第29話 魔女、社畜時代を思い出す

 私は魔王という存在を全く信じていない、ああ自称魔王ではなくて魔を統べるものとかそんな感じの魔王の事ね。それは師匠も同じだと思う。まあ師匠の場合は神を信じていないのと同じで、出会った事のないよくわからない存在を信じていないというだけなんだけどね。でも神がいるかいないかと問われると、神と呼ばれる何者かは存在していると答えるだろうね。私と師匠にとってはその程度の認識だと思ってもらえればいいかな。いようがいまいが、こっちに関わって来ないならどうでもいいという感じです。


 今現在起きている魔物のスタンピードを見て、魔王かそれに類する存在がいるかと聞かれると結局は否と答えるだろうね。実際に統率された魔物の群れがあり、何者かの意思的な物が干渉しているようにも見える。これだけでも魔王の、魔物を統べるものの存在を信じてしまう人はいるかも知れない。などとなぜ急にどうでもいい考察を始めたかというと現実逃避です。魔王とかしらんわー、わー、わー。いやーなんというか社畜時代を思い出すねー、あの頃は栄養ドリンクをキメて何度徹夜したことか、300年経っても記憶に染み付いてるって恐ろしいわ。


 次々に運ばれてくる怪我人の対処のため、あれこれ理由をつけて酒場の奥に目隠しを作ってもらって治療場所を作ってもらった。もうやけになって、様子を見に戻ってきたアールヴに話をつけてガラさんとダンさんを借りて中級ポーションではどうにもならない怪我人を、運んできてもらっては治してを繰り返している。怪我人の中にはいつの間にか貴族も混ざっているけど知ったもんか、あとの面倒は全部アールヴにぽーいだよ。ニーナちゃん達に酷い怪我人を見させないように配慮もしている。流石に腕がなかったり足がなかったり、全身焼けただれていたりなんて人たちの姿を見させる訳にはいかないからね。


 作り置きしておいた上級ポーションに私の血を混ぜて使用する、それでも無理な怪我は魔術と魔法でなんとかする。後で絶対使った分の素材は出させてやるからなー。今更ながらこんなに忙しくなるくらいなら、私がさっさと対処したほうが良かったんじゃないかななんて思ったわ。気がつけば3日目の夜も過ぎて4日目の朝になっているのだけど、怪我人が一向に減らない。もしかして冒険者ってマゾなの? ねぇねぇそこの君さここに来るの何回目? 実力不足なんだからさ、玉砕覚悟で突撃してその度に運ばれてくるとかなんなの? ある意味毎回生き残ってるのは逆にすごいのかな?


 なんとか一段落したようで怪我人が途切れたようだ。目隠しから外に出ると、ニーナちゃんがハイライトの消えた目で錬金鍋をかき回している。そんな状態なのにしっかりポーションが作れているのは偉いね。ニーナちゃんの後ろからそっと近寄って魔術で眠らせて空いているスペースに寝かせてあげる、多分もうポーションは必要ないかな、だからゆっくり休んでなさいな。ごめんなさい流石にここまで無理させるつもりはなかったんだよ、今回のことがトラウマになって錬金術師になるのを辞めたりしないでね。


 ギルド内の人たちは倒れて死んだように眠っているだけみたいだ。見た所怪我人はいない感じかな。まだなんとか起きているガラさんとダンさんにこの場は任せて、ギルドの外に出ると外もなんだか落ち着いている。もしかして魔物のスタンピードは終わったのかもしれない。こっそり姿隠しの魔法をかけて杖にまたがり空へ上がる。西の街壁の上に人が集まっているみたいなのでそちらへ向かう、冒険者に貴族が街壁から外を見ている。その中にあのお姫様も見つけた。街壁に近寄ると何をしているのかはわかった、街壁の向こうに火龍の姿が見えたからね。


 真っ赤な体表を持つヘビ型ではなくてワーバーン型の火龍、空を飛び炎を吐く、その身の丈は30mはあるだろう。そんな火龍と向かい合っているのはアールヴとパーティ黒鉄の金獅子のグラシスとアナベラ、小人族で斥候のシャララにドワーフの神官戦士のタルド。貴族らしい装備に身を包んだ40代くらいのおじさんと、見た目はおじいちゃんなんだけど異常な魔力を纏った人物に、そのおじいちゃんに寄り添うように場違いなメイド服を着たそれぞれ種族が違う女性が三人。おびただしい数の魔物の死体がある中、ポッカリと空いた空間で火龍と対峙しているようだ。街壁の上ではその様子を見守る冒険者と貴族達。大将とアーシアさんを見つけたのでこっそり降りて声を掛けることにした。


「大将、今ってどういう状況ですか?」


「エリーか、あっちは大丈夫なのか?」


「ニーナちゃんはガラさんとダンさんに任せてきました、一応ニーナちゃんには結界を張っておいたので大丈夫ですよ、怪我人に関してはパタリと止まったので様子を見に来たんですよ」


「そうか」


「それでこれはどうなっているんですか?」


「あー俺もよくわからん、魔物たちは火龍が前に出てきたと同時に森に帰っていったみたいなんだよな」


「それで火龍の前にいるあの人達は何をしてるのかな」


「交渉……なのか? ギルドマスターが何か話しかけているようだが俺に龍語はわからんからな」


 確かに何か会話しているようだけど、共通語じゃなくて龍語じゃわからないのは仕方ないのかな。


「ちなみにあっちの貴族っぽい人たちは誰か分かります?」


「ああ、一人は現領主様だな、あのお年を召した方は前領主様だ、残りのメイドの女性はよくわからん」


「へー、あの人が前領主様なのね」


 ありゃ、一瞬だけど目線があった、これはあの日記に書かれていたことの信憑性がますね。神に会い能力を授かったって感じだったかな、そして年は取っているみたいだけどまだまだ死ぬ感じではないね。火龍に動きがあったようだ、アールヴが杖を火龍に向け、他の面々も戦闘態勢を取り始めている。


『クハハハハハ、我は火神の眷属にして火龍山の管理者なり、此度我が領域を犯せし事を知らぬとの事だがこれも試練と思うがよかろう、我が名はフレイム・ドゥ・ドラグニスなり、さあ小さき者よ我を満足させてみせよ』


 火龍が言う事が本当なら今回のスタンピードは火龍山を何者かが荒らしたことで起きたってことかな、えっと私じゃないし師匠でもないよ。もし私や師匠ならきっちり始末は付けるよ、その場合は火龍山の主が代替わりするだろうからね。火龍の視線が私を一瞬捉え顔を引きつらせた気がしたのでとりあえず手を降っておいた。なんだか全身からダラダラと汗が流れているようにも見える、火龍って汗かくんだね。まあ流石に私があそこに混ざるのは駄目だと思う、火龍の尻尾って歯ごたえがあって美味しいんだけどなー。

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