第43話 魔女、家を得る

 我が家、つまり私は家を購入した。場所は宿木亭のお隣なんだけどね。元々住んでいた人がお店をやっていたのだけど、年を取り息子夫婦の元へ引っ越して行きその後はずっと空き家だったらしい。買い手のつかないままずっと放置されていたのと、今回のスタンピードの影響で家余りが発生しているおかげでかなり安く購入できた。

 家自体はあまり広くない、一階は元々の持ち主が小道具店を営んでいたようでカウンターとボロボロの棚があるだけだった。二階には部屋が5つあったのだけど、今は寝室以外の部屋をぶち抜いて錬金術用の部屋へと改装した。ぶち抜いた部屋の中央にはギルドでニーナちゃんがポーションを作るのに使っていた錬金鍋がデデンと置かれている。あのあとギルドから購入させて貰いニーナちゃんが使いやすいように調整したものだ。あと一階のカウンターの奥なんだけど、そこから宿木亭の裏庭へつながる扉をつけさせてもらうことにした。大将にお願いして了承を得たので壁をぶち抜いて裏庭に直接行けるようにしている。

 間取り的にお風呂を作るスペースがなかったんだよね。そしてなぜ家を買ったのかと言うと錬金術のお店を開くためだ、といっても私がお店を経営するというわけではなくて、ニーナちゃんのお店として購入した。本人にも大将達にもまだ何も言っていないけどね。他にもケンヤと出会ってからの一ヶ月の間何をしていたかだけど、まずは火龍山へもう一度行って火龍に事の経緯の報告をしておいた。ついでに師匠の所によって久しぶりに会ってきた「あんたまだこの辺でうろついてるのかい」と呆れられたけど笑って誤魔化しておいた。

 それと近くの街にアールヴがギルドマスターとしているということを告げ口しておいたので、そのうち師匠の方から会いに行くかも知れないね、アールヴには黙っておく事にしたので、その時が来たらぜひ驚いてほしいと思う。あとはカレー粉を少し自分好みに改良をしてみた。ケンヤの所で食べたカレーもいいけど私の好み的にはもちっと辛味が欲しかったんだよね。なので魔の森に出かけてそれっぽい薬草や毒草を採集してきて、乾燥させて粉状にすりつぶしてちょちょいと継ぎ足してを繰り返し、色々と試した結果、なんとか好みの味にすることが出来た。ケンヤとは新しく作ったカレー粉を試してもらったり、新しい調味料をもらったり良好な関係を続けている。

 そして街の方なんだけど、他の街からも魔物の素材を求めて商人や護衛の冒険者の出入りが激しくなり、屋台も私が初めてこの街に来た頃の賑わいを取り戻している。今現在は王都へ避難していた貴族の家族や商家の関係者などが戻って来始めている。その中には図書館の二人、マリアさんとナーシャさんも帰ってきている。現在図書館は閉館中で王都にまで運んでいた書物の整理と、新しく王都から運んできた物の整理に追われていて忙しそうだったので、軽く挨拶だけしておいた。

 一方魔の森の生態系も徐々に戻り始めているようで、浅層でもちらほら魔物の姿を見るようになっている。魔の森というだけあって魔物の増殖は結構早いんだよね。とまあこんな一ヶ月間だった。そして今日アールヴから手に入れた小箱の中身、これを使ってニーナちゃんにある薬を作って貰う予定だ。それが終われば私はこの街から出て旅を再開しようと思っている。

 宿木亭で晩ごはんを食べる。宿を出たからと言って食事を自分で用意するとは誰も言っていないからね。ちゃんとお金を払って作ってもらっています。まあそれは良いでしょう、食事が済んだ所でいつものように私のお店の工房へニーナちゃんとアデラと共に戻ってくる。なぜアデラがいるのかと言うと錬金術に興味が出たということで頼み込まれた。

 残念ながらアデラには錬金術を一から教えるほどの時間がないので、錬金術は教えられないと言った上で代わりに薬学を教えてあげている。薬学は錬金術と違って決まった薬草を決まった量だけ用意して、決まりさえ守ればある程度のものなら誰でも作れる。あと薬学で作られたものの一部は錬金術の素材としても使うので、ニーナちゃんの助けにもなるかなと思って、薬学の部分をアデラがやってくれるならニーナちゃんも助かるんじゃないかなという思惑もある。

 ニーナちゃんがもし後々薬学を覚えたい時はアデラに教えてもらうとかも出来るわけだからね。なんでも一人で作れるということも大事だけど、普通は分業するものだから丁度よかったのかも知れない。

「さて、かねてより探していた素材が今日手に入りました、そこでニーナちゃんにはこれを使ってあるお薬を作ってもらいます」

 レシピとニーナちゃんが一生懸命集めていた素材をテーブルに並べる。

「はい、師匠……、もしかしてこれって」

「そうだよニーナちゃんが錬金術を始める切っ掛けの薬だね」

「今の私に作れるのでしょうか?」

「大丈夫だよ、ニーナちゃんなら出来るから、失敗したらその時はまた素材採集からだけどね」

「それは、大変、ですね……」

 何かを思い出したのかハイライトの消えた瞳をして体を震わせている。いやいやそんな大変な素材はなかったでしょうに。何を思い出しているのかな? ブラッディトレントの樹液を採集しに魔の森の奥まで行ったときだろうか、それともドライアドに百年樹の実を譲ってもらいに行ったときだろうか。それ以外だと金糸蝶の鱗粉はたしかに見つけるのは大変だったかな。もしくはキラーホネットのレア素材を取るためにひたすら倒しまくった時の事かもしれないね。

「全部です……、全部大変だったじゃないですか、何度も死ぬかと思いましたよ」

 うっかり声に出ていたみたいでそれを聞いたニーナちゃんが泣きそうな声で訴えかけてくる。ちゃんと結界を張って、安全な状態で連れて行ったから危険はなかったと思うんだけどね。

「あははは、まああれだよ、失敗しなければいいだけだからね、がんばれー」

「はぁ、わかりました、今の私に出来るという師匠の言葉を信じます」

「失敗したくないなら、目の能力を使ってもいいよ」

 ニーナちゃんは少し考える素振りを見せたけど「やめておきます」と言って調合の準備を始めている。うんうん、良い兆候だねニーナちゃんもいい感じに成長したようで嬉しく思うよ。ニーナちゃんには言ってないけど、失敗しても小箱の中身であるセイレーンの涙以外はちゃんと予備を取っておいているので大丈夫だったりするのは内緒。

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