第8話 11691・ルシュターについて

この後の話を記す前に少し、

11691・ルシュターについて。


彼は然程裕福では無いがなんとか生活できている

程度の家庭で育った。


父親は印刷業を営み、母親はその手伝いをしながら

ルシュターと生まれたばかりの弟の子育てを

していたが、事故に遭い、6歳のルシュターと

幼子を残して呆気なくこの世を去ってしまった。


父親は子育てなどする余裕もなく、程なくして

後妻を迎えいれた。

だがその後妻は連れ子の子育てなどする気もなく、まだ赤ちゃんであった弟は直ぐに養子での貰い手があったが、ルシュターは捨て子などが入れられる孤児院に預けられたのであった。


ルシュターは父親を恨んでいた。

幼子を抱えている母親を酷使し、疲労で意識朦朧と

していての巻き込まれ事故であった。


事故の相手が裕福であった為、幾ばくかの

見舞い金を貰い、弟の養子先からも返礼があった

ようで、一時ルシュターの家には金銭的余裕ができた。

その金を後妻は自分の為に使いたくて、

ルシュターを早々に家から追い出したのであった。

その為ルシュターは後妻も憎んでいた。



孤児院でのルシュターは素行も悪くなく

生活態度も良く、周りの面倒もよく見ていた。


母親の躾と教育が良かったのであろう、

どれだけ元の家族を憎んでいても

もって生まれた優しさと品の良さが彼を

荒くれ者にはしなかったのだ。


孤児院の管理者達もそれはよく分かっていて、

学業を怠らなければ、彼の将来は暗くないと

思われていた。


なのでルシュターから「特殊施設に入りたい」

と言われた時は、皆反対した。


軍事学校に進む方が余程合うし上手くやれる

からと説得を受けたが、彼の決意は変わらなかった。


表の世界で真っ直ぐ生きて行くなんて気持ちには

なれなかった。


泥臭く、どんな卑怯な手を使ってでも

実力を身に着け、自分達を捨てた家族に

復讐してやると心に決めていた。



しかし、実際に特殊施設に入ってしばらくすると

ルシュターは戸惑う事ばかりであった。


ごく自然に素行が悪く、人の裏をかくことばかり

狙う者、他人を蹴落とす、人の不幸を笑う者ばかりであったのだ。


ルシュターのいた孤児院は自分の境遇を悲しんだり

辛いと思う事は多くても心の荒れた子はそれほど

多くなかったようで、ここに来て初めて

心から荒んでいるということがどういうこと

なのかを知ったようなものだった。


今までとは違い、ここでは狡くて卑しいのが

当たり前であった。人を出し抜ける者の方が

成績上位であった。


だが人を出し抜けたり、人の裏をかく者が必ず

性格が悪いとも限らなかった。


そこが人間性の面白さであったり在り方の

多様性なのかもしれない。


施設の中にはルシュターのように、やや真面目で

他人の不幸を望まない者も少数いたので

友人のような者もできた。



後の話になるが、ルシュターは工作員には

なれなかった。


だが向いているだろうと言う事で、軍事部に

推薦され、結局軍人になることになったのだった。

特殊施設の教官に


「かつては考えられないことだったが、

今では性格的に工作員に向かない者にも

別の職を用意することがあるからな」


と言われた。


「何かあったんですか?」


と尋ねると、


「まあ、色々あったんだろうよ」


と詳しくは答えてもらえなかったが

何かあったことが匂わされた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る