第20話 魔女、師匠になる

「そしてレベル三はね……。今のニーナちゃんの魔力が可視化できる。簡単に言うとね魔力が見えるというものだね」

「この魔力が見えるのがレベル三ということですか」

「そうだよ、だからまずニーナちゃんには魔力の可視化の制御の仕方を習得してもらおうと思うの。それができれば普段は見えないように出来るし、見たい時は見られるように出来るからね」

「制御ですか? 消すとかって出来ないのですか?」

「んー、出来なくはないけどお勧めは出来ないかな。それにねニーナちゃんのその能力は、特にレベル三以上になると手に入れたくても手に入れられない才能と言ってもいい物だからもったいないと思うな」

「もったいないですか? でも……」


 ニーナちゃんはそこで言葉を止めて俯いてしまう。一年近く見たくもないものを見せられ続けて嫌になったのかもしれないね。それに見えるのは魔力だけでもないから余計にそう思ってしまったのかもしれない。なら先達としてその能力がニーナちゃんの将来に役立つという事を教えてあげるべきだろう。


「ニーナちゃんって将来何をしたいとか、何になりたいとかってあるのかな」


 俯いていた顔を上げてこちらに目を向けてくる。


「やりたい事ですか?」


 再び俯いて指をもじもじさせている。


「そうやりたい事、その様子だと何かあるんだね。よければ私に教えてほしいな」


 顔を上げて少し真剣に見える瞳でこちらを見つめてくる。


「わたしママの声を治したいです。そのために冒険者になって治す方法を探したいです」


 まあそんなところだろうね。


「アーシアさんの声を治したいのね」

「はい」

「じゃあもしアーシアさんの声を治すのにニーナちゃんの”見る”能力を使えば冒険者にならなくても出来るとしたら? それも冒険者になって治す方法を探す旅に出なくても出来るとなったらどうする?」

「そんな方法が有るのですか!」

「そもそも大将とアーシアさんがこの魔の森に近い街を拠点にしているのは、治す方法を探し続けた結果だと思うんだよね」

「そうなのですか?」

「多分ね。魔の森の素材を使って治療薬を作ろうとしているのだと思うよ」

「えっと、もしかしてエリーさんなら治せたりするのですか?」

「うん出来るよ。少し足りない素材はあるけどそんなに難しいものでもないからね」

「えっ……えぇぇぇぇ! そ、それじゃあ──」

「出来るけど、私は作るつもりはないからね」

「ど、どうしてですか、お金は余り持っていないので私に出来ることなら何でもやります。だから──」


 指を立ててニーナちゃんの唇にぴっと触れ言葉を止める。


「そこでニーナちゃん、錬金術を習ってみるつもりはあるかな」

「錬金術、ですか?」

「そう錬金術よ。昨日今日会ったばかりの私の出した薬で治すのと、ニーナちゃんが自分で錬金術を覚えて作った薬で治すのどっちが良いと思う」

「それは出来るならわたしが作りたいです」

「そしてその薬を作るには錬金術師になればいい、そして錬金術師になる才能をニーナちゃんは持っている。それでもニーナちゃんはその”見る”能力が嫌い?」


 いい能力を持っていても本人が嫌っていてはそれを活かせないし害にしかならない。だけどそれが自分の役に立つと知り、向き合い、使いこなせれば、ニーナちゃんにとって良いことだと思う。


「この魔力を見る能力があればママの声を治す事ができるんですね」

「ニーナちゃんの頑張り次第ではあるけどね」

「わたしに出来るのでしょうか」

「出来るよ。それは私が保証してあげる。条件は十分に揃っているからね」


 ニーナちゃんは座っていたベッドから立ち上がり真剣な目で見つめてくる。私はニーナちゃんの覚悟を受け取るために立ち上がり向かい合う。


「エリーさん、私を錬金術師に、ママの声を治せるくらいの錬金術師にしてください。お願いします」


 そう言って頭を深々と下げている。


「その願いと我が弟子となる事を聞き届けましょう。今後は私のことは師匠と呼ぶように」

「はい、エリー師匠よろしくお願いします」


 元気よく頭を上げたニーナちゃんを抱きしめる、ん〜いい抱き心地だ。


「さてと、それじゃあまずは錬金術を教える前にニーナちゃんの”見る”能力の制御を覚えることからだね。まずは座って」

「はい、師匠」


 先程と同じようにベッドに向かい合うように座らせて私の方は床に膝を付き目線の高さを合わせてニーナちゃんの目を覗き込み両手をつなぐ。


「えっと、師匠?」

「ニーナちゃん、まずは体の力を抜いて」


 繋いでいる手から力が抜けるのが感じられた。


「今から私の魔力をニーナちゃんの右手から流し込んで全身に巡らせてから、左手の方へ抜き出すわ。まずは魔力を感じることに集中して、目は閉じてもいいからね」

「はい」


 その返事を聞き、ゆっくりと極々少量の魔力を流していく。異物感を感じたのかニーナちゃんが少し呻くような声を出す。右手から魔力が流れ出し、全身に張り巡らされている魔力回路を通っていく。


「あたたかい」

「分かるかなそれが魔力よ」

「これが魔力ですか」


 私が流した魔力は魔力回路を通り全身へ広がり最後に左手を通って戻ってくる。すべての魔力が戻った所で手を離す。ニーナちゃんは額に汗を浮かべて子どもとは思えないほど色っぽい吐息を吐いている。多分体全体が汗まみれになっていると思う。


「どう、自分の中にある魔力は感じられる?」

「はぁ、うっ……、は、い、これが、まりょくなの、ですね」

「魔力が感じられるなら、額に多くの魔力が集まっているのが分かるかな」

「はい、わかり、ます」

「それがニーナちゃんの能力の源とも言えるものだよ、その魔力をゆっくりと小さく小さくするようにイメージしてみて」


 ニーナちゃんは目をつむり集中している。額から汗がぽたりぽたりと流れ落ちていく。額に集まっている魔力が少しずつ小さくなっていくのが見える。小さくなった魔力がゆらいでいる、そろそろいいかな。


「もうその辺りでいいよ、まだ気を抜かないでね、もう少しだから集中してその状態を維持してみて」

「は、い」


 暫くすると小さくなった魔力からゆらぎが消えて安定したのが見えた。


「うん、もう大丈夫だよ」


 ニーナちゃんはぐったりとしてベッドへ背中から倒れ込んだ。しばらくして起き上がった所に収納ポシェットから冷えた果実水を取り出して渡してあげる。


「おいしい」

「ニーナちゃんお疲れ様。落ち着いた所でこれを見てくれるかな」


 指を立てて呪文を唱える。


「光よ」


 指先に光が灯る。


「どう、見えた?」

「……見えなかったです。何も見えなかったです」


 じわりと涙が流れそうになっているのがわかった。


「良かったわね、今日は疲れたでしょう。もう一回お風呂に入って汗を流して寝ましょうか」


 ニーナちゃんが飲み終わったコップを受け取り収納ポシェットに放りこむ。ニーナちゃんの頭を優しく撫でてあげると、くすぐったそうな微笑みを向けてくれた。

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