第94話 魔女、血まみれにする

 海を突き進む船の上で私は……暇を持て余していた。私は船に関しては詳しくないのだけど、多分ガレオン船というやつなのだと思う。ただし動力は魔石が使われているようで、帆を使わなくても移動が可能になっているらしい。


 普段は帆を張って風の力で移動するのだけど、緊急時は帆をたたみその魔石を使った動力で高速移動するとのことだ。それ以上の詳しいことは機密ということで教えてもらえなかった。


 まあ海なんてクラーケンみたいなのもいるわけだからね、倒せないなら逃げるしか無い。乗船に掛かった金額は結構なお値段でしたよ。そのせいで再びキッカとダイゴのお財布は軽くなったようだ。


 ちなみにこの船が作られたのはこの周辺の国ではなく、北方にある国なのだとか。この船のオーナー兼船長は自称冒険家を名乗っていて、わざわざ大陸を横断してその国で船を手に入れてきたのだとか。話を聞いてみると色々興味深い事も知ることが出来た。そのうち一度は行ってみたいよね。


 この船長さんとは港を見て回っていてこの船を見つけたときに出会った。色々話を聞いたうえで直接交渉した所、獣人大陸まで乗せていってくれることになった。というより、むしろ船長さんのほうが乗り気になった。


 獣人大陸は基本的に交易などしていないことになっているのだけど、キッカが言うには、他大陸とはごく少数の限られた人とだけ交流があるとのことだ。そして今回はキッカの権限を使っての獣人大陸訪問ということになった。船長さん的には「乗るしか無いこのビッグウェーブ」と言ったところだろうか。


「よう嬢ちゃん暇そうだな」


 そう声をかけてきたのはこの船のオーナーであり船長で名前はアダルティンと名乗っている。元々はこの国の貴族に連なるもので貴族の試練のタイミングで、仲間とともに大陸を縦断してこの船を手に入れ凱旋した経歴を持つ。見た目はまだ30にもなってないほど若くみえる。


 海の男にしては珍しく赤い髪をしている。赤い髪は後ろで束ねられておりオールバックにしている。服装はどこで手に入れたのかキャプテンコートと言って良いのだろうか、真っ赤なコートの袖に腕を通さないで肩にかけている。船に乗るまではそのへんの船乗りの着る一般的な服装だったんだけどね。


「船長さんってその服どこで手に入れたの?」


「これか? これはこの船の制作者がおまけとして付けてくれたんだわ」


「へ、へーそうなんだ」


「そんなことより、その船長さんってのはやめてくれねーか、せめてキャプテンアダルと呼んでくれ」


「それじゃあキャプテンで」


「まあ良いけどよ」


「それよりその服とか船の事とかもうちょっと聞きたいかな」


「ん? まあいいが話は次の港に着いてからでいいか」


「話してくれるなら何でも良いよ」


「ああ、それとだ暇なら釣り竿を貸してやるがどうする? お仲間さんはみんなあっちで釣りをしてるぞ」


 指差す先を見るとキッカもダイゴもティッシモも釣りをしているみたい。


「んー辞めとく、クラーケンでも釣ったら大変だからね」


「ワハハハ、クラーケンなんて釣れるわけねーだろ」


 バシバシと背中を叩いてくるけど、私としてもそう願いたいもんだよ。フラグって言ったら良いのかな、私がこの船の上で釣りをしたら高確率で大物が釣れる気がするんだよね。


「まっ、気が向いたら暇つぶしとしてやるといいだろ、じゃあまた後でな」


 それだけ言ってキャプテンは船長室に向かって歩いていった。さてとどうするかな、釣りはもってのほかとして、手に入れた本もだいたい読み切っちゃったからね。釣り、釣りねー……どうしようかな。


 ティッシモの所へ歩いていくと、全員ボウスのようでバケツの中には魚一匹すら入っていない。


「そんな感じ?」


「駄目ですね、ひきすらしません」


「うちも全然ですね」


「わしも駄目だな、わしに代わってエリー殿もやってみないか」


 そう言ってダイゴが私に釣り竿を差し出してくる。うっかり受け取ってしまったのだけど、受け取った途端に釣り竿がしなりすごい力で引っ張られた。


「うわっとっとっと」


 なんとか両手で掴み釣り竿が持っていかれるのを防いだ。だけどこれどうするの、リールとかついてないんだけど、思いっきい引っ張ったら良いのかな。しばらくの攻防を続けていたらいつの間にかすごいギャラリーが集まってきた。


「んー、だらっしゃー」


 一度足を振り上げておもいっきり甲板を踏みしめる。そして体を反転させて一度肩に乗せた後、背負投げのように釣り竿を振り上げて下ろす。背後からはざばぁという音が聞こえた。


「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」


 歓声なのか絶叫なのかわからない声があがったが、私にはそれを確認する暇はなかった。空を見上げると釣り上げられた獲物が私に向かって落ちてくるのが見えた。サメ? いや大きさがおかしい、船と変わらないくらいの大きさの……クジラかな?


 こんなのが落ちてきたら船が持たないでしょうに、仕方がないね。持っていた釣り竿を放り投げてポシェットから杖を取り出し構える。


「切り裂け、千刃」


 魔力を思いっきり込めて呪文を唱え魔術を発動する。風の刃が一つ二つと上空のクジラもどきへ飛んでいく。最初は体表の油に滑ってか傷すらつけることが出来なかったが、風の刃の数が増えていくにつれ少しずつ傷が増えていった。


 その傷も徐々に深くなっていき最後にはその姿は原型すら留めることもなく細切れとなり、盛大に血の雨をふらせることになった。


「ふぅ」


「ふぅ、じゃねーよ、俺様の船を血と肉片だらけにしてどうしてくれるんだ」


 辺りを見回すと、甲板や船員にキッカやダイゴが血まみれになっている。ティッシもはちゃっかり結界を張ったのか無事なようだ。


「えっ、いや、その、助かったでしょ?」


「それはそうだが、なんでてめーとそっちの男だけ濡れてないんだよ」


「それは結界を張ってたからね」


「んなこと出来るなら船も濡れないようにしやがれ、もしかして出来ないのか?」


「そんなの余裕でできらあ」


「じゃあやれよ」


「あははは」


「笑ってもごまかされねーよ」


 その後は魔法で血染めの船の清掃をする事になりました。その結果、血染めになる前よりもピカピカになってキャプテンがご機嫌になった。疲れたのは私だけというなんとも言えない気分になった、だから釣りとかしたくなかったんだよ。

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