第64話 魔女、魔纏を教える

 高級宿を十二分に堪能した翌日、いつも通り竜車が宿の前にまで迎えに来てくれる。中に乗り込むとカルロたちは何だかぐでーっとしている。どうやら色々大変な目にあったようだけど見なかったことにした。


 何があったか聞いてほしそうな視線を感じたけど知らないよ。いつも通り本を取り出して読み始める。今日の読み物は2000年前の娯楽小説といったところかな。


 中身はというと異国の話しという形で始まり、王子と婚約者として悪役令嬢が出てきて、そこに割り込む形で出てくる魔力が多い五級市民の少女。その少女をいじめ抜く悪役令嬢と敵対する勢力がでてきてなんやかんやで二つの勢力が争う。よく見かける悪役令嬢物とは違うのは最後は五級市民の勢力が負けて処刑で終わり、めでたしめでたしといった感じだった。


 正直内容は微妙だったけど暇つぶしにはなったかなと思いつつ奥付を見ると史実だったらしい。


 そんな感じで昼の小休憩の時間となり、いつも通り私が屋台で買い集めた食事で軽く済ませる。


 正直これでいいのかなとは思うのだけど、料理ができるのが私とリリだけなんだから仕方がない。毎回作るのもめんどくさいからね。


 昼ごはんも終わった所で今日の予定を聞いてみる。今日は次の街で一泊ということで出発までそこそこ時間に余裕はあるようだ。そういうわけでみんなを集めて魔纏まといを教えようと思う。


「さて、まずは魔纏というものがどういったものか見てもらいましょうか」


 私はその辺に落ちている木の枝を拾って、手を伸ばして枝を横向きに構える。


「カルロはこの木の枝を切ることができると思う?」


「流石に余裕だと思いますよ」


 そう言いながら剣を抜いて、軽く構えた後に木の枝に向かって剣を振り下ろした、だけど木の枝は切れることはなかった。


「もうわかっていると思うけどこれが魔纏だよ」


「すごいですね、止められた感触すら感じませんでした」


 カルロは一度離れ、剣の様子を確認した後鞘に収める。


「ちなみに、魔纏っていうのはこういう事もできるんだよ」


 私は枝を持ったまま、私の腕の長さくらいの一本の木の前に移動し軽く振り抜いた。木の枝を持っていない方の手で目の前の木に軽く触れると木はそのまま滑るようにずれ、ドスンという音を立てて倒れた。残った切り株には綺麗な切断面が見て取れる。


「という感じだね」


「「「……」」」


 この場を沈黙が支配している。せっかくなので切った生木は回収しておこうかな、使い道は色々あるからね。


「な、な、なんですか今のは、ただの木の枝ですよね、なんで木の枝でその太さの木が切れるのですか。それに木が切れるならどうして僕の剣は切れずに受け止められたのですか」


「だからこれが魔纏だよ。ちゃんと使えば切ることも受け止めることもできるってだけだよ」


「その魔纏を僕たちに教えてもらえるということでしょうか」


「そのつもりだよ」


「よろしくお願いします、エリー先生」


「先生って急にどうしたのよ、まあ好きに呼んでくれていいけど」


 この後アルバスさんにアデレートさんや護衛の騎士を交えて、少し確認をすることになった。そこで分かったことを少し語るとしましょうか。


 まずは魔纏についてはアルバスさん以外は知らないようだった。アルバスさんもそういう物があった程度でしか知らなかったのだけどね。そこで少し考えてみた結果は、装備品としての魔導具の発展によって廃れてしまったということだった。


 魔導具としての装備と魔纏はどうやら相性が悪いみたい。ぶっちゃけてしまうと魔剣があれば魔纏って必要ないってことだね。魔剣というのは魔導具などと同じで魔力を流すだけで効果が現れる、魔纏のように微調整すら必要がない。


 おかしいと思ってはいたんだよ、火龍との戦いで誰も魔纏を使ってなかったから。てっきりケンヤもグラシスも魔剣を持っていたから使わないのかと思っていたのだけど、結局まともにがダメージを与えていたのがケンヤだけだったからね。


 あの戦いの時、魔纏を使っていなかったのではなくて、使えなかっただけだったのかと今更ながら知ることになった。


 魔纏は魔力の消費が激しくて、調整を失敗すると爆発したりして危険だし、魔剣を使うより発動までに時間が掛かるし……あれ? 魔纏っていい所が無い気がしてきたわ。ま、まあ、昔と違って今は魔剣って高価で簡単に手にはいらないから覚えておいても無駄じゃないよ、きっと多分。



「まずは私があなたの魔力を使って魔纏を発動するからね」


 木の枝を持っているカルロの腕を掴みカルロの魔力を操作する。


「まずは身体強化」


 カルロの体に身体強化の効果が現れる。


「続いて魔力を体外に放出して木の枝を包みこむ」


 木の枝を持つ手のひらから、木の枝を伝うように魔力を動かし包み込むように魔力を操作する。


「どう? わかる? これが魔纏よ」


「これ、は、きつい、ですね」


「最初はそうかも知れないわね、それじゃあ手を離すからその状態をなんとか維持してみなさい」


 カルロの腕を掴んでいた手を離してカルロから距離を取る。一秒、二秒、三秒……十秒となった所で木の枝がボンッという音とともに破裂する。


「うわっ」


 初めてなのに十秒ももったのは優秀だね。カルロは全身汗だくとなっていて爆発の衝撃で座り込んでいる。近寄って手のひらを見ると破裂したことにより枝のかけらが刺さっていて痛々しい。


「はい、これを使って。どう? なんとなく感覚は掴めた?」


 ポーションを取り出して手渡す。


「ありがとうございます。なんとなくですが、だけど維持をするのが大変ですね、気が緩んだわけではないのですがご覧のとおりですよ」


「もうエリーさん、カルロに酷いことしないでください」


 走り寄ってきたセーランに怒られた。いちゃいちゃしだした二人は放っておくことにして、カルロには休憩するように言ってアーサの元へ向かう。アーサとリリに続き、習いたいと言ってきた護衛の騎士にも教えつつ、移動開始までの間みんな練習にあけくれた。


 今回魔纏を習っている人の中で一番最初にコツを掴んだのはアルバスさんだったとだけ言っておきましょうか。

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