第2話 魔女、お風呂に入る

 おかしい。


 何がおかしいって? 既に師匠の家から飛び立ってから丸一日経っているのに森が途切れないのだ。師匠の話を聞いた限りだと、とうに森を抜けていても良いはずなんだけどね。まあ、師匠の知識は数百年前のものになるから、時と共に森が広がったとも考えられる。


 どこかで方向がずれたという事は多分ない。元々が間違った方向に進んでいた可能性はあるけど東の方だったかなーという言葉を信じてまっすぐにここまで来た。空の上から見渡してもどこまでも森しか見えない。もう少し上からとも考えたけど、ここは魔の森なのであまり上空まで上がりすぎると、木々である程度遮られるとはいえ、色々な魔物に見つかりやすくなるから危険が危ないのだよね。


 真っすぐ飛んでいけばそのうちどこかにはたどり着くと思う。いくら魔の森が広いとはいえ世界全体が森で覆われているわけでもないだろうからね。流石に丸一日、一昼夜飛び続けるのも疲れてきたので一度降りて休憩を取ることにしたのだけど、休憩ができそうな手頃な場所が見当たらない。ぐるりと見回しても森が広がっているばかりでどうしたものかなと唸っていると、遠目に人工物らしきものが見えた気がした。


「なんだろうねーあれは、せっかく見つけたことだし行ってみるしか無いよね」


 進路を少し南寄りにずらして建物らしきものが見えた場所へ向かう。途中で森が途切れて背丈の高い草に覆われた草原に変わった。そして到着した場所はかつては街があったと思われる場所だった。見た感じは結構な大きさの街だったと思えるのだけど、殆どの建物が崩れていて無事なものも植物に侵食されていて、蔦やら苔やらで覆われている。


 いやー、もしかして師匠が言っていた街ってここのことかな。まあ位置と距離的にそうなんだろうね。ぐるーと上空から一通り回ってみて比較的無事そうな屋敷を見つけたのでそこに降りてみる。かつては素敵なお庭だったのだろうけど管理するものがいないせいで草が伸び放題になっている。


 蔦で覆われている扉をノッカーで叩いてみるが何の反応もない。気配が全く感じられないから当たり前のことなんだけどね。一応「こんにちはー」と声をかけて中に入ってみると扉が開いたために空気が中に流れ込んだためか埃が舞った。ただずっと放置されていたわりには思っていたよりは綺麗な気がする。


 屋敷を一通り見回っても人っ子一人、魔物一体、獣一匹の気配すらしない。取り敢えず書斎のような所を見つけたので軽く漁ってみるもこれといった情報は手にはいらなかった。本棚が空な事からここを放棄する時にでも全部持ち出したのだろうね。つまりは本を全部持ち出せるくらいには余裕があったってことかな。


「なんなんだろうねー、もしかして気が付かないうちに人類が滅亡しているとか?」


 しばらくはこの屋敷を拠点にして街を探索してみようかな、何かそれらしい情報でもあれば良いのだけどね。屋敷を見回っている時に見つけた空き部屋を拠点と決めて、まずは部屋の窓を開けてから軽く風魔法で埃を外へ送り出す。私命名のお掃除魔法で部屋をピッカピカにして収納ポシェットからベッドを取り出して設置する。


 続いてお布団も取り出して、温水魔法と乾燥魔法でふわっふわにしてからベッドに被せる。よし完璧だね、これで今日はぐっすり眠れそうだね。ちなみに温水魔法も乾燥魔法も私が作ったのだけど、師匠には呆れられた。師匠もその恩恵を受けているのだから文句は言わせなかったですけどね。


 寝る準備も済んだ所で次はお風呂でしょう。なんとこの屋敷には大理石で出来たお風呂場があったのですよ。長い年月放って置かれていたにもかかわらず、汚れのないお風呂場に移動して、必要ないかもと思いながらお掃除魔法で床から天井そして浴槽を全部ピッカピカに洗い上げた。


「おっふろーおっふろーふふんふー」


 師匠の家を出てからおよそ丸一日ぶりのお風呂だと思うと気分はルンルンですよ。収納ポシェットから拳大の魔石を取り出し、備え付けられている設置台へとセットする。魔石に指でお湯出しの文字を書き上げて魔力を注入するとお風呂の中央にある裸婦像の持つ壺から勢いよくお湯が流れだしてくる。


 この屋敷の持ち主はお風呂に並々ならぬこだわりを持っていたのか、床から天井に至るまでいい素材を使っているように見える。私には建築素材の良し悪しなんてわからないけどね。そもそもこの屋敷以外の街の建物は崩れていたりするのにここまで健在なのはなにがしかの魔術が付与されているのかもしれない。


 おっとお湯が溜まって溢れ出し始めている、完全にかけ流しとか贅沢だねー。必要なものを収納ポシェットから取り出し、早速衣服を全部脱ぎ散らかしお風呂へダイブ。かけ湯しないのって言われても入るのは私一人だし汚れもじゃんじゃん流れていくしへーきへーき。


  お風呂に浸かりながら脱いだ衣服を少量の石鹸と一緒に洗濯魔法(私命名)でじゃぶじゃぶ洗う。そして用意しておいた洗髪剤で髪を洗い、石鹸で体をあわあわにして撫でるように丁寧に洗う。その間わざわざお風呂からは上がらない、さっきも言ったけど入るのは私一人な上に、かけ流しだからへーきへーき。頭の天辺から足の指先まで洗い終わった所で、頭までお湯に浸かり泡を全部洗い流す。


「ぷはー」


 泡の浮いていない場所まで潜水してから顔をだして体の力を抜いてお湯に身を委ねる。やっぱりお風呂はおっきい方がいいよねー、人里についたら絶対お風呂のある宿に泊まろう。


「もう旅とかやめてここに住んじゃおっかなー」


 と言ってみるけど、まあ無いわね。お風呂が大きいだけで特に魅力がある場所ではない、誰もいない所で過ごすくらいなら師匠と一緒にいたほうがマシだわ。暫くお風呂を堪能した後は、体と髪を魔法で乾かして、先程洗った衣服も乾かし収納ポシェットへ。今度は収納ポシェットから新しく下着と衣服を取り出し着替える。ちなみに寝るときの衣装は純白シルクのひらひらネグリジェです。見せる相手もいないのにそんなの着てどうするのだって? いいでしょ別に、見せる相手なんていらないよっ。

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