第34話 魔女、消し炭にする

『な、なんじゃ、なんで付いてくるのじゃ』


 必死に翼を動かして逃げるように飛び続けている火龍が前方で叫んでいる。なんだか怖がっているようだけど気のせいだよね。ほらほら私は怖くないよー、だから一旦落ち着こうねと念を込めて笑いかけたのだけど、なぜか飛ぶ速度が上がったようだ。


「ちょっと話があるから止まってくれないかなー」


『我には話はないのじゃ、何か気に触ったのなら謝るのじゃ、だから追ってこないでほしいのじゃーー』


 何か盛大に勘違いしているようだけど、このままじゃ話にならないね。仕方ないから無理やり止めるとしますか。ちゃちゃっと魔法で火龍の飛ぶ先に空気の壁を作る。


『うべぇ』


 火龍は勢いよく空気の壁にぶつかりそのまま壁に沿って滑るように落ちていく。魔法で下の方にも空気の壁を作って魔の森へ落ちるのを阻止しておく、なんならついでに空気の壁で囲んでおく。


『ふへぁ、な、なんじゃ何が起きたのじゃ』


「おっと目が覚めるの早かったね」


 無警戒に突っ込んだために一瞬気を失っていたみたい。思ったより意識が戻るのが早かったけど、時間がかかりそうなら無理やり起こそうと思っていたのに残念だ。そんな私の考えがわかったのかなんとか逃げようと結界内を右往左往している。


『わ、我の尻尾は美味しくないのじゃ、だから食わないでほしいのじゃーー』


 冷静なら簡単に抜け出せるはずなのに、混乱しているためか空気の壁を壊せずにいる。ガタガタ震えてさっきまでの戦いが全部台無しにされた気分だ。火神の眷属なんだからもうちょっとなんとかならないかな?


「まあ、落ち着きなさいな、今日は尻尾のことじゃないからね」


『尻尾ではない? で、ではなんの用じゃ?』


「あなた気がついてるの?」


『何をじゃ?』


「火龍山にいる侵入者の事だけど」


『……侵入者? むむ、少し待ってほしいのじゃ』


 私の言った事が意外だったのか、すこし戸惑い気味に火龍山のほうへ視線を向けて黙り込む。それにしてもやっと落ち着いたようだ。


『なんじゃこれは、我の山に、そなたの仕業か』


「いや私じゃないからね、やる意味がないしそれで状況は理解できた?」


『うむ、急いで戻らねばならぬ、ゆえに邪魔をしないでもらいたい魔女殿よ』


「少しは冷静になったようだね、私もちょっと興味があるし送ってあげるよ」


 私はそっと火龍に近づいて触れる。


「抵抗しないでね」


 火龍の返事を待たずに魔法を使うと、私と火龍は瞬きをする間もなく火龍山の火口上空へ移動する。あのまま空を飛んでいっていれば丸2日くらいはかかる距離を一瞬で移動していることになる。いわゆる転移と言われるやつだね、この魔法は私の行ったことがある所や知覚できる範囲なら結構な距離を飛べるものだったりする、まあ限界はあるけどね。魔法なんだけど、転移する相手の魔力であるオドに干渉が必要で抵抗されると効果が出ない、そのために自分以外に使うには使い勝手はあまり良くない。適当に使うと『いしのなかにいる』をやっちゃうので安全確認が必須だったりするのも面倒くさい。


『感謝する魔女殿』


「いいよいいよ、私もあいつらに興味があるからね」


 火龍山の噴火は収まっているようだけど、未だに溶岩がうごめいている。はっきり言っていつどこに溶岩が流れてくるかもわからない今の火龍山を登ろうなどと考える人はいないと思うのだけど、上空からは団体さんの姿が確認できる。


「ちなみに見覚えは? 信者とかそういうのではないよね」


『あのような者らは我の眷属ではない、それになにやらただの人には見えぬ』


「だよねー、まあ捕まえてみれば分かるかな、それよりあなたは盗られたものがないか確認に行くといいよ。それにあなただと情報を引き出す前に消し炭にしちゃうでしょ」


『む、流石に我とてそこまで短気ではないが、ここは魔女殿に従うとしよう、あやつらに関してはお任せいたす』


 そう言って火龍はそのまま火口に入っていく。火口内のどこかに入り口があるのだろうね。それを確認した後に、私はあの十数名ほどの団体さんの所へ向かい行く手を阻むように降り立った。


「あなた達は何者かな? 良ければ私に教えてほしいな」


 黒いローブを頭から足元まですっぽり着込んだ集団が足を止める。だけどこちらの問いに答える気が無いようで無言を貫いている。喋ることが出来ない? あの着ている黒いローブにはなんだか色々な魔術がごちゃまぜに詰められているみたい。そのせいで奥まで私にも全く見通すことが出来ない。立ち止まっていた者たちが無言のまま武器を取り出すと私を囲むように動き出す。武器はどれも結構いい装備のように見える。


「会話をするつもりは無いってことでいいのかな」


「…………」


 私の正面に立つリーダーと思われる者がなにか呟いたような気がした、それと同時に向かってくる者たち。情報を手に入れるだけならリーダーっぽい人が一人残っていればいいかな。何の合図もなく弓と魔術が同時に飛んでくる。そしてそれに合わせるように剣や小剣で切り込んでくる。魔術と矢は魔法で防ぎ、近接の攻撃は回避しつつ的確に急所を魔術を使い攻撃する。


 使った魔術は「貫け」という初級の魔術で接触した部分から魔力の刃を生やして対象を貫く簡単な魔法だ。込める魔力の量によって刃の長さや威力を調整できる。今回はローブの強度や中に着込んでいる装備の強度がわからないのでかなり魔力を込めた。その御蔭か一撃で倒せたようだ。仲間があっさり倒されたのも物ともせず魔術や矢が飛んでくる。なんだか嫌な予感がしたので足元に転がる死体を燃やしておく。少しローブを調べたい気もしたけど仕方ないね。


「全て穿て」


 呪文を唱えて魔術で全方位に水平攻撃をしてみたけどローブに阻まれてダメージらしいダメージは与えられなかった。「貫け」は効いて「穿て」が効かないのは魔力の込め具合が違うからなのか、遠距離防御がローブに仕込まれているのか、もしくはどちらといった所かな。代わる代わる向かってくる近接の敵を倒し、まずは弓使いへ向かって走る。そんな私を見て下がろうとする弓使いを魔法で邪魔をし、一気に近づき心臓を刺し貫いて次へと走り出す。倒せいた敵はちゃんと忘れずに燃やしておく、最初から燃やせって言われそうだけど、魔法だとオドに邪魔されて燃やせないんだよね。


 こいつらの実力は装備込みでゴールドに届くか届かないかって感じだけど、なんていうか意思というものが希薄で動きが単調なんだよね。この程度の実力で魔の森を超えて火龍山まで来れたのが不思議に思える。ここに来るまでに相応の犠牲をしてきたのか何か他の方法があるのか……。一通り倒し終わり残ったのは最初の位置から全く動かないリーダーらしきものだけになった。未だに武器すら構えていないけど、とりあえず生け捕りにして情報を引き出さないとね。


「残りはあなただけになったけど、どうする?」


「…………」


 相変わらず無言で会話は成立しない。とりあえず気絶させて捕まえようかなと思って足を一歩踏み出した瞬間、私は後方に吹き飛ばされていた。

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