第35話 魔女、弔う

「おっとっと」


 飛ばされながら魔法で空気のクッションを作り衝撃を殺して停止する。さきほどまで私がいた場所を見てみるが誰もいない。


「上?」


 空を見上げると拳を振り上げた人物が私に向かって落ちてくる、被っていたフードはめくれ上がりその容姿が目に入った。銀色の髪、濁って何も映していない瞳、そして額には黒い魔石が埋められており頭部には犬のような2つの耳がある。


「獣人に魔石か、酷いことをするもんだね」


 ああなってはもうだめだね、情報を聞き出すことも出来ないだろう、誰がしたものかわからないけどここで終わらせてあげるのが良いだろうね。拳を振り抜き落ちてくる獣人の少女の拳を真っ向から受け止めて掴もうとしたが、その前に蹴られて再び吹き飛ばされた。威力はそうでもないけど早いね、この速さだと魔法や魔術を使っても簡単に避けられそうだ。


「…………」


 獣人の少女は縦横無尽に駆け回りながら攻撃してくる。いなしながら動きを止めようとするけど、反応速度がすごく良くてどうもうまくいかない。何度か攻撃を捌いていたけど、途中で動きを止めることを諦めて相手に合わせる形でこちらも攻撃をして骨を砕く作戦に変更する。攻撃のたびに動きを合わせて真っ向から打ち砕く。それを繰り返しているとだんだんと動きが鈍っていってついには動きが止まる。暫く向かい合ってお互いの出方を見ていたのだけど、獣人の少女は何かを話しているのか唇が動いている。


 えっと余り読心術って得意じゃないんだけどね、ふんふん……ん? あー獣人語か、えっと「クルシイ、コロシテ、イタイ、シ、タスケテ、シニタイ、シニタクナイ」多分だけど、この言葉を繰り返している。


「ほんと碌でも無い事をする奴がいるようだね。ねえあなた、まだ少しだけでも意識があるなら抗ってみせなさい、残念だけどそうなってしまってはあなたを助けることは出来ないわ。だけど死を望むなら抗いなさい……ちゃんと終わらせてあげるから」


「…………」


 何かを呟いたようだけど唇を読む前に獣人の少女はその場から消え去る。私は体を半身に構える。獣人の少女は既に砕けた拳は開かれたままに、まだ動くと思われる腕は何かに抗うように震えながら下げられている。ただ額だけを突き出し、こちらの目を真っ直ぐに見つめながら走ってくる。私は狙いを定め掌底を繰り出した。掌底は正確に額の魔石に当たり、魔石が砕け獣人の少女は勢いのままひっくり返った。


 倒れた獣人の少女の手足が無軌道に動きあばれている.待っていると少しずつ動きが緩慢となり、そして動かなくなった。それを確認して傍らに座り込み、そして魔石が砕けた事により空いた額の穴へと指を潜り込ませる。頭蓋の奥、脳に埋め込まれた魔結晶を指で挟む、体がビクリと少し跳ねるが気にせずに引っ張るとブチブチと何かが引きちぎられるような音が聞こえる。取り出した魔結晶を魔法で出した水で洗い流して収納ポシェットに入れておく。


「よく頑張ったわね、あなたの次の人生に幸多きことを願っているわ」


 開いていた瞼を閉じてから魔法で獣人の少女を燃やしてあげる。魔石を砕いた上に魔結晶を取り出したから、もうアンデッド化することはないけど燃やしてあげたほうが弔いになるだろうからね。この獣人の少女の仲間だったかは分からないけど、先に倒した人たちも燃やしたのは正解だった。魔結晶は後で調べるとしてとりあえず火龍と合流しますかね。収納になおしていた杖を取り出して、杖にまたがり上空へ上がり目視と魔法で探知をする。他に人がいないか探してみたけどいないようだ。火口の上まで行った所でちょうど火龍が戻って来た。


『おぉ魔女殿どうであった?』


「とりあえず終わったよ、情報を精査するのはこれからかな、それよりそっちはどうだったの? なにか無くなってるものとかなかった?」


『あーそれがよくわからんのだ、元々整理などしていなかったわけでな』


「なんとなくそんな気はしていたけどね、大事にしていたものが無くなってないなら良いと思うけどね」


『それは大丈夫じゃ、大事なものは我がいつも持ち歩いておる』


「まあそうだよね、さて私は一旦戻ることにするよ、これの解析もしないといけないからね」


 収納ポシェットから先程の魔結晶を取り出して火龍に見せる。


『それが何かは分からぬが魔女殿の好きにしてほしい』


「あなたに関わる情報が出てきたら教えてあげるよ、まあ暫くはここで大人しくしていなさい、また来るかも知れないからね、もし来たら問答無用で消し炭にしてあげるといいよ」


『魔女殿がそういうのであればそうするとしよう、それと我のことはドラグニスと呼んでほしい』


「分かったわドラグニス、それじゃあ代わりに私のことはエリーと呼んで」


『エリー殿か、今回は世話になった、礼は何でも好きにしてよいのじゃが、我の尻尾だけは簡便してほしい』


「分かったよ、落ち着いたら何か貰いに来るかも知れないけど、貸し一つってことで」


『貸しと言われても、我に貸しなど作っても意味はないと思うが覚えておこう』


「うんそれでいいよ、それじゃあ帰るね、またねドラグニス」


『エリー殿も息災での』


 私はもう一度だけ火龍山周辺を魔法で探知してなにもないことを確認してから、ダーナの街から近い魔の森へと魔法で転移する。杖にまたがり魔法で姿を消してダーナの街へ飛んでいく。街へ近づくにつれ人の気配がそこかしこに感じられた、街壁が目に入るったけど既に外壁の上には見張りの兵士以外は誰もいなかった。その代わりに街の外は解体祭りの真っ最中だった。ドラグニスとの戦闘の熱のせいで殆の肉はだめになってそうだけど、それ以外の魔物の素材は大丈夫だろう。結構な量があるので多分一日や二日じゃ終わらないだろうね。


 解体している人の中に貴族も混じっているようだ。他には街の人達も参加しているように見える。冒険者の数も戦闘に参加した人数の半分くらいなので、交代で休みながら数日は解体をするんだろうね。上から見た感じ大将やアーシアさんは見当たらないので、街に入り地上へ降りる。ギルド前は相変わらず寝たままの人がそこら中に転がっている。炊き出しは片付けられているみたい。今は街門のそばに移動して炊き出しをしているのは先程上空から確認したので移動したんだろうね。


 ギルドの中に入るとこちらも眠ったままの人がそこかしこで倒れている、外も中も怪我人はいないようだった。ニーナちゃんを寝かせた所に向かうと大将とアーシアさんが川の字になって寝ているのが目に入った。寝ているニーナちゃんを起こすのを嫌ったのと、大将もアーシアさんも久しぶりの実戦で疲れたんだろうね、宿に戻らずにそのまま寝ちゃった感じかな。他にはアデラを始めとする孤児やウッドランクの冒険者もそこかしこで寝ているのが目に入った。


「エリーさんお話を聞かせていただいてもいいですか?」


「明日じゃだめかなー、四徹だから流石にそろそろ一回寝ないと頭が回らないんだよね」


 ギルドの中にいたアールヴに声をかけられたけど、魔結晶のこともあるので時間がほしい。


「四徹ですか、無茶をしますね。わかりましたそれでは明日でいいのでお願いします、宿屋の主人がそこで寝てますし二階の部屋で寝ますか?」


「んーそうだね、それじゃあお言葉に甘えて部屋を借りようかな」


「案内します」


「お願い」


 アールヴに案内された部屋は、アールヴが仮眠するのに普段使っている部屋なんだって。アールヴに案内され部屋に入り浄化魔法でさっぱりしてからお布団へダイブ。あー、お風呂に入りたいなーと考えながら、私は数日ぶりの睡眠に入った。

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