」


 呪文の完成とともに魔術が発動する。それと同時に光の束が降りそそぐ、そして遅れること数瞬の後に、爆音が鳴り響いてきた。


 合一魔法サンダーストーム、合一魔法ということでわかる通り、本来は複数人の魔術師が協力して使う魔法だけど、それを私一人で使ったわけですよ。それも本来ならありえないほどの広範囲にね。魔術師10人分くらいの魔力を使ったかもしれないけど、そこは転移者の膨大な魔力でゴリ押しした形になる。


 いつしか雨はやみ、空を覆っていた黒雲も薄れていき陽の光が前方を照らし出した。地面からは湯気が立ち上り、無数の魔物の肢体からも煙が上がっている。それでも生きている魔物も結構いるようで、少しずつ立ち上がり始めるのが見えた。


「さて、エリーは先に決めた通りに頼むぞ」


「わかったよ、それじゃあこっちは任せるね」


 カルラが声を掛けてきたので返事をして杖に座る。


「エリーさん気をつけてくださいね」


「ティッシモは無理をしなくていいからね。アダルとギーラはティッシモたちのことお願いね、目的のものはちゃんと探してくるから」


「ああ頼む、ただ無理はしなくていいからな、今見つからなくても戦が終わればなんとかなるだろう」


「ティッシモの護衛は任された」


 アダルとギーラにはティッシモの護衛をお願いしている。


「それじゃあ、行ってくるね」


 杖に横座りして上空へと飛び、そのまま前方の大山脈に向けて飛ぶ。地上からカルラが演説を始めるのが聞こえてきた。



side:ケンゾウ


 目の前でなにが起きたのかわからなかった。


 最初は無数の魔物がこちらへ向かって来ているのを見て、生きて帰れないかもしれないと思っていた。同じ持ち場のウシマツはそんな俺をそして周りを、大丈夫だと励ましてくれていたがいつしか誰も声を出さ無くなっていた。


 そろそろ投石機や弓の攻撃の指示が出るのではと思っていたその時、伝令が騎竜にのって掛けてきた。伝令がいうには、その場で待機ということと、絶対に砦より前に出ない事というものだった。それだけ言うと伝令は再び騎竜にまたがり他の場所へ向かっていった。もう魔物の群れは目と鼻の先といっていいほどの距離にいるのに待機とはどういう事だと騒がしくなる。そこへウシマツがぽつりと呟いた。


「あの噂はほんとうなのかもしれんな」


「噂ってなんだ?」


 ついついウシマツの独り言に反応して声をかけていた。ウシマツは俺が聞いていたとは思っていなかったようで驚いた顔をしたあと、バツが悪そうに頭をガシガシとかいている。


「それで噂ってなんだよ、この状況に関係あるのか?」


「ああ、どうやら我らが主様が仙人を招いたという噂を聞いたのだ」


「仙人? 本物なのかそれは」


 噂とはいえ伝説の仙人を招いたとか信じられないが、どうやらその噂の人物を見たという奴は結構いるようだった。いや、そんな仙人がその辺りをうろついてるとかおかしいだろ、それも屋台の出し物を買い占めているとか。仙人はなにも食わなくても生きていけるんじゃなかったのかよ。


 噂を総合すると、どうやら都で頻繁に見られたようだ。そして近衛のダイゴ様やキッカ様を、それ以外にも従者らしき者を侍らせていたのだとか。異国の服を着ていて黒髪の天女のように美しい少女なのだとか。これだけ聞いても嘘っぽいが、目撃者が複数いるようであちらこちらで話が上がっている。


「それで仮にその少女が仙人だとしてなにがあるっていうんだ?」


「そりゃあ、仙術かなにかで魔物の群れを吹き飛ばしてくれるのではないかな」


「そんな夢のような……」


 そういいかけて魔物の群れに目をやるとおかしいことに気がついた。魔物のいる所にだけ雲がかかっている、さっきまで雲一つ無い青空だったというのに今では黒い雲が覆っている。


「お、おい、何だよこれ」


「何が──」


 隣りにいたウシマツも同じ光景を見て言葉が消えた。同じ光景を見たのか先程まであったざわめきが消え、沈黙だけが広がっている。そのうち黒雲からは大粒の雨が降り始め魔物たちを濡らしている、雨のために足元がぬかるんでいるのか動きが鈍い気がする。


 何だこれは? 本当に仙人がいたのか? これが仙術というものなのか? わからない、わからないが体の震えが止まらない。そしてそれは突然起こった、天から光の束が魔物に向かい落ちてきた、その光に目がくらみ顔を下げた所に、耳が聞こえなくなるほどの音が俺を貫いた。


 気がつけば先ほどまであった雲は無くなっており、嘘のような青空が広がっていた。気が付かないうちに座り込んでいた俺の肩を掴みウシマツが揺さぶってくる。


「おい、やめろって急になんだよ」


「あれ、あそこ」


 ウシマツが指差す方向を見ると、人が空に浮いているのが見えた。もしかしてあれが仙人、いや女性だから仙女なのか? 仙女は俺達が見ている中、大山脈へ向かって飛んでいく。それを見送った後に立ち上がり荒野に目を向けると、あれほどうごめいていた魔物の殆どが動かなくなっているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る