第47話 魔女、別れる

 横並びにお湯に浸かりながら暫く静かな時間が過ぎていく。


「そうだね、ニーナちゃんに私の秘密を教えてあげる。これを知っているのは今のところ師匠とアールヴだけ、そんな秘密をね。だから誰にも言っちゃだめだよ、ちゃんと秘密に出来る?」


「秘密、師匠とわたしだけの秘密。誰にも言わないです」


 いや師匠とアールヴも知っているんだけどまあ良いか。


「じゃあ言っちゃおっかな、実はね私は魔女の弟子なんだけどね、私も魔女なんだよ。この世界でたった5人の魔女の一人が私なんだよ」


「世界に5人だけの魔女ですか、やっぱり私の師匠はすごいんですね」


「いや、まあ、その、面と向かって言われると照れるね。そうです、私はすごいんですよ、そしてねそんなすごい私の弟子がニーナちゃんなんだよ、だからねニーナちゃんは魔女の弟子ってことになるんだよ」


「私が魔女の弟子ですか。なんだかそう聞くとすごそうですね」


「だからねニーナちゃんには、私の弟子としてもっともっと成長してほしいんだよ。特に錬金術師として私を超えてほしいと思っている。才能があってそれ以上に努力ができて、いざという時に踏ん張れる我慢強さを持っている、そんなニーナちゃんだから私がいなくてもやっていけると思うんだ」


「わたしに師匠を超えることが出来るのでしょうか?」


「ニーナちゃんになら出来るよ、師匠である私が保証してあげる。どう? やれそう?」


「わかりません、師匠を超えるなんて想像もできません、だけど師匠の弟子として恥ずかしくない錬金術師になりたいです」


「うん、がんばってね」


 そこからは他愛のない話を続けた、今では普通に入るようになったお風呂の話や、初めて錬金術でポーションが出来て感動したこと、スタンピードの時にギルドで延々とポーションを作っていた時のことなど。そして今日念願であったアーシアさんの薬を作ることが出来た達成感。つらい時もあったけどやって来てよかった、これからも錬金術を続けていきたいと言ってくれた。きっとニーナちゃんは私を超えて、私の師匠をも超えて、世界一の錬金術師になってくれるんじゃないかな。


 不老である私達とは違い、有限の生の中で常に成長していく人たち。有限であるからこそ、その成長は不老の私達なんかより全然早いし伸びしろを持っている。このまま錬金術を続けていけばいつかは魔女となる選択肢も出てくるかもしれない。その時もしニーナちゃんが魔女となる道を歩むならそれもいい。その時は私が先達として導いてあげようと思う。私としては限りある生を普通の人として全うしてほしいとは思っているけどね。


 お風呂から上がり宿の食堂でみんなが集まり軽くお別れ会が開かれた。急だったけどお風呂に入っている間に大将が用意してくれたようだ。飲んで食べて笑って別れるそういう別れも良いものだね。ニーナちゃんとアデラが寝た後は、大将とアーシアさんと三人でお酒を飲みながら語り明かした。今まで聞かなかったけど、二人が若い頃にしたという冒険の数々は聞いていて面白かった。



 翌朝起きている大将とアーシアさんに挨拶だけして早速南門へ向かう。移動は暫く乗合馬車を使おうと思っている。急だったけど空いている馬車があったのでお金を払い幌馬車に乗せてもらう。目的地は王都だけど馬車を使ったら一ヶ月くらいかかるらしい。出発を待っていると外から私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。幌から顔を出すとニーナちゃんとアデラが走ってくるのが見えた。門が開くまでもう少し時間がありそうなので一度外に出る。


「どうしたの二人共?」


「ハァハァハァ、これを、うけとって、ください」


 ニーナちゃんの手には一本のポーションが握られていた。見た所上級ポーションみたい。


「これは?」


「はぁふぅ、これはわたしが今作れる中で一番いい出来のものです、師匠の作るものに及ばないと思いますがお守り代わりに持って行ってください」


「いいの? これ私が見ただけでもかなりいいものだよ、売ったら結構な値段になると思うけど」


「良いんです、次に師匠が戻ってきた時にはそれよりもっと良いものを作れるようになっておきますから楽しみにしておいてください」


「ふふ、わかったわ、これは預かっておくわね、次に会うときを楽しみにしておくわね」


 ニーナちゃんの頭をポンポンと撫でてあげる。次にアデラが丸い手のひらくらいの容器を渡してくれる。


「エリーの姉御、それは教えてもらった薬学で作った軟膏です、火傷や擦り傷なんかに効果があります、姉御には不要なものかも知れませんが貰ってください」


 蓋を開けて中を確認してみるといい出来なのがわかる。


「アデラもありがとうね、そうだね旅の途中でニーナちゃんのポーションとこの軟膏を使ってもらって、作ったのがこの街にいる優秀な錬金術師と薬師だって宣伝しておくよ」


「それはちょっと恥ずかしいです」


「わたしも薬師と名のれるほどじゃないので困るかな」


「大丈夫だよ、二人共本当に優秀だから、困ることも恥ずかしがることもないよ」


 門の開く時間を知らせる鐘が鳴った。そろそろ出発の時間だね。二人をまとめてぎゅーっと抱きしめる。二人も私を抱きしめてくる。


「それじゃあ行くね、二人とも私の自慢の弟子だよ、元気でねまた会いましょう」


 二人から離れて手を振りながら幌馬車に乗り込むと、馬車は順番待ちの列へと進み始める。順番に門の外へ出ていく馬車の列、門をくぐってそのまま馬車は進んでいく。


「ししょーー、ぜったいにあいにきてくださいねーー、わたしまってますからねーー!」


 そんな声が聞こえたので街壁の上を見ると、そこで腕を大きく振っているニーナちゃんが見えた。その姿も馬車が進むにつれて小さくなっていき見えなくなる。5年後か10年後かはたまた20年後かはわからないけど、次に会うのが楽しみだね。もしかしたら1年後かも知れないけど、その時はその時で面白そうではあるね。朝ごはんとして大将に渡されたサンドイッチを頰張りながら、馬車での旅がこうして始まった。

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