異世界に落ちた元アラフォー社畜は魔女となり魔女の弟子を名乗る

三毛猫みゃー

1章 魔女、魔女の弟子を名乗る

第1話 魔女、旅立つ

「師匠行ってきますね」


 私は長年過ごした目の前の家に手を合わせ軽く頭を下げる。


「いたっ」


 後ろから杖で叩かれた。頭を擦りながら振り向くとそこには私の師匠が杖片手に立っていた。


「まるで死人との別れのような雰囲気を出すんじゃないよ」


「テヘッ」


 また杖で叩かれた。


「はぁ、それで忘れ物はないかい? ハンカチは持ったかい?」


「師匠は私のおかんですか、いや似たようなものかもしれませんけど。大丈夫ですよ、全部まるっと収納ポシェットに入れています」


 肩から斜めに下げたポシェットをポンポンと叩く。


「それより私がいなくなっても大丈夫ですか? 掃除とかちゃんと出来ます? ずっと引きこもっていないでたまには日光浴してくださいよ」


「エリーあなたがここに来るまでは、ずっと一人でやっていたのだから大丈夫だよ」


 エリーというのは私のことだ。本名は伊能英莉という、れっきとした日本人だ。この世界に落ちてから約三百年。元々は超絶ブラックな制作会社で働いていたアラフォーのOLだった。


 下げたくもない頭を下げ、パワハラやセクハラに耐え、サービス残業に寝るのは会社のデスクか仮眠室が基本という、そんな会社で行ける屍のような生活をしていた。


 いつ以来かわからないほど久しぶりに手に入れた休日当日、始発で最寄りの駅までたどり着いた。やっとまともに寝ることが出来るのだと、うつむいてフラフラと歩いていたのだけど、何の前触れもなく気がつけば森の中にいた。


 最初は夢かと思ったのだけどいつまで経っても覚める気配はなかった。それとあまりにも眠たすぎて考えることを放棄してその場に座り込んだ。木々の隙間から降り注ぐぽかぽかの陽気と少し湿気を含んだ風が心地よくて、あー久しぶりに陽の光を浴びているなと思った所で意識を失うように眠ってしまっていた。


 目を覚ました時には辺りは暗く夜になっていた。ここはどこだろうと改めて考えても答えは出ず、寒さと空腹を訴えてくるお腹をなだめながらあてどなくフラフラと月明かりを頼りに彷徨っていた所見つけたのが、その後300年近く過ごすことになった師匠の家だった。


 藁にも縋る気持ちで扉をノックした所出てきた師匠だけど、驚きながらも行く宛のない私を受け入れてくれた。この場所は人里から離れた魔の森と言われる場所で、運良く私は師匠の張った結界の中に迷い込んでいたらしいのだ。仮に移動する方向が違っていれば魔物の餌になっていただろうとのことだった。


 家に招き入れられ、食事をいただきながら私は事情を話すことになった。私がこの世界と違う異世界から来たという話はすぐに信じてもらえた。理由は私がこの世界で稀有なほどの膨大な魔力を持っていることと、迷い人や落ち人などと呼ばれる者が使っていたとされる言葉を使っていたからだと後々教えられた。


 帰り方を聞いてみたのだけど、わからないということだった。帰り方を聞いてみたものの私自身あの生活に戻りたいかと聞かれたら、心の底からノーと言えるほど心身ともに参っていた。特に目的もなく元の世界に帰る気もない私は師匠にお願いして弟子入りさせてもらうことにした。


 師匠は師匠で、私の魔力と異世界の知識に好奇心が刺激されたようで弟子入りを許してくれた。そして気がつけばおよそ三百年の時が過ぎていたわけだ。


 そんな元アラフォーだった私の見た目は現在、どこからどう見ても十代半ばの美少女となっている。もう一度言っておこうか、十代半ばの美少女になっている。三百年近く経っているのに逆に若返っているのはなんで? と思われるかもしれないけど、それは錬金術で作り出した賢者の石の欠片を飲み込んだ結果だったりする。ちなみに師匠は見た目は20代だけど千年以上生きているのだとか。正確な年齢はとっくに忘れてしまったらしい。


 そして私は少し前に世界から魔女と認められた事により今日ここから旅立つことになった。約三百年かかっての魔女認定だけどこれでも早いらしい、といっても実例は目の前の師匠だけなんだけどね。


 魔女とは錬金術を識り、魔導を識り、薬学を識り、精霊を識り、根源を識り、そして世界を識る、そこまで識る事により世界から魔女と認められる。まあ魔女となった今でもどうやって成ったとか何がきっかけだったとかわかっていないのだけど、ふとした時にあっ私今この瞬間に魔女になったのだって理解した。


 師匠に聞いたら師匠の時も同じ感じだったようだ。魔女とは言っているけど場所や人によっては聖女やら神子やら魔王なんて言われたりもするのだとか。結局どういう呼ばれ方を使おうがその本質は魔女という存在なので師匠は魔女と名乗っている。ちなみに私や師匠と同じ魔女となった人があと三人いると師匠は言っている。


「それでは師匠行ってきますね」


 私は黒いフードチキのローブに身を包み、ポシェットを肩から掛けなおして、相棒である杖を浮かせてそこに腰掛ける。どれもこれも私が自作したお気に入りの魔道具になる。


「師匠のことお願いしますね、師匠って自活能力が──」


「うるさいね、さっさと行っちまいな」


 近くにいた師匠の使い魔である白い梟であるスターオウルのホクトに声をかけると、ホクトは首をくるりと回して了承してくれた。


「一応ですが無尽箱に百年分ほどの食事は入れていますから食べてくださいね、偏食はダメですよ」


「そうかい、それはありがとうよ、まあなんだいつでも戻っておいで、あんたの家はここなんだからね」


「ありがとうございます師匠、それでは行ってきます」


 見慣れた家をもう一度見てから、腰掛けた杖と共に空へ舞う。上空から師匠に手を振り、進み出す。深い深い、人を寄せ付けないほどの森の中から私は飛び立ち東へ向かう。


 森の魔物に見つからないように、隠匿の魔法をかけている。この魔物が蔓延る魔の森を抜けるのに徒歩ならきっと一ヶ月はかかるだろう。こうして空を飛ぶことにより一日くらいで森を抜ける事ができるはずだ。


 師匠から聞いているこの世界の知識は数百年前のものになるので全くあてにならない。私が進んでいる方向も何百年か前に街があったという師匠の言葉に従っただけの話でその先に何があるのかもわからない。


 たまに師匠の家に尋ねてくる人もいたけど、森の外の話は興味がなかったので詳しく聞いていなかったんだよね。こうも早く旅立つことが分かっていたら近辺の国の事や街のことを聞いておくべきだったね。


 暖かい日差しと気持ちいい風を受けながら私は空を飛ぶ。この世界に落ちて約三百年経ったけど初めてこの森から外へ出る、元の世界では絶対に味わうことが出来ない旅だと思うとなんだか楽しくなるね。

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