第69話 魔女、ディーさんと語る

 晩餐会については特段話すことはないと思う。カルロたちに声をかけたら、最初誰からも私だと気づいてもらえなかった。それから普段は余り喋ることのないアーサが何を思ったのかダンスの誘いをしてきたのは戸惑ったね。


 ダンスなんて踊れないから断った後に、私だと教えたら凄く狼狽してたのは面白かったわ。それからケンヤの玄孫で金髪ドリルちゃんのアデリシアとも再会をした。ケンヤから話しは聞いているので、時間が出来たら尋ねてきてくださいと言われた。


 ケンヤが気を利かせて、お米やら調味料やらを用意してくれているとのことだったので、依頼が終わった後にでもよらせてもらおうと思う。適当に食事をして、あいさつ回りを済ませたアルバスさんとアデレートさんが退場するのに合わせて私もお暇させてもらった。


 そして私は今、ディーさんの部屋に来ている。人払いを済ませているので部屋には私とディーさんしかいない。ディーさんはキセルをくゆらせながら、けだるそうにソファーに腰掛けている。


「ディーさん、それって鎮魂草ですよねいつからそれを?」


「もう3年ほど前からだね」


「そうですか……」


 鎮魂草というのは、痛み止めに使われる薬草で、効果は強いのだけどそれに比例して副作用もかなり強かったりする。


「エリーはエリクサーを何個ぐらい持ってる? 余裕があるなら10本ほど融通してもらいたいのだけど」


 ドレスのスカートの中に隠し持っていたポシェットを取り出して、中からエリクサーを15本ほど出しテーブルに置く。早速その一本を手に取りディーさんは中身を飲み干した。


「こんなにいいの? 少し前に知り合いから1本融通してもらったんだけどね、ちょっと前に効果が切れてしまってね」


 知り合いからエリクサー?


「それってもしかしてアールヴのことですか?」


「あらエリーはアールヴと知り合いなのね、そこでアールヴの名前が出るってことはあのエリクサーはエリーのものだったのね」


 世間は広いようで狭いってよく言われるけど、ほんとにそう思う日が来るとは思ってもいなかったわ。


「その節はセイレーンの涙ありがとうございました」


「あれはエリーが必要だったのね、役にたったのなら良かったわ。それならこのエリクサーのお礼は何が良いかしら、私の持っているものならなんでも良いわよ」


「お礼なんて別にいいですよ、散々お世話になってきましたからね。それでどうするんですか?」


「そうね、今回の依頼が終わるまでになにか良いものがないか考えておくわ。それとどうするかは依頼を見届けた後にさとに戻るつもりよ」


「郷にですか、ならその前に師匠に会ってくださいよ」


「ええそのつもりよ、エリーが森をでて今は一人でしょう? 郷から出て旅をしている娘の一人をあの娘に預けようと思うわ


「そうですか、その時が今生の別れになるかもしれませんね……」


「そんな顔しないの、私たちエルフにとって死とは自然に還るだけのことだから。そして魂は自然の中で円環し再び生を得るのよ。魔女になったあなたやあの娘となら次の生でも再び出会えるかもしれないわね」


「はは、それって何千年後の話しですか、流石に私もそこまで生きる予定はありませんよ」


「そう? まあいいわ、エリーはせっかく森を出たのだから死ぬまで楽しんで生きなさい」


「死ぬまで楽しんで生きる、ディーさんらしい言い方ですね。ですけどわかりました、死ぬまで楽しんで生きますよ」


「それがいいわ、この世には私やあの娘でさえも知らないことがたくさんあるのだから存分に楽しみなさい。ちなみに子どもはね、息子が5人娘が3人いるわよ」


「意外と子沢山だった!」


 先々代国王と結婚したディーさんだけど、今でもディライト・ユグドラと名乗っている。この国では結婚すると主家の家名を名乗ることになるのだけど、それは異種族間の結婚には適応されない。


 理由は生まれる子どもが異種族だと、どちらかの種族として生まれるから、つまり人族とエルフの間には、人族かエルフのどちらかの子供が生まれることになる。ちなみにハーフという存在は生まれない。


 元々貴族制度なんて使っているのは人族だけなので、家名を継承するのは人族だけという話なだけだからというのもある。ディーさんの場合は、人族として生まれた子どもは王家側の子供として育てられ、エルフとして生まれた子どもはエルフ側の子として育てられ継承権は与えられない。


 そもそも師匠やディーさんが名乗っている氏は家名ではなくて、なんと言ったら良いのか所属みたいなもなんだよね。ユグドラというのは、ユグドラシルの森に所属している者であるという意味で使われている。


 なので、ユグドラシルの森に関係しているエルフは全員ユグドラと名乗るわけだね。ドワーフなども含めて異種族が氏を名乗る時は、その場所や氏族それから部族などを知らせるためだったりするので、人族の家名とは意味合いが違うと思ってもらえばいいかな。


 補足を一つだけいれるなら、リリは小人族なのに騎士となっている、騎士は騎士爵という貴族じゃないの? と言われそうだけど、騎士爵は一代貴族と言われていて継承権は無いので異種族でもなれると聞いている。


 エリクサーを飲んだおかげか、肌の色が褐色のためわかりにくいけど先程までより随分と顔色が良くなっている気がする。寿命は伸ばせないけど体調はましになったようだね、少しでも役に立てたのなら良かったかな。


「エリーは依頼の日までここに滞在しなさい」


「王城に滞在とか普通に嫌なんですけど」


「アルバスには私から連絡しておくからね。それと依頼の同行者とは明日顔合わせをしてもらうけど毎回アルバスに送り迎えさせるのも嫌でしょ」


「それを言われると弱いですね、わかりましたディーさんの話し相手をさせていただきますよ」


 ディーさんはテーブルに乗ってるベルを手に取り鳴らすとメイドさんが部屋に入ってきた。ディーさんがメイドさんに色々指示を出して立ち上がる。


「久しぶりに一緒にお風呂でも入りましょうか」


「王城のお風呂ですか」


「私のプライベートの浴場だけど露天もあるわよ」


「それは凄く興味深いですね、ドレスもいいかげん脱ぎたいですし、お供させていただきます」


「エリーのお風呂好きは変わらないわね、それとドレス似合っているわよたまにはそういう服も着なさい」


「そうですか? まあたまになら」


 私は懐かしそうに笑いながら歩き出したディーさんと共に、メイドさんに先導されながら浴場へ向かった。

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