第107話 魔女、素材を噛みしめる

side:チワン


 僕は今何を見せられているのであろうか。


 この日は他の弟子たちと共に師であるキリエ様の所で、いつもの通りに素材の仕分けと乾燥などを行っていた。そこへキッカ様が一人の少女を連れてやってきた。キッカ様は僕のあこがれの女性なんですよね。数日前に来られた時はなんだか疲れた感じでしたが、今日はいつもよりも尻尾の毛並みが美しかったですね、何かいいことでもあったのでしょうか。


 ああ、そうではなくキッカ様が連れてきた少女はなんと人族だったのです。その人族の少女とキリエ様はしばらくお話をされている様子を、僕たち弟子は作業をしながらチラチラと見ていた。


「チワンちょいとこっちに来なさい」


 キリエ様に呼ばれた僕はこの少女をよく見ておきなさいと言われた。


「私はエリー、よろしくね」


「えっと、僕はチワンです、よろしくお願いします」


「それじゃあエリー、素材は好きにしなさい、欲しいものがあればチワンに言えば良いでな」


「わかった。それじゃあチワン君、ここにあるすべての素材をひとかけらずつ、正確には小指の爪先くらいの大きさにしたのをお願いできるかな」


「えっ、全部ですか? 千種類を超えますよ? それも貴重な素材も」


 キリエ様に視線を送ると、キリエ様は「用意しておやり」と言って見ているだけだった。本当に高価な素材も良いのかと確認したけど良いようなので、一つずつ用意していく。


 一つ一つ素材を棚から取り出して、ひとかけらだけ切り取り作業台に並べていく。ここの棚にあるものは全て乾燥させているものなので、壊さないように丁寧に並べる。たまに素材の名前を聞かれそれに答えると、エリーは紙にメモを取っているようだ。そしてたまにキリエ様に乾燥前の色や形を聞いていたりもしている。


 中には誰もが知っているような薬草や毒キノコを知らない事に違和感を覚えもしたけど、気にしないで指示通りに並べていく。


「準備できました」


「これで全部? 乾燥前のとかもあったりしないかな」


 再度キリエ様に視線を向けると頷かれたので、乾燥前のものも用意を始める。僕がその作業をしているうちに、エリーさんは素材を手にとり口に含んで何かを確かめながらメモを取っているようだった。


 乾燥前の薬草やキノコ、そして毒草や毒キノコを始めとする素材を用意し終えた辺りで、エリーは普通の素材の確認を終えたようだった。そして素早い手つきでメモを取り、時折キリエ様へ質問をしている。


 それが一段落した所で、エリーはおもむろに毒系の素材に手を伸ばした。僕はそれを止めようとしたのだけど、キリエ様に止められてしまった。そして気がつけばエリーは毒を口に含んでいた。


 そこから先はあまり覚えていない。乾燥された素材が終われば今度は乾燥前の素材に手を出し始めた。中には素手で触れば手がただれるほどの毒キノコを素手で触り、いきなり口へ含んだ時は叫びそうになったけど、それもキリエ様に口を防がれて止められてしまった。


 肝心のエリーは何事もなかったかのように、咀嚼をした後は飲み込まずに吐き出し口を水で濯いでいたけど、それでも毒を口に含むなど信じられない気持ちになった。気がつけばここにある素材の全てを調べ終わったようだった。


「チワンありがとうね、キリエさんもありがとうございます」


「それで大丈夫そうかい?」


「なんとかなりそうではありますが作ってみないとなんともですね。そうだ、なにか必要な薬とかあります? 試しに作ってみますよ」


「そうだね、それじゃあ金瘡薬なんてどうだね」


「金瘡、ああ破傷風に効く薬ですね、試しに作るなら良いかもしれないね」


 エリーは棚から必要な乾燥薬草を取り出し、乾燥前の素材から一つのキノコを取り出した。


「エリーそれは毒では」


「そうだよー」


「そんなのを使って金瘡薬なんて出来るのですか」


「まあ見てなさい」


 そう言ってエリーはすり鉢とすり棒を使い、素材をごりごりと混ぜ合わせ粉になるまで磨り潰した。そして毒キノコをひとつまみ放り込み再び混ぜる。最後に少量の水を入れてクリーム状にして完成させたようだった。


 その手際は、素材の名前を知らず、素材の成分を自らの舌で確認していた少女と同一人物に見えないくらい洗練された調合だった。


「こんなものでどうかな」


 そう言ってエリーはキリエ様に完成した薬を差し出した。


「はー、大したものだね。私が作るより出来がいいなんて自信をなくすよ」


 キリエ様が手放しで褒めただけでなく、キリエ様自身よりもすごいという言葉に僕を含め部屋にいた弟子が全員息を呑むのがわかった。



「ここまで作れてしまうとはね、キッカが言った事を信じざるを得ないね」


「この程度ならね、素材はだいたい似たようなものだったし、毒もそうだね、違うのは見た目と濃度くらいかな」


「あちらの大陸の素材は知らないがそういうものなんだね」


「同じ薬が作れているのだからそこまで違いはないのかもしれないね」


 この調子なら薬に関してはなんとかなりそうだね。問題は錬金術なのだけど、そちらも薬学と共通する部分はなんとかなりそうだ。


「それじゃあ約束通りここの素材は好きにしな」


「それなんだけど、いくつか貰えれば後は自分で探しにいっくよ」


「どうしてだい、と聞く必要もないわけだね。わかったよ、ただしチワンを助手として連れて行ってくれないかね」


「チワンくんを、ですか? まあいいですけど、そんなに長い間は無理ですよ」


「それでも良い、チワンも行き詰まっていたようでなエリーと行動をともにすれば一皮むけるであろう」


「わかったよ、そういうわけでチワン君、改めてよろしくね」


「はいよろしくお願いします」


 最初に会ったときとは違ってなんだか力強い返事を頂いた。まあ素材集めの時は役に立つのじゃないかな。さてとティッシモやアダルたちが戻ってくるまでは、素材集めと薬作りに専念しようと思う。

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