第30話 魔女、ポテチを食べる
すぐに戦闘が始まると思ったのだけど、何故かそうはならなかった。火龍が器用にアールヴを指で招いて内緒話を始めた。
『(お、おい、なぜあれがそこにおるのだ)』
『(もしやお知り合いでしたか?)』
『(直接は知らぬが先代がの、再生するとはいえ何度も何度も尻尾を切られての、それがトラウマになったのか、その事で我に代替わりしたという経緯があっての)』
『(それは、なんと言いますかご愁傷様です、ですがあの様子ですとこちらに手を出すつもりは無さそうですよ)』
『(そうか、ならばよい)』
一人と一匹の間に何か通じ合うものがあったのかうなずき合って再び距離を取った。元の位置に戻ったアールヴが他の面々に何かを説明している。なんだかすごくディスられた気がするけどまあ良いでしょう。仕切り直しというように、火龍は翼を広げて咆哮を上げ、街壁の上で見守る冒険者と貴族達が警戒するように身構える。今の咆哮で低ランクの何人かが気絶している。そして戦いが始まった。
まずはアールヴが魔術でみんなの周りに風の被膜を展開する。それに合わせてグラシスと現領主が一気に駆け出し斬りかかるも、火龍は図体の割には素早い動きで後ろに下がり躱す。その躱した先にアナベラが氷槍の魔術で攻撃するも翼の羽ばたきで簡単に消される。火龍が大きく息を吸って炎を吐こうとするが、その隙に二人のメイドが前領主と共に攻撃を仕掛けて邪魔をする。メイドの一人である人族の武器は鞭、もう一人のドワーフのメイドは身の丈を超えている両刃の斧で左右に分かれて攻撃するが、火龍の鱗に傷ひとつ付けられない。
そして前領主の武器は刀……と思ったのだけど、よく見るとでっかい包丁だった。どっかのモンスターをハントするゲームに出てくる片刃の大剣にも見えなくもない。その武器に不穏なものを感じたのか、息を吸うのをやめて片腕に炎をまとわせて迎撃する。前領主は攻撃しようとしていた体勢から無理やり動いて、武器を盾にする事により吹き飛ばされながらもダメージを受け流したようだ。
「へー、結構やるものだねー」
「おいエリー、何やってるんだ?」
「ん? 大将とアーシアさんも食べる?」
私は食べていたポテチを差し出す。せっかくの見世物だからね楽しまないとね。
「ほう、これはうまいな、今度作り方を教えてもらえるか」
「いいよー」
「……、いやそうじゃなくてだな、何のんきにしているんだよ」
「おっとそうだね、大将とりあえず他の人には手を出さないように言っておいたほうが良いよ」
「あれに手を出そうなんてやつはいないと思うがなんでだ?」
「今やっているあれは龍の試練だからね」
「何だそれは」
「そうだね簡単に言っちゃうと、あの火龍を満足させることができれば火龍の加護やら火神の祝福がもらえるはずだよ。どういう経緯であの人達が選ばれたのかはわからないけど、邪魔はしないほうがいいよ」
「あのメンツでも勝てないのか?」
「まあ無理だろうね、あの火龍は火神の眷属になってるからね、倒せないと思うよ」
「エリーでもか?」
「あははは、大将はどう思う?」
私の笑いに反応したのか火龍がビクリと一瞬震えた気がする。大将はいつものように頭をガシガシ掻いている。
「はぁ、とりあえずお偉いさんに手を出すなとだけ言っておく」
それだけ言ってまずは貴族の集まっている方へ歩いていった。私はアーシアさんと一緒に座ってポテチを食べる。目の前で繰り広げられる戦いは火龍が優勢に進めている。見方によっては、火龍が攻撃をできずに避けているだけに見えるけどあれは火龍の作戦だね。最初は攻撃と見せかけて腕にまとわせた炎は、今では体全体に広がっている、さてアールヴ達は気づけるかな。
アールヴとアナベラにメイド姿のエルフが魔術で攻撃するも、火龍がまとっている炎を貫通することは出来ていない。少しずつ息づかいが荒くなり、動きも鈍くなってきている人間側だけど、アールヴがやっと気づいたのか魔術で局所的に雨を降らせる。
『ほう気づいたか、だが無駄なことよ』
火龍が言う通りあの程度の水だと一瞬で蒸発してしまう。今あの場は火龍を包む炎でかなりの高温になっているのだろう。んーこれで終わりかな、まあ頑張ったんじゃないかな。と思っていたのだけど、いつの間にか見えなくなっていた小人族のシャララが水をまとった短剣で火龍を刺していた。刺した場所は足の小指の爪の間とかエグいことするね。
響き渡る火龍の叫び声、うんアレは痛いわ、分かるかな足の小指をタンスや扉のカドにぶつけた時のあれだよ、あれを何倍にもした痛さだろうね。ただでさえ痛みになれてい無さそうな火龍にはかなり効いただろうね。そしてそんな隙を見逃すわけもなく、人間側が猛攻撃を開始する。殆どの攻撃は効いていないようだけど、それでもグラシスと前領主の攻撃は少なからず傷を付けているようだ。残念ながら鱗までは貫けていない、その鱗の傷もすぐに再生してしまっている。
そんな中、魔術師三人が合一魔術を完成させたようで戦っている周辺が一気に気温が下がりだす。合一魔術ダイヤモンドダスト、合一魔術というのは一人の術者に魔力を集めて人一人では通常では発動できない魔術を使うための術だ。ダイヤモンドダストは本来、広い範囲の気温を下げて生物の体温を下げ弱らせそのまま凍りつかせるという魔術なんだけど、今回はそれを局所的に指定して火龍の周囲を冷やすことに集中している。
急速に気温が下がり動きが鈍りだした火龍の足元の地面が凍り始め、そのまま炎をまとった足元から一気に全身が冷気に包まれ、最後は頭まで氷に覆われた。静まり返る戦いの場、街壁の上も同様に静まり返っている。そして唐突に湧き上がる歓声、そんな中で私は食べ終わったポテチの代わりに炭酸の効いた飲料水とポップコーンを取り出し食べ始める。大迫力な見世物を見ながら食べるならやっぱりポップコーンだよね。
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