第44話 魔女、諭す

 ニーナちゃんが蒸留水の満たされた錬金鍋をかき混ぜている。いつも通り助手を努めているアデラがニーナちゃんの指示通りに素材を一つずつ渡していく。今のところレシピ通りに進んでいるのだけど、ここからが見極めが大事になってくる。魔力を流しながら錬金鍋をかき混ぜ続ける。ニーナちゃんは真剣な目でタイミングを見極めようとしている。このタイミングの見極めは数を熟すことで身につくものなんだけど、ニーナちゃんの場合はギルドでひたすらポーションを作り続けたのが功を奏したようで自然とわかるようになっていた。


 かき混ぜ方、かき混ぜる時に流す魔力の量、そして素材を入れるタイミング、今のところ完璧といって良い。なんというか、ニーナちゃんの成長を嬉しく思うと同時に、もう教えることはないという寂しさのようなものを感じてしまう。弟子を持つ師匠の気持ちってこんなものなのかな。そして最後の素材であるセイレーンの涙を錬金鍋に放り込む。ここからは一気に魔力を流し込んでひたすらかき混ぜるだけだ。どんどん錬金鍋からもくもくと蒸気が登り始める。


「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 ニーナちゃん独自の掛け声が出ると同時にぼふっという音とともに錬金鍋の中から光が溢れ出す。普段と違う反応に戸惑っているニーナちゃんに「そのままその光の中にある物を掴みなさい」と言ってあげる。今までニーナちゃんが作っていたものはこういう現象は起きないのだけど、今回は特別なので変わった反応を見せた。ポーションなどは完成したら普通に鍋の中に液体や個体が現れるだけなんだけど、今回は特別なのでこんな反応を示した。光が収った後ニーナちゃんのその手には小瓶が握られている。それを両手で大事そうに持ちながら私に見せてくる。


「師匠、どうでしょうか」


「うん大丈夫だよ、ちゃんと出来ているし評価としては高品質だね、最高のできだよ」


「出来た……、出来たんですね、これでお母さんの」


「ほら、片付けはやっておくから行ってらっしゃい」


「はい!」


 ニーナちゃんは小瓶を大事に握りしめながら部屋を出ていく。


「さてとお片付けをしちゃいますか、錬金鍋は魔法で洗浄するから、空気の入れ替えと床の掃除お願いね」


「はい」


 私が魔法で錬金鍋を洗浄している間に、アデラは窓を開けて空気の入れ替えをして、床を濡らしたモップで掃除している。


「掃除終わりました」


「うん大丈夫だね、それじゃあ宿の方に行ってお風呂入ろっか」


 アデラと連れ立って裏庭に直接行ってお風呂をささっと用意して体を洗って入り込む。


「エリーの姉御、さっきニーナが作った薬でアーシアさんの声を治すことが出来るんですね」


「そうだよ、アーシアさんの症状ってね呪いの一種なんだよね、だからポーションやエリクサーじゃ対応できなかったんだよ。そこで今回ニーナちゃんに作ってもらったのが解呪の効果があるセイレーンの涙を使った秘薬なんだよ」


「名前とかあるんですか?」


「名前? 特に無いかな、あれって一応私のオリジナルレシピだし、ちなみにあの秘薬って呪い返しの効果も入っているから今頃アーシアさんを呪った相手に返っているはずだよ、アーシアさんが呪いを受けていた年数分の呪いが一気にね」


「呪い返しですか、なんだか物騒ですね。呪われていた年数分の呪いってその相手って大丈夫なんですか? それって人がもう死んでいた場合はどうなるんですか」


「さあねー、まだ生きているなら無事では済まないでしょうね。既に亡くなっている人なら呪いは消えるだけで他には害を及ぼさないよ。それとこのことはニーナちゃんには内緒にしておいてね、そのうち自分で気づくかも知れないけど自分の作った薬で人が死んだかも知れないなんて今は知らないほうが良いから」


「確かにそうですね……、ちなみにどうしてそんなレシピを渡したんですか? エリーの姉御なら治すだけのものを作れたんですよね」


「まあね、ニーナちゃんにはあのレシピのように人を害する事もできるってのを知ってほしいからかな。それはアデラが学んでいる薬学も一緒だからね。いつかニーナちゃんが自分でレシピを解読して真実を知ったときに落ち込んでいたら、アデラはニーナちゃんを慰めてあげてね」


「なんと言いますかエリーの姉御ってニーナちゃんに優しいですよね」


「あはは、それに関しては私もびっくりだよ。ちなみにアデラのことも信用しているからね。友達として、ライバルとして、ニーナちゃんを任せられるのはアデラだけだと思っているから」


「それは、責任重大ですね」


「わかっていると思うけどアデラも気をつけなさいよ、今のアデラの薬学の知識では人を救うことは難しくても、人を害することは簡単だからね」


「……はい、エリーの姉御の弟子として恥じることが無いようにします」


 お風呂を堪能した後着替えを済ませてから宿木亭へ裏口から入ると大将が料理を作っていた。入ってきた私達に気づくとこちらに向きなおり頭を下げてきた。


「エリー感謝する、ありがとう」


「作ったのはニーナちゃんだから、ニーナちゃんをいっぱい褒めてあげてくださいね」


「それはそうだが、ニーナがここまで来れたのはエリーのおかげだ、感謝くらいはさせてくれ」


「まあ私としては才能ある子を弟子にしただけなんだけどね。実際才能だけじゃなくて努力もできる子だし、忍耐力もある最高の弟子だよ。そしてそんな弟子が頑張った結果が今日に繋がったそれだけの話しだよ。それより二人は?」


「アーシアの声が治って気が抜けたのか、大泣きした後そのまま寝ちまったからアーシアが寝室まで運んでいってる」


「そうなんだ、それなら丁度いいからアーシアさんが戻ったら少し話をしましょうか」


「料理ももうすぐできるから食いながらでいいか?」


「そうだねそれでいいよ」


 アデラと一緒に食堂で座って待っていると、アーシアさんが食堂へ出てきた。


「エリーさん、ありがとうございます」


 治ったアーシアさんの声はその姿にぴったりな澄んだいい声だった。


「ちゃんと治ったようで良かったよ、大将にも言ったけどニーナちゃんの努力の結果だからニーナちゃんを思う存分褒めてあげればいいよ」


「エリーさんがそれで良いのでしたらそういたします、それでもニーナの事を含めて感謝していることだけは知っておいてくださいね」


「あはは、うんわかったよ」


「アーシアちょうどいい所に、料理ができたから運ぶの手伝ってくれ」


「はいあなた」


「あーそのなんだ、あらためてそう呼ばれると照れくさいな」


「そ、そうかしら、ずっとそう呼びたかったのよ」


 二人してもじもじしだすとかどこの新婚夫婦だよまったく。


「はいはい、ごちそうさまです、アデラそこの二人は放っておいて料理運ぶよ」


 アデラはアデラで夢見る乙女のような表情をしている。アデラも女の子って事かな、ああいうのに憧れがあるのかね。仕方がないので一人で料理を運びましたとも。後で三人に謝られたけどまあ良いでしょう。

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