第90話 魔女、絡まれる
「一つ訪ねたいことがある」
旅の侍の格好をした男が少し離れた所で止まり私に語りかけてきた。身長は180くらいだろうか、あと体つきはかなりゴツい、まるでクマのようである。それに反するように女性の方は細身で、身長は私と同じくらいに見える。
「なんですか?」
少し硬い返しになったと思った所で、どうして私はこんなに緊張しているのだろうかと思うにいたった。私は私の実力を知っている、そんじゃそこらの人どころか魔物にだって負けることはない。
もしかすると自分でも気が付かないうちに、着物姿を意識してしまっているのかもしれない。話しかけられたことによりその緊張もほぐれたような気がする。
「お主は魔女殿ということでよろしいかな」
「どこかで会ったことあります?」
「会ったことはないな、ただ姪が世話になったといった所だな」
「姪ですか」
「それで、返答はいかに」
一応といった感じで聞いては来ているが、私が魔女だということを確信しているように見える。ごまかしてもいいけど、意味はないだろうね。
「ええ、世界で5人目の魔女であっていますよ」
「くははは、そうかそうか、それでは一手お相手いただこうかな」
「何がそれではなのかは知らないけど、私には戦う理由とか無いんだけど」
男が背中から槍を取り出し巻いていた布を外すと構えた。なんだか最初からこちらの話しを聞く気はないらしい。仕方ないからちょっと付き合ってあげましょうかね。姪っていうのが誰のことかわからないけど。私はポシェットからいつもの杖を取り出し構える。
ティッシモは私たちから離れると、あちらの女生と向き合っている、ただそれだけで戦う感じはなさそうだ。
「では参る」
ドンっと音が鳴るくらいの踏み込みをしたと思えば、グンっと槍が突き出されてくる。私は半身になりそれを躱すが、その槍の穂先が跳ねて胴を薙ぎ払うように動く。私は杖で槍をすくい上げるように打ち上げながら後ろへ下がる。
距離が離れたことで一度体勢を整える。相手を見ると槍をしごいている。そう言えば何も確認とかしなかったけど、魔術とか魔法って使って良いのだろうか?
そもそも意味もわからず襲われているわけだから問答無用で使ったも良い気がするけど……それはそれで負けたような気がするからやめておこうかな。そんな事を考えていると再び男は踏み出してくる、だけど先程のような勢いのある踏み込みではなく滑るような歩法で向かってくる。
短い間隔での突きを放ってくるが、私は杖で軽く払うことで外側へそらして突きが途切れるタイミングを待つ。突きが途切れるタイミングで下がろうとする男。私はそのタイミングで一気に男の懐に潜り込んだ。
男が戸惑っているのがわかる、私は顎をかちあげるつもりで杖を上へ向け振るったが、ぎりぎり避けられたようで、編笠を跳ね飛ばすにとどまった。追撃をしようとした所へ男が下がりながらも槍を回転させるようにすくい上げてくるが、それを躱して空いている方の手で掌底を男の脇腹へと叩き込んだ。
掌底を受けた男は結構な勢いで飛んでいくが倒れることなく、膝立ちで体制を立て直し槍を杖代わりとして立ち上がった。
「ぐ、ぅ、流石と言ったところだな」
編笠が飛ばされたことで顔が見えた。茶色の髪に黒い目、これまた茶色のモサモサのヒゲを生やしている、そして注目するべきはその頭部にあった。男の頭部には丸いまるでクマのような耳が二つ付いていた。人の耳が本来あるべき場所は髪が掛かっており耳の有無は確認できない。
「獣人?」
「む、これはしまった、傘が外れてしまったか」
「それでまだ続ける?」
「いやはや、まいったまいったわしの負けだ」
そう言って男は編笠を拾って被ると、槍に再び布を巻き付けて背中に背負い直す。
「わしがこういうのも何だが、少し話を聞いてもらえないだろうか」
いつの間にかティッシモと相対していた女が男の近くへ移動しており、二人して頭を下げてきた。
「まあ良いけどね、もう少し進んだ所に村があるみたいだからそこで今日は宿を取ってからでいいかな」
「あの村か、あの村には宿はなかったが空き家なら貸してもらえた、そこを再び借りるとしよう」
「そう、それじゃあ移動しましょうか、話しは落ち着いてから聞きましょうか」
私のその言葉に頷いているのを確認して、私たちは村へと歩き出す。獣人関係といえば一つしか思いつかない、それはあの火龍山で戦った獣人の少女の事だ。遺品らしき物はなにもない、せめて遺髪くらいは確保してあげてたほうが良かったかなとは思ったけど今更だね。
特に会話もなく歩いていくと遠目に畑と村が見えてきた。柵で覆われた小さな村だった。村の前についた所で見張りをしていた男性に、男が近寄っていき2,3言葉を交わし戻ってきた。
「村長の所へ行ってくれとのことだ、こっちだ」
男の後に続いていくと、少し他の家よりも立派な建物へたどり着いた。男が扉をノックすると初老の男性が出てくる。
「突然すいません、旅をしているのですが一晩滞在したいのですが」
「ああ構わないよ、なにもない村だが空き家は何個かある、掃除などはしていないから使うなら掃除など勝手にしてほしい」
村長さんに空き家の場所まで案内してもらい、借りる代金として旅の途中で手に入れた血抜きだけを済ませて解体していないイノシシとクマを渡しておいた。どうやらこのあたりは近くに森がなくお肉がなかなか手にはいらないみたいですごく喜ばれた。
それらを見て目を見開いた村長は急に大声で「今晩は宴会じゃー」と村中に聞こえそうなほどの大声で叫んでいた。おじいちゃんめちゃ元気だね。
獣人組とは別の空き家をそれぞれ借りて、掃除が終わったら一度集まり話をすることになった。ちなみにお掃除は魔法でちゃちゃっと済ませましたよ。扉と窓を全開にして、風をぶわーっとして水をじゃーっとして、温風をぶわーっとして終わらせました。
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