第78話 魔女、海へ沈む

 ここリーゼンブルグと呼ばれる港街に滞在してから一週間経った。借りている屋敷で寝起きをしている。朝はまず朝風呂から始まり、朝食は朝一で届けられた魚介を楽しみ、昼は市場を散策しながら珍しい食べ物を探し美味しければそこそこの量を購入してポシェットへ入れている。


 後はたまに漁師ギルドでグラードの相手をしたりして暇をつぶしたり、隠居と一緒に釣りをしたりたまに軽く手合わせなんかもしたりと、そんな感じで過ごしている。


 王族の避暑地という事で、海は基本穏やかであのクラーケンが特別だったのだと思う。街道沿いも兵士が巡回していて魔物も出る側から退治されていて安全だし、こうなるとギルドに行っても依頼がほとんどない状態だ。


 はっきり言っちゃうと暇になった。結局事件らしい事件はあのクラーケンくらいしかなかったわけだね。そんなわけでそろそろ王都に戻ろうかなと隠居に話したところ近場にほとんど人が入ったことがないダンジョンがあるということを教えてもらった。


 なぜほとんど人が入ったことがないのかというと、だいたい想像はできるとおもうけどそのダンジョンは海底にあるというわけだ。ダンジョンの入口らしき門があり、一度だけ素潜りの得意な人がそこまで行き、ダンジョンだということを確認したようだ。


 そのダンジョンは入っても海中のままで、先が見えなかったという事で戻ってきたらしい。その潜りの得意な人物は冒険者ではなく漁師だったというのも奥まで行かなかった理由でもあるということだ。


 それ以降誰もそのダンジョンへは近寄らずほったらかしになっているのだとか。そこまで聞けば俄然興味を持ってしまうのは普通のことだろう。という事で私は今そのダンジョンが見える所まで来ている。


「嬢ちゃん本当に一人で行くのか?」


「ん? グラードも行きたいの? 行きたいのなら着いてきてもいいけど」


「興味はあるがな、俺は長時間水中で息できないんだわ」


「水中呼吸なら私がなんとかしてあげるけど」


 そう言ってポシェットから一本のポーションを取り出す。


「これ水中で呼吸できるようになるポーション、ただし効果は一時間だけどね。だからダンジョンの中に入ってその先次第ではあるかな。流石に水中でポーション飲むのは一苦労だけどね」


「くっ、気になる、気にはなるがやめとく。それより迎えは良いんだよな」


「いいよ、いつになるかわからないから、帰りは自力でどうにでもするよ」


「わかった、まあ気をつけてな」


 私は自らに魔法を使い水中でも呼吸できるようにした後、海に飛び込んだ。見えているゲートに向かい泳いでいき門前にたどり着いた。この感じからしてダンジョンなのは間違いがないようだ。私はそのままダンジョンの入口となっている暗闇へと入る。


 ダンジョンの中は聞いていた通り海中のままのようで、そのまま奥へと泳いでいく。今のところ魔物には遭遇しないけど、どこまで続いているのかわからない。それから曲がり角のたびに勘で進んでいくと、二階層への階段を見つける事ができた。


 ここまで全く息ができる場所がなかったし魔物も見なかった。この時点で私はなんだかすっごく嫌な予感がしていたが、とりあえず行けるだけ行こうと覚悟を決めて二階層へ降りた。


 そこも一階層と同じで海水に満たされていた。もしかしなくてもやはりこのダンジョンは海底ダンジョンではなくて、普通に地上用のダンジョンが海底に沈んだ結果こうなったんじゃないかなって思えて仕方がない。


 そうは思いつつも今更手ぶらで帰るのもねって事で最奥へと向かって泳いで進む。結局最奥についたのはそれから三時間ほどかかった。その間魔物も宝箱も何もなかった。ただ謎の光源があったので泳ぐのには困らなかったくらいかな。


 最奥に着いたのは良いのだけど、アルダやベルダのようなダンジョンマスターがいるわけでもなく、ただボス部屋らしき場所にポツリとダンジョンコアが置かれているだけだった。


 もしかしたらアルダの時みたいに、もう一階層下へ降りる階段が出てくるのかなとしばらく待ってみたけど結局誰も出てくることはなかった。とりあえずダンジョンコアに手を触れてみることにする。


 所有者がいないダンジョンコアならダンジョンを壊すこともできるし、自分のものにもできるのだけど、こんな海底のダンジョンなんて使い道がないから壊す一択なんだけどね。


 ダンジョンコアにふれると様々な情報が頭の中に流れこんでくる。どうやらこのダンジョンは設置した人の不注意で川へドボンとしてしまったようだ。そして流れ流れてこの場所に定着したらしい。


 予想通りこのダンジョンは誰の所有でもなかったので私が一度登録をしてそのまま崩壊させることにしました。ダンジョンコアに魔力を注ぎ込み前任者の魔力を上書きして私の所有として書き換え、そのまま古代語で『崩壊』と言う。


 ダンジョンコアから手を離すと、ダンジョンコアが砂のように散るとなる感じで崩れ……水中だから崩れないでそのまま水に溶けるように消えた。これでこのダンジョンは崩壊するという事になる。


 特にこれといって見るものもないのでさっさと脱出ゲートから外へ出て海上へ向かって泳いだ。海上へでると辺りは真っ暗で既に夜になっていたようだ。時間とか測ってなかったけど思ってたよりも時間は経っていたみたいだね。


「はぁ、これこそ無駄足ってやつだね」


 ついつい愚痴ってしまったのは仕方ないよね。本当に得るものは何もなかった、宝箱の一つでもあったら良かったのにね。海上に魔法で立ち上がり杖を取り出して腰掛けたタイミングで下の方から振動が伝わってきた。


 これはダンジョン崩壊の前兆かなにかなのかな、急いで空へ飛び上がるとその直後海底から光の柱が立ち上がった。光は虹色のキラメキとともに空へと昇っていった。その光は上空で空全体へ広がったと思うと魔力のオーロラを作り出した。


 あーこれってあれだ、さっきダンジョンコアに注ぎ込んだ私の魔力だね。崩壊させた結果残っていた魔力を排出して今のようになったんだろうね。


 空を見上げると虹色のオーロラが輝いている。何もないダンジョン探索だったけど、最後にこういった風景が見れただけでもマシかな。うん、そう思っておこう。私は、私の魔力で作られたオーロラの中、リーゼンブルグの屋敷に向かって飛ぶのであった。


 翌日オーロラの件で隠居とグラードに質問攻めされ何故か怒られた。オーロラを見て魔物の襲来かと一晩中警戒してたらしい。


 私、何も悪いことしてないのに、ただ夜も遅かったからぐっすり寝てただけなんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る